52話 クリスの依頼
「菜摘殿に依頼したい事があるんだが、聞いてもらえないだろうか」
用件を尋ねた私にクリスは畏まった調子でそう言った。
「私にお願いしたいことですか?」
「ああそうなんだ」
「そういう事なら店先より奥で話しを伺ってもいいですか? 他の人がいても構いません?」
「出来れば菜摘殿と二人きりで話したい」
「そうですか……」
一体なんだろうか……やけに真剣な顔つきのクリスに、少しドキっとしたのは内緒だ。
作業中のローランさんとマーク君へ断わりを入れる必要があるため、奥の部屋へクリスと向かう。
「サリュー団長殿、ようこそお越しくださいました。とはいえ、なにぶんこの有様でして申し訳ございません」
部屋に入ってきたクリスを見たローランさんは、片手にフラスコを持ち椅子から腰を浮かした状態で、申し訳ないと非礼を詫びた。
「ああ店主殿お気になさらず……開店前に押し掛けたのはこちらですから。菜摘殿に少々話したいことがあるのだが連れ出していいだろうか?」
「ええ菜摘さんさえ良ければ、こちらは構いませんよ」
どう? という感じでローランさんがこちらを見るので、私は問題ないと頷いた。
「菜摘さん。多少遅れてもいいですからね」
クリスの話しがどれくらい掛かるか分からないけど、ローランさんが気遣ってくれて助かる。
「ありがとうございます。話しが済み次第戻りますね……」
「では菜摘殿。裏に馬車を停めていますので、そちらへ行きましょう」
そう言って一瞬悪戯っ子のようにクリスは微笑んだ。
おもむろに私の手を掴むと、さあ急ぎましょうとばかりにぐいぐい引いて裏口へと歩き出した。
強引だなと思う反面、そんなクリスを好ましく思っている自分がいる。
「あっ! ちょっとそこまで行ってきます」
クリスに引き摺られるように連れて行かれた菜摘を見送ると、すり鉢で薬草をゴリゴリ潰していたマークはローランを振りかえった。
「ローラン先生。魔道士団長さんてあんな風でしたっけ?」
「あの団長さんは、僕が覚えてる限りいっつもこうなんか、こんな顔でクールな感じだったすよ?」
マークは記憶の中にある思い出せる限りの魔導士団長クリストファーの表情を真似てみる。
「マークは、男相手にあんな風に微笑んだりしますか?」
「えっ! ないない。ヤロー相手に無いっすね!」
マークはありえない絶対とばかりにブンブンと首を横に振った。
「そうでしょう? でも私も驚いてますよ。沈着冷静。滅多に笑顔は見せないと噂されている魔道士団長様ですからね」
「随分と気を許している感じっすね」
「彼女だからなんでしょうね」
「それもそうっすね」
二人は顔を見合わせると合点がいったのか、作業に集中しはじめた。
二人が妙に納得している頃、店の裏口まで私の後をさりげなく付いてきていたノエルは、すぐそばにある馬車を確認すると、あいつが一緒なら大丈夫だねと言って中へ戻って行った。
菜摘はクリストファーにエスコートされ馬車に乗り込んだ。
――――――――
「ねぇノエル。この辺でいいの?」
肩をぜいぜいさせながら少し息遣いが荒くなった私と、平然としているノエルは今、欝蒼とした森の中にいた。
「うん。母様から聞いたのはこの辺りだよ」
そう言うと、ノエルは辺りの匂いを嗅ぎ出した。
昨日薬師堂にやってきたクリスから、ミザリー様の手紙の件で話を聞いた。
国家存亡の危機に直面しかねない重要事項を私なんかに喋って良いのかと思ったが、伝えておかないと話しが進まないと判断したそう。
それに菜摘さんは口が堅そうですからとクリスは笑った。
まあその、ペラペラ喋る方じゃないけれど、そう簡単に信用するのもどうかと思う。
信用してくれるのはとても嬉しいけどね。
クリス宛の文書には、早急に『ソーマ』を入手して、私にポーションを作成させるよう書かれていたそう。
ミザリー様がやろうとしている事に重要不可欠らしく、大量に用意してくれと締め括っていたとの事。
「師匠は無理難題を吹っかけてくるが、無駄なことはしない方だ。ポーションは直ぐ必要になるだろう」
防音壁を展開した馬車の中でクリスはそう話してくれた。
「あのソーマですか……」
「菜摘殿にしか頼めないんだ。引き受けてもらえないだろうか」
前回採りに行った時に結構手間取ったことを私は思い出していた。あれは大変だったな……
「やって頂けるのでしたら、戻ってきたときに菜摘さんのお願いを何でも叶えますよ」
面倒だなと思っているのが表情に出ていたのか、目の前に人参をぶら下げるクリストファーがそこにいた。
「何でも?」
「ええ何なりと言って下さい」
それを聞いて俄然やる気が出た私は即決した。
『ソーマ』は不思議な植物で、生える場所は不規則だ。
昨日生えていたからといって今日も同じ場所にあるとは限らない。
足でも生えているかと思うくらいコロコロと自生場所が変わるらしい。
だから前回行った場所にはもう生えていないという事ははっきりしている。
ノエルは今の時点で生えていそうな場所を聞く必要があると言ったので、私達は先にルプスの女王様へお伺いをたてに行ってきた。
久々にあった女王様は相変わらず銀色の毛並みが麗しく、モフモフしたい衝動に駆られたけれど思い留まり、おおよその場所を聞いて、ひたすらノエルと共に獣道を突き進んできた。
牛サイズになったノエルの背に跨っている格好だけれども、いかんせんノエルには鞍も鐙もついていない。
鐙に足が届かず馬の背で始終跳ねた経験がある私は、内股に青あざをこさえ痛い思いをした苦い経験がある。
「人間はひ弱だよねー。菜摘が駄目なの?」
今回はそう痛くならないよう前もってノエルに魔法をかけてもらった。
掛け終わるとノエルは私の襟首を咥え背中にひょいと放り投げた。
「ここからしばらくは飛ばしていくからちゃんと掴まって!」
私がうんと頷く間も無くノエルはビュンと走り出した。
「ヒェー! やめてー」
私の絶叫する声は移動する森中に響き渡る事になったのはいうまでもない。




