第十一幕 加護
「点呼をとりますわ!番号!一、千燈淑野!」
「二、千燈淑征」
「さぁん、鵜養蓮真ぁ。ねえ、誰かお菓子持ってない?」
「マドレーヌならあるよ!四、栗花落杏寿!」
「五、椿朔乃介。栗花落、俺の鯛焼きと交換しないか。俺もマドレーヌ食べたい」
「誰か俺のピアス見てない?落としたかも。六、伏見倫太郎」
「七、ウルシュ・テルラル。さっき新幹線の手洗いで落としてましたよ」
「自由人達!気を引き締めなさいませ!!」
廃校舎に響き渡る一喝により、皆の視線が淑野に集まる。杏寿もマドレーヌを渡す動作をやめて淑野の顔を見た。当然だが怒っている。
なんなら杏寿達の後ろで倫太郎がウルシュの肩を怒りに任せて揺らしている。ピアスは拾ってもらえてなかったようだ。
「私達は任務に来ていますのよ!遠足ではありませんわ!」
そう、淑野の言う通り、杏寿達の班は任務に来ていた。
本来の任務の流れなら先輩の調査員に教わりつつ、となるが今回は異例で一年の見習生のみの任務だ。故に淑野が気を張り続けているのも良くわかる。
そして今回の任務内容が千葉の松戸市の一角にある廃校舎の調査だった。
「私達の任務はただの調査ではありません。この校舎で行方不明となった少女の足取りを掴まなくてはなりませんわ。人命がかかっていますのよ」
言い渡された任務の本題は人探しだ。行方不明届が出されたのは一ヶ月前であり、足取りを探すといってもかなり絶望的だ。
事前調査で警察が散々調べ、人間の領分ではないと判断されて白夜軍に回り、その先の杏寿達にお鉢が回ってきたということになる。
しかし警察が人間の領分ではないと判断したのは正しい。
一見、取り壊し予定の廃校舎に見えるが妖力の痕跡が見える。しかも妖力の痕跡は妖のものであり、数も多い。
むしろよくこんな廃校舎に警察が入れたのは頑張ったと思う。妖力や妖を感じられない人間が足を踏み入れれば、気が気でなくなるだろうに。
「荷物を宿に預け次第、全員で校舎内の調査を行いますわ。杏寿様、荷物は朔乃介様に預けて私達は先に周りへの聞き込みを行いましてよ」
「了解」
「淑征、私の荷物をお願い。では三十分後、ここに集合!一旦、解散ですわ!」
朔乃介に荷物を預け、手が空になったということで杏寿は淑野の手を取って歩き出す。
普段、淑野と二人きりになることも少ないので杏寿は胸が弾んでしまい、つい手を繋いでしまった。
「ちょ、杏寿様!手を繋ぐ必要はありませんことよ?!」
「ええ?だめ?」
「そうではなくて、今は任務中ですわ!」
「聞き込み調査するのにそんなに怖い顔をしてたら追い返されちゃうよ?」
淑野の強張った頬を突くと「うぐっ」と鳴き声が上がった。
旅をしていた頃、訪ねた村で宿を借りる時や尋ねる時に耀はよく杏寿の手を握っていた。人というのは一度、危険だと感じれば警戒心を解かなくなる。
しかしこちら側が危害を加えないという意思表示をすれば話は聞いてくれる。まあ、追い返されることもあったが。
今の淑野の顔で話を聞かせてくださいなんて言っても追い返されるだろう。軍の人間だと言えば否応でも従うだろうが嘘が混じったり、全てを話してはくれないだろう。
故に尋ねる側は敵意がないことを示さないといけない。
「私が怖い顔をしていたのはわかりましたけど、手を繋ぐのは一体…?」
耀がいつもこうしたとは言えず、杏寿は口角を上げてお得意の笑みを作る。
「気分!」
「き、気分って貴女…」
呆れながらも満更ではないようだ。淑野の手が離れようとしない。
杏寿は手を繋いだまま、歩いていた子連れの母親に声をかけた。
「こんにちは!」
「あ、え、こんにちは…」
「白夜軍の調査員です!実は仲間と宿に集合することになってるんですけど、散歩したら迷子になっちゃって!」
「ああ、そうなの。宿なら反対方向よ」
母親は警戒心が薄れたようで苦笑しながら杏寿達の後ろに指をさした。
チラチラと淑野からの視線を感じる。質問内容も違ければ意図も分からないと言いたいのだろう。
視線に答えるように杏寿は握っている手を少し強く握り返した。
「助かりました!あ、そうだ、近くに大きな学校があったんですけど誰もいないんですか?学生が見当たらなくって」
「ああ…あそこね。今は廃校になっているの。都会に近い方の学校に合併されたのよ。もしかしてあそこに近づいた?」
「いいえ。でも気になるので仕事のついでに見に行ってみようかなと!」
「それはやめた方がいいわ。あそこで行方不明になった子もいるし…」
「そうなんですか?それは大変ですね…行方不明の方は見つかったんですか?」
「まだ見つかってないのよ。良い子だったのに…」
母親の言葉に杏寿は大袈裟に眉を下げる。
人の戸に板は立てられない。行方不明事件はニュースなどで大々的に取り上げられておらず、行方不明者について聞くなら近隣の住民が手っ取り早い。
「もしかしてお知り合いでしたか?すみません、余計なことを聞いてしまいましたね…」
「確かに知り合いだったけど、消えてから一ヶ月経ったもの…もう見つからないわ」
「良ければどんな子だったか教えてくれませんか?仕事のついでになってしまいますけど、私も探したいです。これでも兵士ですから」
杏寿が笑顔を浮かべて胸を張ると「頼もしいわね」と笑顔を返してくれた。
母親の腕の中にいる子供は飽きたのか、宙に飛ぶ蝶に届かない手を伸ばしている。
どうせ出てくる話は資料に書かれていることだろうが、あわよくばもっと具体的な情報を聞けるかもしれない。
淑野も杏寿の意図が読めたようで黙って話を聞いている。
「黒い髪の癖っ毛で男の子達に揶揄われるって悩んでいたわ。顔が可愛いから揶揄われていたのでしょうね。それにとても優しい子だったのよ。この子の遊びに相手になってくれたもの」
「どこに行ったか心当たりはありますか?」
母親は首を振り、我が子の小さな背を撫でた。
「そもそもいなくなった日は…近所の子供たちと度胸試しをしていたそうなの。あの廃校舎でね。皆で入って出てくる頃にいなくなっていたそうよ」
「確かにあそこはお化け屋敷にピッタリですね。親御さん達は止めなかったんですか?」
「実はその子の親だけは猛反対したの。でも行くって言って無理やり押し切って度胸試しに行ったそうなのよ。内気な子だったからその話を聞いた時は驚いたわ。まあ、仲間外れにされるのも嫌だったのでしょうね」
「多感な年頃ですもんね。あ、その子のお名前を聞いても?」
「名前は——」
母親の話から行方不明者の特徴を知ることができた。大きな収穫だ。
何とも妖に好かれやすい人間の特徴である。




