38話 修羅場ですか
ノエルから衝撃的な事実を聞いても、森の中でしばらく過ごすうちにそれは気にならなくなっていた。
周りから向けられるそれをいつも以上にビシバシ感じ取ってしまうけど、気にしてもしかたない。
そんなある日の昼下がり。
「菜摘。何してるんだ!」
怒気を含んだ声が背後から聞こえてきて、クリスは慌てて抱きしめていた私から身体を離した。
振り向けば亮介が腕組みしながら立っている。
状況からして誤解されても仕方ないんだけどね……これ。
お天道様に誓って何もやましいことなんてありません……はい。
私と亮介は『彷徨いの森』にやってきたところだった。
正確には先に私が向かい、数分遅れで亮介が追いつき木の家から出てきたところだった。
誰とも遭遇したことの無い森の中で知り合い……そうクリスがいて私はとても驚き、そして嬉しくなってしまった。
「あれっクリス!」
キョロキョロしながら周囲を見回していた後ろ姿の彼に気づいた私は声を掛けた。
「もしや菜摘殿か?」
クリスは森の中に急に人が現れ驚いていたようだが、すぐに誰だか分かったようで返事をした。
「こんなところへどうした……の……あっ!」
菜摘は尋ねようとクリスの元へ駆け寄ったが、つい足元に転がる石に躓いた。
やばい……こける!! これは顔からいったかも
「菜摘殿危ない!」
クリスは転びそうになった菜摘を支えようと駆け寄った。
「あっあのクリス……」
急な事で私は思い切り照れてしまった。きっと頬も耳も真っ赤に違いない。
どういうわけだか菜摘を後ろからクリスが抱きしめる格好になってしまっていた。
ちっ近い。クリスの顔が近い……
と思っているところに先ほどの亮さんの声が響き渡る。
「菜摘殿は声が出るようになったのだな」
耳元で耳障りの良い声でクリスはそう言うとこっと微笑んだ。
そして私の手を取リ服が汚れてないか確認すると、仁王立ちの亮介の方へ身体を向けた。
二人は丁度、私を間に挟んだ形で向かい合っている。
お互いに相手が次に何を言いだすのか出方を伺っているようだった。
「あわわわわー何これ。これをどうしたらいいのよ……」
いまだかつてこんな状況に陥ったことのない私の心臓はバクバクしていた。
「貴方が菜摘殿の夫君ですか。初めてお目にかかります。私はクリストファー・サリューと申す者です」
クリスはそう言うと胸に手を当て丁寧に亮介へ一礼した。
「君があの……クリストファー・サリューさん。そうか……初めまして私は野中亮介。菜摘の夫だ」
私の両肩を掴んで自分の側に引っ張りながら、亮さんは自己紹介をした。
「いつぞやは菜摘を助けて頂いたそうで、ありがとうございました」
お礼を言いつつも言葉の端はしに棘がある。
こちらは怒ってるせいもあってか礼もへったくれもない。うわぁー亮さんまじ恐い……
「ふーん。なっちゃんはああいうのが趣味なんだ!」
背中越しに亮介が拗ねた声でボソッと言う。なんでそういう風に言うかな……
私はクリスにごめんなさいの意味合いで手を合わせると、亮さんの身体を掴んで後ろ向きにした。
「亮さんクリスはね、心配してきてくれたのよ。さっきのは、私が転びそうになったからかばってくれたの」
嘘はついていない。心配してきてくれたかは不明だがそうしておく。
「へーそう。そうなんだ……」
納得はしていない口ぶり。何故かジト目で私を見る。
「だからね! 別にそんな目くじら立てて怒ることでもないでしょ?」
「ふうーん」
亮介は少し考えを改めてみてもいいかというような顔つきになり、
「それに服に土がついてないか確認してくれてたし、親切な人でしょ?」
「……そうだな」
亮さんの中でクリスの好感度は少し上がったかしら? 私は冷静かつ波風立てないよう言葉を選ぶ。
「それになっちゃん。クリスって呼んでたけど随分と親しげじゃない?」
亮介は更に不信に思っている事を菜摘にぶつけた。
えっそこも気にすんの? うちの人は……
「だってさークリストファーって言いにくいじゃない。舌噛みそうだし。本人がどちらでもいいって言うから短い方にしただけだよ」
「亮さんも『クリス』って呼んでいいんだよ」
私は言いやすいかどうかを強調した。あくまでも……もう機嫌を直してくれ!
「それで亮さん何か用事でもあった?」
話題を変えねばと思い急いで話しを切り替える。
「いや、特別これといった用事はないよ。今度はいつ帰るか聞こうと思って」
「そうなんだ。もしかしたらクリスがここに居るのは用事があっての事かも知れないから。それ聞いてからでいい?」
亮介は菜摘の提案に少し渋い顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。
菜摘はクリスがいる方に向き直るとひとまず謝った。
「クリス。お見苦しいところをお見せして済みませんでした。ところで今日はどうしました?」
「いえ菜摘殿。私は気にしておりませんよ。夫君にもお会いできましたしね……ところでルプスがいないようにお見受けしますが?」
「ノエルですか? ノエルにはしばらくここに来ないと伝えましたから里帰り中です。今頃は母親に甘えていると思いますよ」
少し強面のノエルがルプスの女王に甘えている姿が想像つかなくて私はぷっと少し吹いた。見ればクリスも吹き出しそうになっている。
「なっちゃん!」
亮介はそれが面白くないらしく、若干不機嫌そうに菜摘の袖を引っ張った。
うちの人この先大丈夫かしら……菜摘は少し頭が痛かった。
「えっとクリス。ここにいるのは何か私達。私に何かご用でも?」
「ええそうです。菜摘殿。貴方に早く伝えておくことがあって来た。落ち着いて聞いて欲しい」
その後に続くクリスの言葉に私は蒼ざめてしまった。




