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十七話『轟大河vsイシュタル・ブランシェル』







 「――ばばっ(ははっ)!」


 しわがれた声で轟大河が笑いを上げる。魔王であるイシュタル・ブランシェルと繰り広げられる死闘は想像を絶していた。


 「やるのう! 人間の身でありながら我とかち合うとは! ますます殺したくなってきた! 簡単に死んでくれるなよ!」


 イシュタル・ブランシェルも嬉々としていた。久々の全力を振るうことのできる相手に。


 ――故に魔王イシュタル・ブランシェルは『その力』を解放した。


「ッ!」


 それに気付いた大河は大きく距離を取る。イシュタルもそれに追撃せずにいた。


 「おう、気付いたか。まぁ分かりやすいからの、これは(・・・)


 そう言っている間にイシュタルの身体が変異していく。

 幼かった体型はグラマラスなものへと成り、金髪だった髪は銀へと変色し、纏う雰囲気すらも変わった――まるであの前魔王(・・・)のように。


 「…………」


 「どうじゃ? 思い入れがあるじゃろうこの容姿(なり)は。ま、ヤツの力を奪ったせいでもあるんじゃがな」


 どうでも良いか。とイシュタルは告げる。


 「でめ゛ぇ゛(てめぇ)……」


 びきりと持っていた手斧が悲鳴を上げる。

 踏み出そうとした大河にはっきりとした声がかかる。


 「――大河、五分保たせろ(・・・・)。俺も混ざろう」


 「――っば(っは)! ごぶん゛どい゛(五分とい)わ゛ず(わず)じっ゛ぶん゛でも゛(十分でも)に゛じっ゛ぶん゛(二十分)でも゛(でも)も゛だぜでや゛(もたせて)や゛ら゛ぁ゛(やらぁ)!!」


 古手悠の言葉に口角を吊り上げ、目の前のイシュタル・ブランシェルに飛びかかる。







 ――――前魔王であるシルフィード・ラル・クロイツとその力を取り込んだイシュタル・ブランシェルは文字どおりの化け物であった。


 魔王であるから、種族が魔族だからといっても他とは一線を画していた。


 シルフィードはかつて悠たちがまだ国家を持っていた頃、たった一人の『全力』で悠たち何百万の兵隊と戦車、ヘリ、様々な武器を圧倒し、殺すことができなかった。今まで異世界では通用していた弾丸も効かなかったのは本当に驚きで昨日のことのように思い出せる。


 イシュタルが醸し出しているのはその力である。だから、一人で相手取るのは少々荷が勝ちすぎていた。しかし、そんなことは大河には関係なかった。


 斧と斧がぶつかり、槍が空を切る。


 どちらの攻撃も大地を砕く、致死量の威力を秘めていた。

 互いの攻撃の剣圧で血が舞い、射線上にあった物体は粉々になっていく。


 「どうした? もっと殺す気で来んか!」


 「――な゛め゛ん゛な゛(なめんな)ごむ゛ずめ゛がぁ゛(小娘がぁ)!」


 斧とを振るい上げ、そのまま力づくで振り下ろす。

 それを片手で、しかも刃の部分を直接掴む形で受け止める。衝撃が駆け抜け、イシュタルの立っていた場所に蜘蛛の巣状の亀裂を生み出す。


 「――ふん!」


 それをものともせずに大河を投げる。大河は遅れて斧を手放そうとしたがすでに遅く、壁に叩きつけられる。


 壁が割れ、身体が瓦礫に埋まる。だが、すぐに這い出てイシュタルへと攻撃を始める。


 斧を打ち払い、槍で突く。抉るように放ってくる素手の攻撃を避けるのと同時に手斧を離し、拳を握る。


 「――ッ」


 遅れて気付いたイシュタルは回避するでもなく斧の腹で受け止めるために自分と大河の間に滑り込ませる。


 「――ぶっ゛どべ(ぶっ飛べ)お゛ら゛ぁ゛っ゛(おらぁっ)!!」


 踏みしめた大地が割れるほどに力強く、一直線に放った拳が空気を弾き斧にぶつかる。


 生身の拳と鉄とでは想像もつかないような怪音を奏でさせる。


 「ぐっ!?」


 拮抗したのは一時的なもので、盾のようにしていた斧に亀裂がはしり、イシュタルの身体が宙に浮く。


 ――――何っ!?


 驚愕したのと同時に大河の雄叫びが響く。


 「お゛お゛お゛ぉ゛お゛ぉぉお゛お゛お゛っ゛!!!!!!」


 イシュタルの斧を粉砕し、それだけに留まらずにイシュタルの肉体へと拳が食い込む、そのまま最後まで振り抜く。

 身体が宙に浮いていたイシュタルは大河の言っていた通りぶっ飛び、壁に激突した。

 貫きはしなかったもののそれはイシュタルの身体に予想以上のダメージを与えた。


 「――ふ、ふははははははははっ!!!!」


 崩壊した瓦礫が動いたかと思えば高らかな笑い声と共に瓦礫が吹き飛ぶ。

 大した傷も負っていないイシュタルは笑いながら大河に話しかける。


 「ははっ、驚いたぞ、まさか我がここまで力比べで負けるなぞ、ふふっ、思ってもなかったわ、ははははっ!」


 「め゛ん゛ど(めんど)ぐぜぇ゛な゛(くせぇな)…………」


 大河は特有のがらがら声でほやきながらガリガリと火傷に侵された頭部を掻く。


 「まぁそう言うな、次はこちらから行くぞ!」


 「!」


 いつの間にか後ろに回り込まれ、身体を串刺しにせんと放たれた腕を掴んで止める。

 それを予想していたのか、掴まれるのと同時に蹴りが繰り出され、予期できずに食らう。


 「……う゛う゛う゛っ」


 吹き飛ばず耐え切ったものの地面にはその爪痕が刻まれていた。


 「ほう! ならばこれは耐えれるか!」


 「あ゛ん゛ま゛(あんま)ぢょ゛う゛じ(調子)の゛ん゛な゛よ゛(乗んなよ)ごら゛ぁ!!(ごらぁ!!)


 握りこんだ拳を一直線に大河に振るうイシュタル。大河もキレながら拳を握り、同じように攻撃する。


 拳と拳がぶつかり合い、鈍い音を響かせる。

 イシュタルの右腕はインパクト面の正拳、手の甲の骨が粉々に砕け、前腕までの肉が裂けて上腕の骨が肩から突き出ているというグロテスクな図になっていた。なまじ美人であるためにとても痛ましげに映る。だがそれも時間とともに治っていった。


 怪我をしたのは大河も同じであった。大河もイシュタルと同様の怪我を負っていた。


 「……ぢっ、ごん゛だげ(ちっ、こんだけ)や゛っ゛だの゛に゛(やったのに)だい゛じ゛ぎず(大した傷)は゛な゛じが、(は無しか、)……や゛っ゛ば(……やっぱ)あ゛の゛お゛ん゛な゛(あの女)の゛ち゛がら゛の゛(の力の)ぜい゛が(せいか)


 腕が酷いことになっているのにもかかわらず、こちらも大して痛がる様子もなく愚痴を吐いていた。


 「――待たせたな、終わったか?」


 そんな時、横合いから声をかけられる。それはいわずもがな元帥、古手悠のものであった。


 「い゛や゛、ま゛だだぜ(いや、まだだぜ)だい゛じょ゛う゛。(大将。)そ゛っ゛ぢば(そっちは)お゛わ゛っ゛だの゛(終わったの)がよ゛(かよ)だい゛じょ゛う゛(大将)


 「――あぁ、あいつには私たち全員分の想い(・・・・・・・・・)を込めてやった。さぞ嬉しかっただろうよ――おっと次はお前だがな」


 「そいつはおっかねぇ」と言いながら大河は悠の隣に構える。


 「――ふ、まさかお主自ら我と死合ってくれるとはな」


 「当たり前だ。お前と竜二、あいつには私自ら下さないと気が済まないからな」


 首を使ってあいつと言った奴がいる方向を指す。そこには槍で地面に縫い付けられた王、アルト・ヴァン・テレウスがいた。まだまだ息はあるようで槍で貫かれた痛みを耐えているようであった。


 「――それでこそだ!」


 イシュタルがもう待てんとばかりに突っ込んでくる。常軌を逸した速さに破壊力を秘めた攻撃、それは大河も悠もイシュタルも例外ではない。


 振ってかわし、殴って受け止め、蹴って薙ぎ、投げて打ち払う。数分にも満たない攻防に様々な手があった。殺すべく、楽しむべくその手を行使していく。


 「――――っ」


 「! だい゛じょ゛う゛(大将)!」


 槍を弾かれ、大きく仰け反り、隙だらけな胴体を晒してしまった悠。

 大河が叫び、阻止しようとするが遅すぎた。イシュタルは手刀を槍のように悠の身体に突き刺そうと、今まさに貫かんとして――


 ――ぶつり。


 鈍い音とともにイシュタルの身体が悠とは正反対の方向に飛ぶ。

 これにはイシュタルも何が起こったか分からず目を白黒させていたが肩に刺さった旗槍(・・)を見て理解する。


 「――あら? 私も入れてもらえるかしら?」


 傲岸不遜に入り込んでいた一人の人物――星野澪を見て悠、大河はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

 イシュタルは肩の槍を引き抜き、地面に突き立てると嗤った。それもゲラゲラと。


 「――ふぅ。ここまで楽しかったのはシルフィードの奴と殺しあった時以来ぞ。愉快愉快‼︎」


 それからひとしきり笑い、そして先ほどよりも速く動き、三名を殺しにかかる。


 「――――はーっはははははははっ! 楽しいぞ! これはまさに魔王を討つ勇者のようではないか! そうは思わんか? なぁ!」


 イシュタルは本当に楽しげに笑い、悠は大河は澪は文字通り削りながら殺していく。


 しかしいくら致命傷を与えても死なず、傷は癒えてしまっていた。


 「どうしたァ! その程度では我は殺せんぞ!」


 「――――――心配するな。今、殺してやるよ」


 それは大河と澪がイシュタルの両腕を切り落とした時だった。


 「――――なぜ、お主がそれを」


 イシュタルは悠の手に握られたあるものに驚愕する。


 それは一本の黒い針のようなものだった。色こそただ黒ずんでいるだけと分かるが、薄っすらと見ることのできる表面には幾何学模様が何重にも刻まれているようだった。


 その針を力任せに振るい、イシュタルの心臓――左胸に突き刺す。

 それだけでは死なないはずのイシュタルに変化が訪れる。


 「何故お主がそれを持って――ぐあああぁああっ!!!!」


 問いただそうとしたイシュタルだったが身体中に浮かび上がった刻印に悲鳴を上げる。


  「お、おおおおおおぉおぉおっ!」


 身が裂けるような痛みに耐えながらイシュタルは眼前にいた悠へと腕を振るう。この針はもう抜けない、それだけは分かる。

 振るわれた腕は悠の左眼を抉った。それでも悠は怯まずにイシュタルに後一歩分だけ踏み込んだ。

 踏み込み、上半身を捩じらせ、一気に爆発させ、鞭のように振るわれた、鉤爪のようにした腕はイシュタルの左胸にぶち当たった。

 掌に針が刺さろうが関係なく全力で振るう。

 指が肉に食い込む。

 ボッ、という音とともにイシュタルの左胸が抉り取られていた。


 ゆっくりとイシュタルは通過した悠を見る。掌には自分の身体の肉片とおびただしい血が、そして鳴動する心臓が握られていた。


 「――――」


 何をするでなくただ悠を見つめていた。目があった。双眸には深い怒りと悲しみが宿っていた。


 ――そうか。


 イシュタルが理解した時、心臓が握りつぶされる。


 水風船を割った時のように血が撒き散らされ、悠自身にもかかる。


 「……見事だ人間――いや、NATO国家の頭、古手悠よ――――」


 そこまで言って口から血を盛大に吐き、前の仰向けに倒れる。殺したからか、チカラが霧散したからか身体は元の幼女体型に戻っていた。

 もう、動くことはなかった。


 「…………」


 三人はイシュタルの亡骸を少しの間見つめていた。

 

明日の十四時に投稿します。

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