22話 それは一飯之恩でした
シベリアンハスキー? 目の前でしっぽをぶんぶん振っているわんこ。牛位大きな犬をみたときに感じた私の印象はそれだ。
何でもインフェルノ・ルプスという犬種らしい。えっ犬じゃないって?ごめんごめん。
クリスが教えてくれた。この仔と一緒にあの家の玄関を吹っ飛ばしたってこと。正確にはこの仔がやった事らしいけど。やるわねわんこ。
えっだから犬じゃないって?
さっきから犬じゃないと指摘されている私。野中菜摘三十五歳。この世界で年齢詐称をしている者です。
どう考えても事件に巻き込まれたせいで声が出なくなりました。ほんと勘弁してほしい……
誰かと喋っているようですけど?って。いえいえ、私の頭の中に話しかけてきているのよ、その仔が。
さっきから犬じゃないと言っています。
クリスはその仔が私の事を恩人だと言って、救出作業を手伝わされたのだと話してくれた。
私が恩人ね……腕組みして考えてもその仔には見覚えがない。
しかもこんなに大きいわんこなら忘れるはずもないでしょう……
きっと他の誰かと間違って私は偶然助けてもらったんだと思う。
そんな風に考えているとインフェルノ・ルプスのその仔が目の前まで歩いてきた。
私の正面にくると見ててという感じでワンと吠えて、『シュルルルルーン』という音とともに小さなつむじ風がその仔の周りで起きた。
見ている間にみるみる小さくなって、しまいには豆柴位の大きさまでになった。
「……!!!!!!」
その大きさのわんこには見覚えがあった。いつか街道沿いの草むらで出くわしたあの仔だ。
そうに違いない。
お前はあの時ランチ〇ッ〇をあげたあの仔犬なの?
ランチ〇ッ〇をあげただけなのに、私を恩人と思ってくれてるの?律義すぎるよ……
「ワンワンワン!」
ようやく分かってもらえて嬉しかったのか、ルプスの仔は上機嫌な様子。吠えるその声はやっぱり犬にしか聞こえなかった。
そして廃屋での一件から数週間が経ち、菜摘はようやくいつも通りの生活が送れるようになっていた。
未だ声は戻っていない。
ただ、現実世界の仕事は電話を取ることも多いから、声が出せない間、会社勤めはしばらく無理だと判断してしばらく休職することにした。
声が出せないことで特に支障は感じていない。元々ご近所さんとの付き合いは浅い。
自治会はしばらく前に抜けたから、ご近所さん達と顔を合わせて話すこともない。
荷物が来た時は亮介に頼めば済むし、用があれば、メールやSNSでやり取りすればいいしね。
存外誰とも話さなくても、生活自体は成り立つものだなと思う菜摘だった。
それにしても……亮さん怒ってたな。
菜摘は帰ってきた頃の亮介の様子を思い出していた。
手首と足の傷はきれいさっぱり治癒していたため、証明することが出来なかったけど、向こうで危険な目に合ったことを時系列にしてメールにしたため送った。
どうやらそのせいで今は声が出ないことも……
スマフォに届いた菜摘からのメールを読みながら、時折亮介は、眉間に皺を寄せている。
「クリストファーってどんな奴? なっちゃんの好み?」
「!!!!」
亮さんに真顔で聞かれた時はどうしようかと思った。
そりゃさとても素敵な、モスグリーンの瞳の素敵な人だったよ。彼は命の恩人だし。
こういう誉め言葉は誤解を招くので亮さんには説明していない。
……決してやましいことは何もありません。
救出されてこちらに戻ってくるまでの間、私はクリスのところにしばらく厄介になっていた。
色々聞きたい事があるということもあって事情聴取ってやつですね。
彼の家、屋敷の人達には、なんだかおかしな扱いを受けたけど……
事情聴取は、喋る事が出来ない私の代わりに、代弁者としてノエルが一緒だった。
質問に対して私が思った事をノエルが代わりに喋るという感じで……
言わなくていいことまでクリスに伝えて、私が赤面してしまうこともあったね。
ああノエルは、呼ぶのに不便なので私がインフェルノ・ルプスの仔につけた名前です。
ノエルは向こうにいる間の私の護衛兼癒し係の従魔となった。
助けにきてくれただけでも嬉しいのに、護衛も引き受けてくれるとは、ランチ〇ッ〇の魅力恐るべし。
そうそうインフェルノ・ルプスは、向こうの世界では危険視されているらしいので、連れ歩く際には、従魔契約が必要だそうだ。
これはクリスに相談に乗ってもらい登録手続きを済ませてきた。
ノエルは初め牛位の大きさだったけど、あれは戦闘モードの時だったかららしく、まだ四ヶ月の仔犬だから本来はもっと小さいらしい。
大きさは自由に調整出来ると言ってたから、室内では豆柴サイズになるようお願いした。
うん。可愛いい。
私がこちらにいる間は、彷徨いの森を根城にしてノエルは待機するらしい。
今度は他の種類のランチ〇ッ〇を持ってくから待っててね。
ノエルにそう話して私は彷徨いの森を後にした。




