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第24話 二十一社目の面接

第24話 二十一社目の面接


 雪解けが始まっていた。


 とはいえ港町の春はまだ遠い。


 朝の風は冷たく、海から運ばれてくる潮の匂いが頬を刺す。


 ミレーユは古びた上着の襟を握りしめながら歩いていた。


 茶色のスカートは何度も繕った跡がある。


 靴底もすり減っていた。


 王宮にいた頃なら一度も身に着けなかったような服だ。


 しかし今は、それが彼女の持つ一番まともな服だった。


 手には履歴書代わりの紹介状。


 二十一社目。


 二十一回目の面接だった。


「大丈夫」


 小さく呟く。


「二十一回落ちたわけじゃない」


 言い直す。


「二十回経験を積んだだけ」


 強がりだった。


 本当は泣きたい。


 昨日も落ちた。


 一昨日も落ちた。


 先週も落ちた。


 数字を書き間違えた。


 書類を忘れた。


 時間を勘違いした。


 何度も何度も失敗した。


 面接官の顔を思い出す。


「事務職ですからね」


「計算が苦手では少し」


「またご縁がありましたら」


 丁寧な断り文句。


 その後ろにある本音。


 ――使えない。


 胸が痛む。


 それでも歩いた。


 生きるためだ。


 港を離れ、街道沿いの宿場町へ向かう。


 今日の面接先は宿屋だった。


 紹介状にはこう書かれている。


『人手不足につき従業員募集』


 それだけだった。


 小さな希望だった。


 昼前。


 ようやく目的地が見えてくる。


 古びた木造の建物。


 看板には、


『銀鴎亭』


 と書かれていた。


 屋根の一部は傷んでいる。


 壁の塗装も剥げている。


 正直に言えば繁盛しているようには見えなかった。


 ミレーユは深呼吸する。


 扉を押した。


 鈴が鳴る。


 店内は薄暗かった。


 だが暖炉には火が入っている。


 煮込みスープの匂い。


 焼きたてのパンの香り。


 それだけで少し幸せな気持ちになる。


「面接ですか?」


 厨房から女性が顔を出した。


「は、はい!」


 慌てて頭を下げる。


「店主ー!」


 奥から大きな声。


「また面接だって!」


「またか」


 低い声が返ってくる。


 やがて現れたのは五十代くらいの男だった。


 大柄。


 無精ひげ。


 しかめ面。


 いかにも愛想のない人間だった。


「座れ」


「はい」


 ミレーユは椅子に腰掛ける。


 店主は紹介状を読む。


 無言。


 嫌な沈黙。


 心臓がうるさい。


「ふむ」


 店主が言った。


「事務職希望か」


「はい」


「計算は得意か」


「……苦手です」


「文字は」


「読めます」


「帳簿は」


「できません」


 店主の眉が上がる。


「じゃあ何ができる」


 ミレーユは言葉に詰まった。


 何ができる。


 何が。


 何もない。


 そう思った瞬間だった。


 宿の扉が開く。


 旅人が入ってくる。


 疲れ切った顔。


 重そうな荷物。


 泥だらけの靴。


 ミレーユは反射的に立ち上がった。


「お疲れさまです!」


 旅人が驚く。


「え?」


「外、寒かったでしょう?」


 近くの椅子を引く。


「こちら暖炉の近く空いてます」


「ありがとう」


 旅人が座る。


 ミレーユは厨房へ顔を向けた。


「温かいお茶、お願いできますか?」


 女性従業員が目を丸くする。


「あ、ああ」


 旅人が笑う。


 さっきまで疲れ切っていた顔が少し和らいでいた。


 ミレーユはようやく気付く。


 店主がじっとこちらを見ていることに。


「なんだ?」


「え?」


「今のだ」


「今の?」


「何で立った」


「だって疲れてそうだったので」


 店主は腕を組む。


「知り合いか」


「違います」


「じゃあ何で分かった」


「顔です」


「顔?」


「何となく」


 店主は黙る。


 しばらくして頭を掻いた。


「なるほどな」


 そして紹介状を机に置いた。


「お前」


「はい」


「数字は駄目だな」


「はい……」


「帳簿も無理だ」


「はい……」


「忘れ物も多そうだ」


「はい……」


 どんどん落ち込む。


 また駄目だ。


 そう思った。


 しかし。


「でも」


 店主が言う。


「顔と愛想だけはいいな」


 ミレーユは瞬きをした。


「え?」


「客の懐に入るのが上手い」


「そんなこと」


「ある」


 店主は断言した。


「俺にはできん」


 女性従業員が大きく頷く。


「確かに」


「え?」


「私にもできないね」


 二人とも本気だった。


 ミレーユは戸惑う。


 褒められた記憶がない。


 王宮では美貌しか評価されなかった。


 それも道具として。


 人としてではない。


 店主は椅子にもたれた。


「住み込みだ」


「はい?」


「給料は安い」


「え?」


「雑用だらけだ」


「え?」


「掃除も洗濯も配膳もやれ」


 ミレーユは口をぱくぱくさせる。


 店主は面倒そうに言った。


「だから採用だ」


 世界が止まった。


「……本当に?」


「嫌なら帰れ」


「嫌じゃありません!」


 思わず叫ぶ。


 涙が溢れた。


 慌てて拭う。


「ありがとうございます!」


 頭を下げる。


「ありがとうございます!」


 もう一度。


 そしてもう一度。


 店主は呆れた顔をした。


「泣くな」


「だって……」


「泣く暇があったら働け」


 女性従業員が笑う。


「明日から来な」


「はい!」


 ミレーユは何度も頷いた。


 帰り道。


 空は少しだけ明るかった。


 雪解け水が道端を流れている。


 冷たい風。


 潮の匂い。


 それなのに胸は温かかった。


 二十一社目。


 二十一回目。


 ようやく見つけた場所。


 王宮ではない。


 豪華な宮殿でもない。


 小さな宿屋だった。


 でも。


 今度こそ。


 今度こそ自分の力で掴んだ居場所だった。


 ミレーユは空を見上げる。


 雲の隙間から春の日差しが差し込んでいた。


 その光は、長い冬の終わりを告げているようだった。



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