第九幕 先行投資
「人選、間違えてませんかぁ?水上中尉」
「いいえ、これが最適だと判断しました」
大阪へ向かう新幹線の中でバリボリと棒状の菓子を食べながら蓮真は問う。
向かい合って座る水上は蓮真にも目もくれずに淡々と答えた。
今回の任務の人選に関しては杏寿も気になっていた。杏寿はナーシャに持たされた駅弁を食べながら横目で隣に座る蓮真を見る。
別に蓮真との任務が不服というわけではないが、護衛として選んだというのが意外だったのだ。
「鵜養は総合的な視野が、栗花落は戦闘における視野が広い。それに今年入学してきた調査員の中では一番優秀な二人を選びました」
「俺に先行投資はいいけど、杏寿は入学早々に問題起こしてますよ?」
同意をするのはおかしな話だが、問題を起こしているという自覚はある。杏寿はうんうんと首を上下に動かす。
事実、実弾を使うなと水上にもお叱りを受けた。
するとようやく読んでいる本から顔を上げ、眼鏡を掛け直した水上は小さくため息を吐いた。
「問題行動と能力は切り分けて考えるべきです。勿論、栗花落が人種関係なく無差別に殺人を犯すような奴なら話は別ですが。戦闘経験は調査員の中では随一です。そういう意味でならテルラルでも良かったですが、あの者は何を考えているのかいまいち分からないので少人数の任務は不向きです。よって栗花落が妥当と考えました」
「じゃあ今回で手柄をあげれば実動部隊への移動も夢じゃないですか?」
「夢です。現実を見なさいガキ」
「うへぇ…」
食べていた卵焼きが不味くなりそうな発言を喰らってしまった。
護衛では難しいかと杏寿がしなだれると蓮真が「うわ」と引き気味に声を上げる。
「まだ実動部隊に行きたいとか言ってんの?やめなぁ?」
「だってぇ…!」
「やる気は良いけど、こっちにまで迷惑とか掛けないでよ?俺は朔乃介と違って杏寿の面倒は見ないからね」
「迷惑はかけないからそんなこと言わないでよぉ」
蓮真に軽く頬を摘まれながらも杏寿は抗議する。
今回、朔乃介はいない。いつも朔乃介に甘えている部分は自身でしなくてはならない。より一層、気を引き締めなければならないのだ。
そんな二人の様子を見ていた水上が会話に混じり出した。
「昨年、実動部隊の見習生が境へ任務に行ったのですが、その時に一悶着あったのですよ。だから今回は我々調査部隊に御鉢が回ってきましてね」
「御鉢っつーか、面倒事ですよね」
「…まあ、そうとも言いますが仕事と言いなさい鵜養」
水上は読んでいた頁に睡蓮の花が描かれた栞を挟み、鞄に入れて話す体勢を整えた。
だが杏寿は口に沢庵を入れ、変わらず咀嚼する。今は腹を満たしたい。
「そこで運悪いことに当時問題になっていた『魔女もどき』の襲撃に遭遇して怪我を負うだけで事はおさまりました」
「でも魔女事件については解決しましたよね?魔女に対する規制も強くなったし、境側だって移民に対して厳しく扱うって軍に表明してたし」
魔女事件。白夜軍、桃坂家が功績をあげた事件の一つだ。
杏寿も詳しいことは知らず、国内に密入国した魔女が暴れ回ったくらいしか認識していない。
異国で生活していた杏寿にとって魔女は割と身近な存在であったし、大抵の出自を辿れば魔女の子孫ってことが殆どだった。
ただ日本は大元の魔女は産まれることはなく、近年起きた世界各地で起きた魔女狩りで認知されたほど幻の存在だった。
故に杏寿にとって大変だなくらいの感想しか出てこなかった。
だが魔女事件が解決している今、杏寿と蓮真に関係することがあるのだろうか?
「ええ、魔女事件については決着が付いています。ですが全ての魔女と契約した魔女もどきを捕らえた訳じゃない。また襲撃される可能性を考慮し、魔術に抵抗のない栗花落を選びました」
「ああ、なるほど」
納得の理由だ。確かに杏寿は魔術を扱える訳じゃないが対抗策は散々耀に叩き込まれた。
魔術を見たことがない兵士よりは役立つということだろう。
「そして境は言わずもがな、妖の拠点です。同盟を組んでいたっていつ牙を向けるか分からない。加えて魔女事件以降、境には統括主が不在です。非常に不安定、故に妖に対して恐怖を抱いていない者を選定しないといけなかったのです」
「だからって俺を選ぶのは嫌がらせでしょ。俺が義足になった理由を知らない訳じゃないくせに」
「だからですよ。恐怖より憎悪を抱いている方が扱いは楽ですから」
蓮真の足は義足型バッシキだ。しかも両足。
何故、蓮真が義足になったのか杏寿は知らないが、会話の内容から妖が関連していると言える。
聞いても良かったのだろうか。杏寿は念の為、机に箸と弁当を置いて両手で耳を塞いだ。
「別に気まずいことでもないから耳を塞がなくてもいーよ。飯食ってな」
「合点承知!」
杏寿は耳を塞ぐのをやめて食事を再開する。
水上から「聞こえてるじゃないですか」と何か言われたが知ったことでは無い。人間の耳は都合がいいのだ。
苦言を無視して鯖の味噌煮を味わいながら窓の外を見る。知らぬ間に名古屋まで来ていたようで新幹線を待っていた人の列がぞろぞろと乗り込んできた。
「一気に人が増えましたね。続きは大阪に着いてからにしましょうか」
「杏寿〜、ご飯食べ終わったらトランプで遊ぼー」
「いいよ。水上中尉殿もしましょうよ」
「…」
それはそれは白熱した戦いになった。




