第八幕 実弟
実兄、悠史が前触れもなく杏寿の前に現れるのは今に始まったことではなかった。
少なくとも杏寿が帰国してからこの行動は始まった。軍学校に入学前は与えてもらった邸宅に突撃訪問がほとんどでその度に孝文と共に追い返していた。頻度が多すぎて孝文にお願いして邸宅全体に認識阻害術式をかけてもらったほど。
突撃が始まってから半月後、悠史は海外遠征で日本から離れることとなり、穏やかな日々を送っていた。
(まさか学校に突撃してくるとは思わなかったけど)
杏寿とて昔から悠史を嫌っていたわけではない。
「要はお兄さん、ひいては家族を嫌いになった原因はお兄さんの友人がきっかけだったってことか?」
「そう。朔乃介さんは自分より何倍も体の大きな怪物に視界を覆われる恐怖、想像できる?」
「……その怪物が友人、なのか」
「察しが良くて有難いですなぁ」
杏寿の言ったことが想像できたようで眉間に皺を寄せながら朔乃介はストローをまた齧る。朔乃介の歯は鮫のように人より鋭利ゆえに少しストローを齧っただけでボロボロにしている。
まだ杏寿が耀と出会う前、悠史はある友人を家族に紹介した。その友人こそが杏寿を苦しめる怪物になったのだ。
思い出そうとすると防衛本能が働くのか、姿と名前に靄がかかったように明瞭に思い出せない。
「誰も助けてくれなかった環境で唯一、耀だけが助けてくれた。もしかしたら別の意図がって私を連れ出したのかもしれないけど別にそれでもいいの」
「概ね事情は把握した。許す気は……無さそうだな」
「朔乃介さんに兄妹はいる?」
「いる。姉と妹が一人ずつ」
ああ、通りで。杏寿は納得してしまった。
朔乃介が杏寿や淑野に対する態度がどうにも女慣れしていると思っていたのだ。女遊びに慣れている男、とはまた違う気遣い方や接し方だった。
「喧嘩したことある?」
「残念ながら俺はないな。だけど姉さんはしょっちゅう妹と喧嘩してたよ。栗花落みたいな追いかけっこはしてなかったけど」
「ふふ、朔乃介さんは二人と仲良かったんだ?」
「一応な」
過去の出来事を思い出しているのか、朔乃介は斜め上を眺めながらさくらんぼを口に含んだ。
杏寿にも姉が一人いるが、やはり姉妹はどこでも仲がいいとは言えないのだろうか。
姉の星子は昔から杏寿を嫌い、いつも杏寿に濡れ衣を着せては母に告げ口していた。
その理由は分かっている。杏寿が祖父、父、兄に目に見えて甘やかされ、愛されていたから。
それが星子や母親には気に食わなかったのだろう。母親は杏寿よりも星子のことを気に入っていたのも知っている。
温くなり、アイスクリームも溶けてしまったグラスを眺めていると朔乃介が「それから」と言葉を吐いた。
「今、その怪物はどうなってんの?杏寿が殺しかけたくらいには相当な奴なんだろ?」
「邸には戦える使用人もいるし、妖術が掛けられているから家族でも簡単に入れないよ」
「徹底してんな」
「でしょ?」
不思議だ。朔乃介が話し相手になると言ってからいつもより話しやすくなった。会話につっかえが無いのだ。
朔乃介の申し出に二つ返事で返せるくらいには信頼を寄せていたということなのだろうか。
(あはは、耀に怒られそう)
簡単に人を信用も信頼もするなと口酸っぱく言われていたのにこのザマだ。
自身で相棒に選んだ相手だからか、それともどこか耀と似ているからか――。
「よし、ゲーセン行こうぜ」
「――ゲーセン?」
「ゲームセンター。行ったことないのか?」
「何それ。ビリヤードとかダーツがあるところ?」
「そういう場所もあるけど、俺が行こうとしているところはちょっと違うな」
ゲームセンターに行くという提案に杏寿は首を傾げた。
そもそも朔乃介の言うゲームセンターがいまいち頭に思い浮かばないからだ。
ゲームと言えばチェスやビリヤード、といった耀が大人の付き合いで嗜んでいた遊びしか知らない。
日本に来て一年は経っているが友達なんて者はいなかった為、娯楽に関して杏寿は人より疎いのだ。未だにニシキは連絡手段としてしか使ってないのが何よりの証拠らしく、蓮真がこの事実に驚愕していたのは記憶に新しい。
「どうせ今学校に戻っても水上中尉殿に反省文書かされるのがオチだ。だったら徹底的にサボるべきだろ」
「徹底的にサボるためのゲームセンターなの?」
「あそこは馬鹿みたいに時間が溶けるからな」
不敵に笑った朔乃介に連れられ、杏寿はゲームセンターへと初めて足を踏み入れることとなった。
そこで朔乃介に初心者狩りされ、本当に殴りかけたのはまた別の話。
「うがぁ!ズルいズルい!手加減してよぉ!」
「勝負に手を抜いたら失礼だろ」
「朔乃介さんのカスぅ!!」
「がはは」




