20話 助け出されて1
魔法で作った灯りの球体を浮かべ、室内を見渡したクリストファーは、部屋の奥に小さな固まりがあるのに気づいた。
その固まりに近寄ってみれば手足を縛られた人間だった。
身体を揺すって声を掛けてみるが返事がない。
どうやら気を失っているようだ。
とにかくここから外へ連れ出そうとクリストファーは抱き上げた。
扉の外へ出ると、ルプスが近寄ってきて抱えた人間を覗き込む。
「この人で間違いない」
と小さく頷いた。
抱き上げた時、一瞬子供かと思ったが成人しているだろう娘だった。
どことなくクリストファーが探している村娘とも特徴が似ている。
泣き腫らした娘の顔は埃まみれでグチャグチャだった。
懐から綺麗な布を取り出すと、クリストファーは娘の顔についた汚れをそっと拭ってやった。
娘の意識はまだ戻らない。
そのまま娘を抱きかかえクリストファーは廃屋から外へ出た。
インフェルノ・ルプスもその後を追うように続く。
外に出ると、ルーシーに念話で指示して呼び出した団員達が、続々と集まってきていた。
「サリュー団長!」
気づいた団員の一人がクリストファーへ声を掛ける。
その声を合図に団員達が、次々クリストファーの元に駆け寄ってきたが、後ろに続くルプスを見るなり一斉に逃げ惑った。
あらかじめ伝えていたとは言え、実物のインフェルノ・ルプスに怖気づいたのだろう。
団員の中には走り出す者さえいる始末。
これはまた……情け無い……。
これが魔導士団とはな、どうやら鍛え方がまだ足りなかったようだ……とクリスは反省した。
「皆落ち着け!」
右往左往する団員達に向かってクリストファーは声を張り上げた。
徐々に落ち着きを取り戻していく団員達。
皆ばつが悪そうな顔をしていたが、その内リーダーらしい団員に促され、それぞれ中断していた天幕の設営に取り掛かった。
腕の中の娘は、大声を出していたにも関わらず、ぐったりしたまま眼を覚ます気配がない。
休ませてやりたいが、天幕が出来上がるまでその辺へ寝かせて置くのも憚られた。
何よりルプスが恩人だと言っている娘だ。
対応如何では何が起きてもおかしくない。
幸い娘を抱きかかえていても、クリストファーはさほど辛くはなかった。
適当な倒木を見つけ腰を下ろすと、自分の片膝に娘の身体を乗せ、右手で頭をささえるような、抱え易い体勢を取る。
ルーシーがどこからともなく飛んできて、倒木の端に止まって羽を休めている。
側にいるルプスの事はもう気にしてないようだ。
そうしてクリストファーは無意識に左手で娘の右手を持ちあげる。
縛っていたロープを外してやった手首の擦り傷が痛々しい。足首も同じ状態だろう。
傷ついた小鳥を見ているような……そんな錯覚に陥る。あまり気分のいいものではないな……
ルプスを見ると、倒木の横で伏せた体勢になっていた。
どうやら娘の扱いはクリストファーにお任せでいいらしい。
右手で頭を支える体勢は自然と顔を覗き込む形になる。
見下ろすと娘の顔に僅かに残る拭き残しを見つけた。
クリストファーは近くにいる団員を手招きすると、綺麗な布を持って来させた。
受取ると娘の髪を器用に搔きあげ汚れを拭いてやった。
サリュー団長が女性をあんな風に扱うなんて……
クリストファーへ布を手渡した団員は、女性絡みの噂がまったく立たない団長の事を危惧していたが、娘に対する扱いを見て無用な心配だったなとほくそ笑んだ。
しばらく間、団員達の間で噂が噂を呼んで盛り上がっていたことに、全く気付かないクリストファーだった。
私は見ず知らずの娘に何をしているのだ……
まるで恋人にでもしてあげているような自分の行動に苦笑いした。
密着しているだけに娘の温もりと心音が伝わってくるのを心地よく感じている……
不思議と悪い気はしなかった。
そよそよと二人のいる辺りに風が吹いてきて、周りの草木が静かに揺れていた。
クリストファーは着ていたローブを脱いで娘にそっと掛けてやった。
視線を移せば、団員達の迅速な働きでもうすぐ天幕は出来上がりそうだ。
心地よい風が吹く中、クリストファーは思いがけず束の間の休憩をくつろいでいた。
あの拠点はもう使えないな……
一部損壊した廃屋とその前に見覚えのない人間達。
次々と天幕が設営されていく様子を、少し離れた高台から見下ろしていた者たちがいた。
彼らは一様に黒いフードを被っていた。数日前に廃屋から出て行った集団の一つだった。
目的を果たして戻ってきてみれば、目の前の拠点はどうやら鎮圧されている。
捕らえられた仲間の安否が気になるが、今はより安全な場所へ移動する必要がある。
「行くぞ!」
男達は足早にその場を離れ、森の奥へ消えていった。




