50話 遣い鳥
書類関連の通常業務をひと通りこなすとクリストファーは椅子から立ち上り、休憩するにはいい頃合いだろうと室内に備え付けたカウンターへ移動した。
魔道士団団長に就任した頃、無理を言って備え付けて貰ったカウンターには、気に入った銘柄の紅茶にポット、数組の茶器を取り揃えている。
お湯を沸かすための魔道具ももちろん置いてある。
仕事が煮詰まった時や一区切りついた時にクリストファーは気分転換も兼ねて紅茶を嗜んでいる。
凝り固まった身体をほぐすついでにポットへ水を入れ、その下の魔道具に魔力を与える。
お湯が沸くまでの間、気になった資料をいくつか机から持ち出しソファーへ移動した。
少し根を詰め過ぎたのかクリストファーは気怠げな何処かアンニュイな表情を浮かべた。
それでも傍から見れば憂いを含んだ眼差しに見え十分魅惑的に映るに違いない。
魔道士としての実力は勿論のこと、見目も良い彼は王城内では騎士団団長のアビゲイルと人気を二分している。
金髪碧眼の爽やかアビゲイルとは対照的に、黒髪にモスグリーンの瞳ゆえかミステリアスな雰囲気を纏うクリストファーに心酔する女性や輩も結構多い。
にも関わらずアビゲイルと一時期噂があった以外にこれといって浮いた噂がなかったのは王城七不思議の一つだった。もちろん当の本人は知る由もない。
ソファーにどかっと座り楽な体勢で寛いでいると、使い魔のルーシーから念話が届いた。
クリストファーは白いファルコンを使い魔として使役している。
ある一定の範囲内であれば、姿は見えなくても使い魔と念話でやり取りする事は可能だった。
「あるじ! ミザリー様の遣い鳥というものがきました」
ほどなくして窓から部屋の中へルーシーが飛び込んできた。
ルーシーが部屋へ降り立つと少し遅れて『ポンッ』という音が聞こえ、一羽の鳥がルーシーの傍らに姿を現した。
よく見れば背中に小さな鞄を背負っている。
鳥はお辞儀をするとトコトコとクリストファーに向かって歩いて行く。
足元までくるとくるっと回れ右をして背中を差し出した。
「師匠からの便りとは、久しぶりだな」
クリストファーは、鳥が背負っている鞄に手を突っ込むと中から手紙を取り出した。
遣い鳥は仕事が終わったとばかりに一度大きく翼をひろげた後、かしこまった表情をした。
みるみるその身体は透明になりパッと霧散して行った。
「あるじ! あの子はどうしたのですか?」
ルーシは急に鳥の姿が無くなったことに驚きを隠せずあるじに問いかける。
「ああ、ルーシー心配するな。あれは役目が終わって帰ったんだよ」
「そうですか……それなら良かったです」
ルーシーは納得したのか部屋の中の止まり木へピョンと飛び乗り羽を休める体勢をとった。
どうやらそのままひと眠りするようだ。
そんなルーシーの姿を目で追った後、クリストファーは手に持っている手紙へ視線を移した。
「あの街でその様な事が起こっているとは……」
ミザリーからの便りは驚愕する内容がしたためられていた。
件の街には騎士団が常駐しているにも関わらず、ミザリーから持たらされた情報に関連しそうな話しは耳にした事はない。
「意図的に伏せられているのか? 上のやることだ、ないとも言えないな」
便りの最後には、クリストファー宛ではない言伝が記されていた。
「こちらの件も早く伝えた方がよだそうだな」
『コポコポコポコポ』
丁度いいタイミングでポットから水蒸気と共にお湯の沸く音が聞こえてきた。
クリストファーは立ち上がると魔道具からポットを外した。
今日は予定していた茶葉をじっくり蒸らすのは諦めて、即席で飲める紅茶を準備する。
一口、二口と喉を少々潤す程度に留め、外出の準備を始めた。
薬師堂では今日もローランやマークと共に、ポーション作りに精を出す菜摘の姿があった。
「ローランさん今日はどれくらい作ればいいですか?」
「そうですね……菜摘さんにはエクストラポーションに専念して欲しいので、ハイポーションは三百位でお願い出来ますか?」
薬師堂で販売している通常ポーションは青色、その上のハイポーションは緑色だ。
菜摘が任されたエクストラポーションは、ハイポーションの上位版になり色合いは薄緑色になる。
魔力の練度が高いポーションは、より透明度が高くなる事がそれで分かる。
「はい、分かりました」
「マークは青色ポーションを今日は二百に挑戦してみようか?」
「はいっす! 僕も菜摘さんに負けてられないっすよ。腕を上げたところを是非見て欲しいっす」
「そうね。マーク君のやる気を今日は見せて貰おうじゃないの」
菜摘はマークの宣言を聞くとそう返していた。
俄然やる気を出している弟子にローランは嬉しそうに微笑んだ。
今日も笑顔が眩しいですねローランさん……
師匠が弟子を微笑ましく見ている様子を横目で見ながら、そんな風に菜摘は思っていた。
なまじ顔のいいローランはあまり自覚してなさそうだが、その甘いマスクから溢れる微笑みにご令嬢、ご婦人方はいちころとなっている。
三人で店頭の会計に並べば、まず間違いなく女性客はローランの所に集中するのだから。
薬師堂は魔道士団御用達となっていたが、菜摘の後見人となったルーベンス侯爵の口添えでトントン拍子に国からお墨付きも貰い、二重に評価された事でより信頼度が増すお店となった。
店頭に並ぶ高品質なポーションの噂も菜摘達が思っている以上に浸透していた。
バカ売れと言ってもいいくらい順調に売上を伸ばし、三人だけで数をこなしていくのもそろそろ限界が近い。
そんなこんなでローランからは、つい最近一時ボーナスという名目でかなりの金額を受けとった。
「私ってば結構な高給取りになったわね!」
仕事も楽しいし、懐具合も暖かいし、久々に充実した日常生活を過ごせている菜摘は満足していた。
笑いが止まらないとはこういう事をいうのかも知れない。
ついつい顔がニヤけてしまうが、気を引き締め直しエクストラポーションの材料となる薬草に目を向けた。
頼まれている本数はそれほど多くはない、材料の選別に少し時間を掛けるつもりでじっくり見極める。
より品質の高い薬草を一つ一つ丁寧に菜摘は選別して行った。




