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栗花落杏寿の爽味  作者: 椄瀬結


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第十幕 まだ遠い

 次期統括主を選定にするにあたり、問題点が分かったところで杏寿は護衛を一時外されることになった。

 対談に護衛は二人もいらないとのこと。なので外されている間は境東以外の地区の偵察になったのだが——。


「氷雨さん、私のこと試しました?」

「すまなかったな、確証を得るためにやったことだ。まさか灼司が殴りかかるなんて思わなかった」


 氷雨の態度に眉を顰め、怒りのままに焼き団子に食らいつく。こんな気分で無ければこの団子はもっと美味いだろうに。齧った団子からタレが皿に落ちる。

 視察の案内として氷雨とともに行動しており、立ち寄った甘味処にて気になっていたことを切り出した。

 偶然だと思いたかったが、しかしこの男、敢えて狐の面を杏寿に渡したのだ。どうしても狐の面が気になってしょうがなかった。

 これで何か謝罪や全く意図がないような素振りをするならこの場で殴りかかれたものを。


「俺が幼い頃、少しだけ芬に世話になった。そこでお前の話を聞いていたんだ」

「だから私が話に聞いていた奴かどうか確認するために灼司さんへ吹っ掛けたと?」

「お前からは芬の匂いが僅かに匂う。元相方の灼司なら分かるだろうと思った」

「大迷惑なんですけど」

「だから団子を食わせてるんだが」

「は!?これでチャラになる訳ないですけど!?しかも腹を殴られてるのになんで食べ物が謝罪の気持ちなるんですか!」

「人間の女は甘味が好きと聞いた」

「誰に?!」

「芬」

「だぁぁぁッ!!」


 行き場のない怒りで机を叩き割りそうだ。氷雨の表情は相変わらず見えないままだが、態度からして本心から反省しているようにも見える。

 反省故の団子なのだろうが、謝罪が空振りしている上にその行動がどことなく人を苛立たせる。


 (なんだ?私の心が狭いからこうなるの?)


 同時に今まで感じたことのない種類の怒りに杏寿は困惑もしていた。

 会話をしているのにどことなく噛み合っていないような。人との会話が苦手な朔乃介でさえ、こんな感情は抱かなかったと言うのに。

 杏寿は落ち着かせるため、大きく息を吐き氷雨を見た。

 新しく貰った雀の仮面の下で睨んでいることも知らずに氷雨は不思議方に首を傾げる。


「怒っているのか?」

「ここで大暴れするほどじゃないですけど怒ってはいますよ」

「…人間は難しいな」

「人間じゃない限り人間の感情を理解なんてできませんよ。芬から習いませんでした?人間を模倣した魔女も人間に擬態する妖も完全に人間になり得ることはできないって」

「ああ、確かに俺がお前に謝罪する必要もなかったな。団子は後で俺が食べるから残しておけ」

「何がどうなって謝らないってオチになるんですか?『確かに』の使い方知ってます?」

「分かって使っているつもりだ。お前が言った通り、人間と妖は根本的な考え方や価値観が異なる。そしてどちらかが寄り添ったとしても完全には理解し合えない故に俺が何となくで謝れば、それは火に油を注ぐことになる。だったら最初から悪いと思ってないなら謝らなければいい。だからお前の話に同意した意味として()()にと使ったんだ」


 淡々と見解を述べる氷雨。

 この氷雨の考え、態度に杏寿は何故こんなにも苛立ちを感じるのかようやく気づいた。

 氷雨は会話のやり取りがとても下手くそなのだ。勝手に自己完結し、結論から導き出した行動が裏目に出ている。

 言葉だってそうだ。氷雨は杏寿の一言で一気に取り繕った謝罪はしない方がいいと至った。

 しかし出てきた言葉が極端な考えであることに加え、寄りにもよって相手に火を注いでいる。

 原因が分かったことで湧き上がっていた怒りが落ち着いていき、代わりに呆れがやってきた。


「とりあえず分かりました。話を変えましょう。それで氷雨は私から芬について聞きたいとかですか?だから試すようなマネを?」

「ああ。今、芬はどこにいるんだ?」

「それは——」

「おお、仲良く団子食ってんのなァ」


 会話に割って入ってきたのは灼司だった。

 灼司は杏寿達の間に流れる空気など気にせず、氷雨の隣に座って流れるように注文する。

 水上との対談を終わったのだろうか。だとすればニシキに水上から連絡が入るはずなのだが。

 ニシキを確認するが連絡は入っていない。


「水上殿は境西を視察中だ。境西は比較的人間が多い地域だから変なことは起きねェはずだ」


 ニシキで境の全体図を表示する。杏寿がいる境南から水上達がいる境西まではそう遠くない。すぐに駆け付けることはできる。

 杏寿は地図を閉じ、また団子を口に運んだ。まだ食うのかと般若の仮面越しに視線を感じるが差し出したのは氷雨だ。ならば遠慮なく食べるまで。

 苛立ちの原因が分かったからか、味が薄れてた団子が本来の美味さを取り戻している。


 「そんでおめェらはここで何してたんだよ?」

 「人間なりの謝罪をした」「心無い謝罪を聞かされました」

 「同時に矛盾してんじゃねェか」

 

 運ばれてきたぜんざいを食べながら灼司は呆れた。

 氷雨が言っていることも事実であり、杏寿の言い分も事実だ。これを理解しろと言うのは難しい話だろう。

 

「それから芬のことを聞こうとしていた」

「ああ、やっぱりか。こんだけアイツの妖力が染みついてたら身内って言われても遜色ねェもんなァ」


 そんなに耀の妖力が染みついているのだろうか。杏寿は目に妖力を込めて自身に流れる妖力を見た。

 しかし杏寿の橙色をした妖力が血流のように流れているのが見えるだけで何かが混じっているようには見えない。


「妖力の明確な違いなんざ妖にしかわかんねェよ。栗花落、だったか。相当芬に気に入られていたんだな」

「大事にされていた自覚はありますが一緒に過ごして妖力って混じり合うものなんですか?」

「いいや、一緒にいただけで妖力が混ざることはねぇよ。——小せェ頃に蟠桃を食わされなかったか?」

「そういえば中国にいる間は毎日食べさせられていました」


 ぜんざいを食べていた灼司の手が止まり、「うっわ…」とゲテモノでも食べたかのような表情を浮かべた。

 あの淡々とした態度をとっていた氷雨からも同じような反応をされた。

 そんなにおかしなことなのだろうか。いまいち理解できていない杏寿は眉を顰める。


「謝ってどうにかなるもんでもないけどよォ…すまない、栗花落。オメェがそうなったのはオレのせいでもあるわ」

「え?どういうことですか?」

「オレが芬に殺されかけたってさっき言ったろ?」

「言ってましたね。だから同じ匂いをしていた私を殴ってしまったって」

「芬とオレは旅をしていたんだが、武器商人っつーのはいい気分になれなくて日本で芬と別れることにしたんだよ。それで滞在している間に何度か武器商人はやめた方がいいって芬に言ってたんだ。アイツ、戦う意志にある奴全員に武器を売っていたから大体の国でお尋ね者だったしよォ。そんで最後に会った日、アイツは『面白い人間を見つけたからまた旅に出る』って言ってな」


 恐らく面白い人間というのが杏寿のことだ。昔、耀から聞いた杏寿と出会う前の経緯と合致している。

 付け加えるなら耀は灼司と別れて日本の滞在中は栗花落家の前当主、安寿の祖父の邸宅で働く使用人になっていた。そこまでは知っていないようだ。

 横目で氷雨の反応を伺うがやはり仮面のせいで何も分からない。茶を出されても飲む気配がないので仮面を外す気はないのかもしれない。


「で、それがどうして殺傷沙汰になるんですか?」

「アイツが面白いなんて言うと碌なことが起きないからな。で、問い詰めたら栗花落の話が出てきたわけだ。聞けば物心ついたばかりの幼子っつーから殺してでも止めたかったんだけどよォ…」


 苦虫を奥歯で潰すように懺悔をする灼司になんと言えばいいのか分からなかった。

 灼司は杏寿が無理矢理連れて行かれたと思っているだろうが、真実は逆だ。杏寿が望んで差し出された耀の手を掴んだのだ。

 多少の自暴自棄もあったが今でも手を掴んだ選択肢を後悔はしていない。

 しかしこの状況で言ってしまうのは灼司の思いに泥を塗ることになる。それはしないほうがいい。杏寿は何も言わずに残り一つの団子を口に入れた。


「それで蟠桃が何で妖力云々に関係するんですか?」

「蟠桃ってのは古来から不老不死の果実とされてんだ。だがまあ、実際に食べ続けて不老不死になるのは物語上の話、現実では不肉——要は()()()()()()に作り変えることができるんだよォ」

「でも食べているだけで不肉になるならとっくに私みたいな人間が増えていてもおかしくないですか?」

「そこは芬のだからできたことだ。蟠桃にアイツの力を練り込めば一年足らずに改造完了、毒を幼いうちに少量ずつ飲めば効かなくなる原理と一緒ってワケ」


 杏寿は異質持ちなんかではなかった。半妖でもなかった。


(私の体は当の昔に改造されていたのか)


 怒りも悲しみも湧いてこない。あるとすれば「まあ、耀ならするよね」という納得のみ。

 しかしこの体には何度も助けられた。結果として悪いことは今のところ起きてない。


「この体で困ったことは起きてませんよ」

「オメェは人間だ。そういうことじゃねェよ。——それに傷まない身体ってのは大事にしなくなってくる。痛みを我慢すればすぐに元通り。そうしていつしか痛みにも鈍くなっていく」

「別にいいじゃないですか」

「痛みが分かんなくなったら他人の痛みにも気づけなくなるだろうがァ。それがどんなに危ないことか分かってるか?だからあの時、芬を止めるべきだったんだ」


 灼司の言うことには一理ある。痛みが分からないと知らず知らずのうちに誰かを傷つけてしまう。

 

『痛みを理解していないと相手にも同じような痛みを与えてしまいます。ですがそれもまた自分の身を守る武器にもなります。悲しんでほしくない人やこの人の辛い顔を見たくないって思えた人間だけで良いのです。そう思えた人間だけを傷つけなければ良いんですよ、お姫様』


 人と会話をするうえで耀が言ったことだ。

 改めて灼司の態度や考えを聞いていると耀と長い間共にいたんだなということがよく分かる。

 しかし、同一人物ではないので当たり前だが態度も考えも少し異なる。その異なり方も耀と正反対だ。

 耀は人間というものを()()として考えている。長命ゆえの見方なのだろうが、それなら人間を隣人として接している魔女の方が寄り添っているとも言える。

 そして耀には情というものが薄い。改めて杏寿が異例だったと言えるくらいに。

 長い間共にいた灼司を殺そうとした。杏寿には何も真意を伝えず、目の前で死んだ。

 故に灼司に謝罪されるのは違うと杏寿は思ってしまう。


(灼司さんに謝られてもどうすることもできないし…)


 灼司は組んでいた手を膝に置き、改めて杏寿に頭を下げた。


「オレの力不足ですまなかった。オメェはアイツの被害者だ。望むなら本来の体に戻すこともできる」

「このままでいいです」

「——ハ?」

「私はあの人に人生を狂わされたとか一切思ってないので」


 持っていた串を皿に置いた刹那、脱出の一手が起きた。ニシキがメッセージを受信したと鳴ったのだ。

 『君は被害者だ』何度も聞かされた台詞だ。何度も味わっためんどくさくなる空気から脱するには最適だ。杏寿はジャケットを羽織り、席を立つ。

 ふと氷雨にされた質問を思い出し、杏寿は振り返った。急な杏寿の行動が予想がつかなかったのか、静かだった氷雨が腰を浮かせていた。


「あと、劉芬は一年前に死にましたよ」


 相変わらず氷雨の表情は見えないまま。

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