特別話・二十話『シルフィード・ラル・クロイツ』
「――――総員っ、戦闘用意ッ!!」
NATO国家【元帥】、古手悠が全軍に指示を飛ばす。
地面を埋め尽くすほどいる兵達は全員ある一点を見ていた。
はるか前方に佇む、魔王――シルフィード・ラル・クロイツを。
『…………シルフィード・ラル・クロイツ、聞こえているな、一つだけ問おう。何故、こんなことをした?」
アルト大国に頼んでおいた魔法拡声器を使い、シルフィーに問う。少しの間躊躇いでもあったのか息遣いだけが悠の鼓膜を揺らした。
『――決まっています。私が【魔王】だからですよ。そしてあなたが人間だからです』
それはひどくぞんざいで、淡白なものだった。
『さぁ、始めましょう。私はあなた達の攻撃を全て耐え切り、貴方達は全ての力を持って私を屈服できれば勝ちです』
それだけ言ってぷっつりと連絡は切れた。
「…………」
もはや雌雄は決してしまった。後には引けず、やるほかない。
「……――――――――てえっ!!!!」
大きく息を吸い込み、腹から声を出す。
――戦争が始まった。
その攻撃は一日にも及んだ。爆撃に次ぐ爆撃。銃弾、戦車砲、迫撃砲の雨あられ。連続絨毯爆撃の飽和攻撃。
文字通り全戦力を使い、シルフィーを攻撃した。
攻撃が止む頃には地面など大きく陥没しており、まるで隕石でも激突したのではないかというほど凄絶な有様だった。
「…………」
「――あっ、おい大将!」
悠は爆心地に向かって歩き始め、それを轟大河に止められそうになるが構わずに歩く。
巻き上がった土煙と、大地を焼き焦がす煙が肌と肺を侵していく、灼熱の温度に歩く度に靴底からジュウッ、といった音と焼ける匂いが漂ってくる。
それでも歩くのを止めない悠。
彼が歩くのをとめたのはそれからさらに百歩以上進んだ時だった。
「……………………」
ただ何をするでもなく佇む。煙が晴れるのを待っているようであった。
煙が風に流されていく。悠のいる場所もだんだんとではあるが視界が良好になってきた。
そしてそれは姿を現した。
威風堂々と腕を組み、仁王立ちで大地に立っていた。透き通るような白い肌や綺麗な銀髪は自身の血と土で汚れ、服に至ってはほとんどボロボロになっており、全裸と言っても良かった。
だが。
――シルフィード・ラル・クロイツは悠たちの攻撃を耐え切った。
「……私の勝ち、ですね? 古手悠」
「…………あぁ、お前の勝ちだシルフィード・ラル・クロイツ」
ニッコリと微笑んだシルフィーに少しだけ見惚れ、何だか恥ずかしくなり顔をそらす。
苦し紛れに自分の上着を羽織らせる。流石に女性がこの格好のままでは精神衛生上よろしくない。
「ありがとうございます、悠」
さらに笑みが深くなり悠は天を仰いだ。
――――――――――――――――――――――
「――…………銃を下ろせ、大河、千歳、澪、正樹」
「――ガンド、下がりなさい」
前の小さな戦争から一月が経ち、悠はシルフィーに会いに行っていた。
負けた俺たちは交渉のためにシルフィーの元を訪れたのだ。
「おいおい大将、そりゃないぜ。俺たちは今まさに殺されようとしてるんだぜ?」
「同感よ、元帥」
大河はその手に凶悪なフルオートショットガンーーAA-12を構えながら、しかし視線は外さずに悠に答える。
千歳も同じで、バレットM107の銃口がしっかりと相手を捉えていた。
「しかし魔王様――」
「下がりなさい、と言っているのですよ? 二度目はありません」
「……はっ、お気をつけて」
去り際に、大丈夫ですよとシルフィーが声をかけ流のを最後にガンドと呼ばれた初老の男性の姿が見えなくなる。
「さて、待たせて申し訳ありません。早速話し合いましょうか」
そう言って今出したかのように横の椅子に座るシルフィー。気づけば机もあり、椅子も人数分あった。
「あぁ、そうしよう」
「大将――」
「落ち着け大河。俺たちは殺し合いに来たわけじゃない、話し合いをしに来たんだぞ。このくらいはしょうがないことだ」
舌打ちでもしそうなほど苦い顔をしながらどかっと椅子座る。千歳も渋々といった様子で座る。
「――では、今回の『話し合い』ですが……」
「えぇ、魔王シルフィード・ラル・クロイツ、さきの戦いではあなたが勝ちました。ですから私たちは貴女の言うことには最大限助力いたしましょう」
「では――」
魔王の口から出た言葉はその場にいた三人を等しく驚愕させ、間抜けな面にするには十分すぎる効果があった。
「――『私たち魔族と、人間の間を取り持って欲しいのです』」
その顔を見たシルフィーはクスリと笑う。
「私は何か変なことを言いましたか?」
「……まさか、そんなことを言われるとは予想もしていなかったもので」
唖然とした表情をごまかしながら悠はシルフィーを見る。
「私は前から思っていました、ですが機会がありませんでした。そして今がそれだと思って打ち明けたんですが……」
シルフィーは一度言葉を区切る。
「――協力して、くれますか?」
こちらをじっと見るシルフィー、悠はしばらく目を合わせていた。
「ふ、ふはははははっ!」
思わず笑いが漏れた悠。その顔を見てシルフィーは口を尖らせる。
「……笑うことは無いのでは?」
すまない、と前振りを入れてから悠は言葉を続ける。
「いや、すまない。そんなつもりは無かった、ただ私の考えていた魔王像が音を立てて崩れ去ったのでな。思わず」
悪気は無かったと言って謝る。
「そして是非協力しよう。私たちもまた、それを望んでいたんだ、願ってもないことだ」
悠とシルフィーはガッシリと握手を交わした。
この瞬間、人間と魔族の共存という未だかつてないことがなしえた瞬間だった。
――――――――――――――――――――――――
「――貴方一人で大丈夫なのですか?」
「俺一人を呼んだのに何を言ってるんだ」
魔族との和解が成立し、一年が経った。そんなある日、悠はシルフィーに呼び出されていた。
「ふふっ、そうでしたね」
シルフィーはクスクス笑う。
今日呼んだのは特に意味がなく、ただ話したかったからだと聞いて大丈夫なのかと思った。
帰った時、あいつらになんて言われるかを想像しながらまぁいいか、と隅に追いやって話を続ける。
「それで、これは?」
悠は先ほど手渡された塊に目を向ける。布に包まれており、全貌は把握できないがただならぬ存在感を放っていた。
「それは貴方が持っていてください。私から貴方に贈る、贈り物です」
はぁ……? と間抜けな声を出して返答する悠。贈り物なのは嬉しいが何かがわからないのは少々不気味だ。先ほどから中を見ようとしているのだが、布が同化しているのか、全く動かない。
「それで今はどこに向かっているので?」
まぁ、いいか、シルフィーを『信頼』しているから変なものではないのだろうし。
意識を変えて今の話をする。
「――私の特別な部屋です」
「……は?」
「私の特別な部屋です」
それを聞いて悠は面食らい、戸惑う。そんな悠を見てシルフィーは微笑んでいた。
「――ここは実は誰にも言ってないんですよ? 貴方が初めてです、悠」
そこは一面が花で埋め尽くされていた。
色とりどりの花が咲き誇り、濃厚な花の香りが鼻腔に侵入してくる。
「ここは――」
「私は花が好きなんです」
シルフィーは自分を吐露するようにポツリと告げる。
「少しずつ花の種から育てて、やっとここまできました――みてください悠、これは貴方に頼んだものですよ」
その中に一際大きい花、向日葵が咲いていた。
確かに最初の頃に他でもないシルフィー自身から何かないかと頼まれたものであった。
花に囲まれ、ただよっている蝶のような生物、微笑んでいる一人の女性――
「っ」
――それを綺麗だと、美しいと思った。
「……いい場所だな、ここは」
紅くなった顔を誤魔化すように顔を片手で隠しながらシルフィーにきく。
「えぇ、私もそう思います」
隣に来て腕を抱きしめてきたシルフィーに悟らせないと表情をねじ伏せ、
「……隠しきれてませんよ?」
「……そこは察してくれ」
――――――――――――――――――――――――――
「――くは、ははははは。 『三十四層型封印隷核』とは恐れ入る。そんな物を自分の身に施すなどどんな拷問よりも辛かろう――――のう? シルフィード・ラル・クロイツよ」
「――……はぁ、はぁ、はぁ…………私は彼との約束を破ってしまった。私をここから出さないように『陥落城』を発動しておいてよく言いますねイシュタル・ブランシェル……ガンドはどうしました?」
「喰ったよ、じゃからワシがこれを使っているのじゃろう?」
なかば予想していたとはいえ、ガンドが死んだか、辛いものがあるなとシルフィーは心の中で愚痴る。
しかし、対象物を一室か薄い膜のようなものに閉じ込め、対象物が生物なら正気、魔力等の全ての力を身体から霧散させて枯渇死させる『陥落城』か、なんと厄介な。
「――さて、残るはお主だけじゃ。さっさとお主の力を奪うとしよう。あっちでやり残したことがあるんじゃ」
「…………」
「この『陥落城』の能力は知っておろうな? なら――」
「――――もう、御託は良いですか?」
「――っ!」
地に片膝をついていたシルフィーが立ち上がる。それだけのことだというのにとても威圧的だった――否、シルフィーからは周囲に影響を及ぼすほどの魔力が、殺気が、覇気が、放たれていた。『三十四層型封印隷核』などという封印術をその身に施し、弱りながらもそれだけのことをやってのけるのが魔王、シルフィード・ラル・クロイツであった。
「――良いでしょう。貴方が私を喰らうならばそれでも。ですが『私のもの』に手を出されて悠然としている私ではありませんよ、イシュタル・ブランシェル。
来なさい。今の私ですら貴方を殺すのには十分すぎる――私が魔王たる力、見せてあげましょう」
轟ッ! と場の雰囲気が変わった気がした。
十分な力と『陥落城』を持っているイシュタルと自ら力を封印しようとした本気のシルフィー、どちらが勝つかなど明白であった。
「――――っ!」
イシュタルの攻撃を全てねじ伏せ、手動で首を刎ねた。
驚きに目を見開かせる。
「安心して死になさい。私も時期に逝きましょう」
どさりと落ちた首を一瞥し、踵をある部屋に向けて歩きながらポツリと言葉を漏らす。
「――私は貴方への恩を仇で返してしまった。もう貴方には顔向けできません。せめて、せめて最期には貴方に謝りたかった……悠」
つぅ、と一筋の涙がシルフィーの頬をつたう。
「――――甘いぞ、シルフィード・ラル・クロイツ」
「な――っ!!」
殺したはずの者から放たれた殺気に振り返るがそこで『三十四層型封印隷核』の封印術が一段と強まる。
そのことで生まれてしまった致命的な隙はイシュタルに最大の好機を生んでしまった。
「――ガァァァァァァァアッ!!!!!!!!」
「――!」
シルフィーの左胸を首だけになったイシュタルが食い貫く。
「きさまの心臓――貴様の魂、貰い受けたぞ」
膝から崩れ落ちるシルフィー。もう核たる心臓がない。魔力も無かった。
「だがこの封印術もついてくるのか……つくづく忌々しな」
自分の体に浮かび上がる刻印を見て憎々しげに言うイシュタル。
あぁ、封印はかけられたみたいですね。
たとえ、十全でなくとも時間稼ぎにはなったか、とシルフィーは心の中で呟く。
――あぁ、悠。もう一度だけでも逢いたかった……許されるなら…………許されるならあの世で、また――――
死が目前まで迫っているシルフィーは最期のその時まで悠の事を想っていた。
――――悠。
――ごめん、なさい。
シルフィード・ラル・クロイツは眠りにつくように静かにその最期を迎えた。
胸の前で握られた両手は何かを抱くように強く、閉じられていた。
皆様、読んでくださりありがとうございました。
本編は前の話で終わっていますが、書きたかったのでこの話は書きました。
長くなりましたが無事に完結することができて良かったです。
読んでくださった方に感謝をm(_ _)m
次の作品は何を書こうかなどはだいたい決まっていますのでまた会いましょう。




