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17話 死に逝く恐怖

 菜摘は非常にまずい状況に置かれていた。

 どこだか知らない、見覚えのない部屋の一室に転がされている。


 猿ぐつわをかまされ、手足の自由を奪われていた。

 縛られている縄が食い込んでいるようで手が擦り剝けて痛い。

 菜摘はうっと小さく呻いた。頭がズキズキと痛い……。


 最後に覚えているのは、黒いフード姿の人に道を尋ねた後、後ろから頭を殴られたという事。

 あまりに一瞬の事で、声を上げることさえ出来なかった。 

 すぐに気を失ったのか、この場所までどう連れてこられたのか、全く覚えていない。

  

 生まれてこのかた、こんな怖い目に菜摘はあった事がない。

 いくら世の中が物騒になったとはいえ、先進国の中でも最も安全な国だといわれている、日本で生まれ育ったのだ。

 身近に危険を感じるような生活なんてしたことはない。


 この場所は紛れもなく異世界。

 日本と違っていて当たり前なのに……今さらながら、危機意識の低さを嘆く。

 じわじわと湧いてくる恐怖に身震いしながら、菜摘は自分の軽率な行動を後悔していた。


 亮さんごめんね。私こんなところで……独りぼっちで死ぬんだよ。


 夫の亮介に心の中で謝罪した。死ぬかもしれない……。

 そう考え始めると、色々な事が走馬灯のように浮かんでは消え、浮かんでは消え、心の中が空っぽになって行く。


 悲しくて、惨めで、情け無くて、どうにも出来ない焦り。

 堪えきれずに涙がとめどなく溢れ出た。


 それからしばらくの間、気持ちが沈みすぎて、床に転がる丸太のように、ただそこに横たわっていた。

 手足の自由を奪われているせいもあったが、身体を動かそうという気力さえ萎えていた。

 殴られた頭がまたズキズキする……。


 頭の痛みに逆らうように、菜摘の意識は遠のいていった。

 

-----------------------

 

 魔道士団団長のクリストファー・サリューは、数名の部下を連れ王城の魔道士団隊舎を出立した。

 いくつか点在している薬草地帯の内、クイーツ村と隣村の境目にある、薬草地帯に向かって馬を駆っていた。今はクイーツ村を通り過ぎて峠近くを進んでいるところだった。


 クリストファーは愛馬の手綱を引いて常足にすると、少し前にすれ違った村娘の事を思い出していた。


 村娘の容姿がクリストファーの好みだったから……というわけではない。

 さりとて男に興味があるわけではない。

 いたって一般的に女性のことを可愛いと思っている一人の男だ。


 そういえば昔アビーと噂になったこともあったな。思い出して口元が緩んだ。


 少し前にすれ違った娘は、一言で言えば村娘らしくなかった。

 恰好は村娘そのものだったが、何か違和感を感じた……それだけの事だが何か引っかかる。


 娘が向かった方向も気になっていた。

 隣村との境目にある薬草地帯はいくつかあるが、その娘が向かった先にも一つある。


 クリストファーは隊列に止まれと合図を出すと、すぐ後ろにいた部下を呼び何かを伝えた。

 部下は頷くと、他の団員達とともに予定通り目的地に向かって進み始めた。


 団員達が動き出したのを確認すると、クリストファーは愛馬の首筋をポンとたたいて馬を反転させた。反転すると同時に鐙を蹴り徐々に駈足から襲歩の状態へ変えていく。

 愛馬は今来た街道を逆走する形で、土埃を上げながらまっすぐ駆け抜けた。


 しばらく走り続けやがて村娘とすれ違った地点まで戻って来ることができた。

 クリストファーは馬上から辺り一帯を視回した。が、見える範囲内に村娘の姿を確認することは出来なかった。


 すれ違った場所を起点にして、もう一度全方向見渡してみる。奥の方に道が三叉路に分岐している場所があるのに気付いた。正確な地図が無いのを悔やんだが、クリストファーは思い出したように、懐から笛を取り出すと短く呪文を唱えた。


「主よ。お呼びでしょうか?」 

 クリストファーの肩には、いつの間にか白いファルコンが乗っていた。


「ああルーシー。人を探している。人間の女だ」

 白いファルコンはクリストファーの使い魔だった。ルーシーという名がついている。

 ルーシーは主人から、探し人の特徴を聞くと翼を広げ羽ばたいた。


「頼んだぞ!」

 ルーシーはその声に応えるようにピィーーッと一鳴きして、空中を一回転してから飛び去った。

 クリストファーは愛馬を速足の状態にして、三叉路を目指しながら、周辺をしらみつぶしに確認する事にした。

 

「主。主。聞こえますか……」

 しばらく経ってからルーシーからの念話が聞こえてきた。念話は聞こえる時とそうでない時があり、主従の物理的距離と関係していた。どうやら今日は、聞こえる範囲内だったようだ。


「ルーシー見つかったか?」

 クリストファーは、ルーシーがもう見つけ出したのだと思った。


「いえ主違います。人間の女はまだ見つかっていません。ただ、眼下にインフェルノ・ルプスがいます」

 ルーシーの報告は頭の痛い問題だった。

 一頭でも街を破壊し得る魔力を持つ獣。インフェルノ・ルプス。それがこの近くにいる。

 クリストファーは探索を中断させ、ルプスの行動を追うようルーシーへ指示を出した。


 インフェルノ・ルプスは何かを探しているようだった。

 森の中を移動していたルプスは、ある場所で立ち止まるとその場で伏せた。 

 それを見たルーシーは、すぐさま主へ念話を送り、次の指示を仰ぐ。


 クリストファーの視界に伏せたインフェルノ・ルプスが見えてきた。

 愛馬は怖じ気づいてその場で歩みを止め、一歩も動こうとしない。


 クリストファーは仕方なく愛馬を近くの樹に繋ぎ留め駆け付けると、ある廃屋に視線を向けていたルプスが、くるっとクリストファーの方へ顔を向けた。一瞬緊張が走る。

 更に身体を起こしクリストファーに向かってゆっくり近づいてくる……。


 クリストファーは、即座に魔法が発動できるように身構えた。

 ルプスはそんな事は一向に気にもせず、クリストファーに向かって言い放った。


「そこの人間、この中に我の恩人がいるのだ! 協力しろ!!」

 クリストファーは人語を発する、インフェルノ・ルプスに驚いた。


 ルプスの表情は嘘をついているようには見えなかった。

 どうやら抵抗するのは無駄なようだ。

 クリストファーは腹を括り、ルプスと共に廃屋へ突入した。





 

 







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