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天使の温室  作者: 佐々良えお
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謹慎はより厳格になってミシェルへの罰となった。一週間、自室で過ごすことは許されず、保健室での補助を兼ねてそこで寝泊まりすることが定められたのだった。ブリックナーと同寮であり、目の届きにくい日中に何か起こされては困るということもあったのだろうが、夜半、誰にも助けを求められないうえに、ミシェルがイレギュラーに保健室にいることは全校に知れ渡っていたため、眠れぬ夜を過ごしていたらしい。初日の夜、鍵をかけた保健室のドアを開けようとする誰かがいたことも拍車をかけた。四日後、ミシェルは自室に戻された。

目の下を真っ黒にし、食事も喉に通らなかったのだろう、輪郭をわずかに鋭くして夕食前に戻ってきたミシェルは、掠れた声でルーカスに願った。


「ここにいて」


そのとき、ミシェルがなぜ戻ってきたのかも、そのままここに居させて良いのかもルーカスは知らなかったが、言われるがままにうなずき、部屋を施錠した。荷物をベッドの中にばら撒いたまま、ミシェルは布団に潜り込み、カーテンを閉じた。


「おやすみ」

「おやすみ」


寝息は間も無く聞こえてくる。しばらくして寮監が事情の説明に現れ、ドアの外でミシェルが戻ってきた経緯を聞いた以外、ルーカスはミシェルと同じ空間にいた。夕食は手持ちのチョコレートで済ませた。

朝はルーカスと共に朝食に出向き、そのまま保健室へ送り届け、夕食に合わせて迎えに行くことで残り三日を過ごしたが、常駐する保健医からの評価は上々で、言い付けられた掃除も荷物運びも文句ひとつなくこなすので感心したとのことだった。

特にトイレ掃除は、水を撒いて終わりとするような不遜な生徒がいる中で、ミシェルはしっかりと汚れも落とし、水も切って終えたことを何度も褒めていた。

食堂に向かいながら、ミシェルは呆れて言った。


「今からご飯ってわかってるのに、トイレの話ばっかり聞かされた」

「気にするのか」

「するよ。違う話しよう」

「じゃあ学年末テストの話でも」

「……食欲なくなった」


顰めっ面を作るのがおかしい。気がつけば口元が笑みを象っていて、ミシェルはそれで満足したらしかった。弾む吐息の後には、機嫌良く、お腹減ったね、とルーカスに笑いかけていた。




職員棟から出てくるところだった。両手にたくさんの紙束を抱えたミシェルを、ルーカスは少し遠くから呼び止めた。


「あれ、ルーカス。用事?」


軽く背後を振り返って彼は言って、ずり落ちかけた紙束を抱え直した。


「修練場の鍵を返しにきた」

「そうなんだ。じゃあ、一緒に戻ろう。外で待ってる」

「ああ」


戸外にミシェルを残して職員棟に入る。貸し出し記録に署名をしている間、教師たちの噂話に耳を澄ませた。話題はやはり、ついさっき用を終えて出ていったミシェルのことだった。

何食わぬ顔をして職員棟を出ると、ミシェルが変わらず、紙束を抱えて立っていた。


「なんの束なんだ、それ」

「謹慎で飛んだ授業分の資料と、テストの保険で課題」

「よくくれたな」

「普段は真面目にしてるから、」


夕星が照らす甘やかな色の空の下を寮へ向かって歩いていく。


「しょんぼりしてたら、大抵どうにかなるよ。――ずるい?」


その聞き方が、ずるいというものだろう。だが、ルーカスはミシェルがそんなふうに甘え、誰よりもルーカスに許されようとする戯れに途方もない愛しさを感じていた。常識を振りかざして口を引き結んでいてもミシェルは小さく笑い、いいんじゃないか、と許容すればまた笑った。


「期限はいつまでなんだ」


もう間もなく期末テストが始まる。


「各教科の試験が始まる前まで」

「……それで、この量を?」

「うん。まあ、見ててよ。ルーカスが騎士になるのと同じように、僕はおまけでも次期アルノー男爵なんだ」


静かに告げる声音はうんざりしているようにも聞こえたが、ミシェルは美しい静謐を保っていた。貴族としての矜持が滲む。

ミシェルは告げたように、課題をこなしながらテストに臨み、真ん中よりは上の成績でこの学年を終えた。ルーカスは上から探して間も無くの位置を占め、ミシェルよりも良い成績をおさめた。本人曰く、テスト自体はそれなりに解けたらしい。だから課題は「心象の補填」のためだと言っていた。

あれから、ミシェルは特段の問題を起こさなかった。一年で暴力沙汰を三度も起こしておきながら退学にならないのは、教師陣がその問題性に気づいておきながら、全ての責任をミシェル本人に押し付けている罪悪感か、寄付金を多く積んでいるからか。ともかく、三か月の夏休みを挟んで、ルーカスとともに最終学年へ進級することが確かとなった。

早々に迎えを寄越して帰郷する生徒がぽつぽつといる中、ルーカスたちは閉寮期限の間際まで滞在していた。同室になって一年と満たない。なのに、いや、だから、三か月間の別れは酷く寂しいものに感じられた。


「休みの間にさ、うちに来れないかな」


驚いた。


「行きたい、叶うなら」

「ふふ、嬉しい。三か月もルーカスに会えないなんて、考えられないよ」

「俺もだ。どうにか予定を空ける」

「あ、そうか。休みでも騎士団で忙しい?」

「いつものことだ。だから、必ず行く」

「よかった。手紙書くね」

「俺も書く。ご両親のお好きなものを教えてくれ。手土産にするから」

「僕は?」

「俺で十分だろう?」


ミシェルははしゃいで笑った。


「冗談だ」

「冗談なの?」


まだくすくすと笑っている。はしゃいでいるのは自分も同じであることを自覚していた。


「楽しみにしててくれ」

「うん、とっても楽しみにしてる」


ミシェルの馬車が先に来た。王都で一泊せず、このまま領地に向かって出発すると聞いていたが、馭者の他に使用人はおらず、学期末直前に家族から送られてきた麦わら帽子をかぶってミシェルは寮を出た。強くなった日差しに肌が透ける。歩けばしなるほどの広い鍔を押し上げて、見送りに出るルーカスに手を振った。


「絶対来てね」

「もちろん、必ず」


扉が閉まり、馬車が動き出す。間もなく到着する自身の家の馬車が来るまで、ずっとそうしていた。

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