第五話 手紙
「アーイシャ、もう泣かないで」
「だってぇ、お母さまもお父さまもいないのぉ」
「アーイシャはうちの子になったんだから、これからは僕がなんでもやってあげるから」
「夜がこわいのぉ。アーイシャひとりぼっちで、まっくらななかにいるの」
泣きじゃくる私をなだめて、一緒に寝てくれたのはサキートだった。私はいつも彼の後を追い掛け、そして年頃になると異性であることを意識して、恋するようになっていた。
一番身近にいた男性。いま思えば、唯一の庇護者を失いたくないだけだったのかもしれない。それでも恋は恋だった。
結婚してしばらくは優しかった。一年も過ぎると、事あるごとに「あの時、酒に酔っていなければ」と愚痴るようになった。商会経営もうまくいかなくなると、屋敷にもあまり帰ってこなくなった。
そんな時にハビーバが亡くなったという知らせが届いた。
「お帰りなさい、お兄様」
私はなかなか夫のことを名前で呼べずに、お兄様と言ってしまうことが多かった。
「…ハビーバが亡くなった。葬式に行ってくる」
「それは!…私も参ります」
「おまえは来なくていい」
そうしてサキートは葬式の場で彼女の叔母に会い、私を憎むようになるのだった。
後悔と自責の念に苛まれ、やがてそれは私への憤りへと変わっていったようだった。
「私さえいなければ上手くいっていた」と思い込んだ彼は、ある日、確定的な証拠とばかりに私の部屋を荒探しし、日記を見つけ出す。
私のせいにすることで、彼は救済されたかったのだろうか。
それは今も、分からない。
◇◇◇
留学してから半年が過ぎた。
こちらでの生活にも慣れ、勉強にも少しずつ余裕が出てきた。新しい友人もできた。前世では行けなかった場所で、知らなかった人たちと過ごす毎日。こんな日々があるなんて、あの頃の私は知らなかった。
そんなある日、ハビーバから手紙が届いた。
久しぶりの手紙に喜びながら封を開ける。最初はこちらを気遣う言葉が並んでいた。けれど、途中から様子が変わっていた。
『サキートのことで実は困っています』
私は眉を寄せた。
『最近、あなたのことをよく聞かれるの』
どうして?
私は手紙を読み進めた。
『アーイシャは何をしているのか、
こちらにはいつ戻ってくるのか、
本当に私たちの結婚を祝福しているのか』
そんな事ばかり聞いてくるのだという。
思わずため息が出る。
私は二人が結婚できるように、あれほど気をつけてきた。それなのに、どうしてそんな話になるのだろう。
私はもう、お兄様の人生には関わらないと決めていた。なぜ、今も私がどう思っているのかと気にするのだろう。
『アーイシャは祝福していますよと答えたのだけれど、でもサキートは心の底では納得してません』
胸の奥がざわついた。
『留学したのも、私たちの結婚から逃げるためではないかと言うのよ』
私は手紙を置いた。
留学は前世から望んでいたことだった。二人の結婚を邪魔するためではない。
むしろ私は二人が幸せになればいいと思っている。なのにサキートは自分の思い込みを真実かのように語っている。
『今度の夏季休暇にこちらへ戻ってきませんか? もちろん、久しぶりにお会いたいし』
私はしばらく考えた。
サキートとまた会うのは気が進まない。でもハビーバが困っているのなら、放っておくこともできなかった。
私は返事を書いた。
『分かりました。私もハビーバにお会いするのを楽しみにしています』
前世とは違う。
今度は何があっても自分の気持ちを曲げない。
そう決めて私は手紙を封じた。
サキートは粘着質のため、故意に何度も同じような問いかけをさせておりますm(_ _)m




