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フットボールの組分けはくじ引きで、事前に人を集める意味は霧散した。偶然、朝食の席で侮辱してきた男と組が分かれ、ルーカスの属する組が圧勝した。その場に適切な程度には力を入れたが、同組のメンバーが奮闘してくれたおかげだ、と分析しておく。
汗を流して着替え、食堂まで昼食を摂りに行くのは面倒なので、寮のミニキッチンで簡単にハムとチーズを挟んだサンドウィッチを作ってかじりながら、自室の机でレポートの下書きをしていた。
寮監に見つかれば叱られそうな、慌てた様子の足音が、次第に近づいてくるのに気づいてドアを振り返る。建物の一番端、誰かは知らないが、足音の主がこの部屋を目的にしているかどうかはここを開けられるまでわからない。
敗北の悔しさだけでなく、怨嗟さえ滲ませていた男を思い出す。まさかとは思うが、軽く身構えて待つと、やはり足音はルーカスの部屋の前まで来てノックもなしに勢いよくドアを開いた。
「あ……っ、ルー、カス…………」
弾んだ息の合間から言うミシェルは真っ青な顔をしているが、汗びっしょりでもあり、明らかに様子がおかしい。
どうしたんだ、と訊く間もなくミシェルは机に駆け寄ると、鍵を見つけて小さく息をつく。が、ハッとしたように引き出しに手をかけて、間違いなく鍵がかかったままなのを確かめると、恐る恐る、ルーカスを振り向いた。
「こ、これ……どこに、」
「床に落ちていた。大事なものでも入れているのか」
こういった共同生活だ、本当に大事なら家に置いてきた方がいい。そう助言するつもりで訊いてみたが、ミシェルは答えず、ルーカスの足元を見つめながら言う。
「お前、開けた?」
「何を?」
「こ……の、鍵で……」
水もないのに溺れそうな、途切れ途切れの声にルーカスは目を瞬く。
「そういう発想自体ないな。ミシェルは見せなくていいが、俺のを見てみるか? 大したものは入ってないが」
「見てないの」
「鍵がかかってなくても、他人の引き出しを勝手に開けたり、漁ったりは誰に対してもしない」
ミシェルは細く、長く息を吐きながらその場にへたり込んだ。肩が震えているのが見て取れ、摩ってやりたいと思うが、他人に触れられることを嫌がるのを嫌というほど知っている。代わりに、ルーカスは目の前にしゃがみ込み、ミシェルの顔を覗き込むようにした。
「大丈夫か。医務室行くか?」
「大丈夫……ちょっとしたら、落ち着く……」
青白かった頬に色が戻ってくる。ポケットからハンカチを取り出し、汗を拭くように言って押し付けた。
「あんまり大事なものだったら、家に置いといた方がいい」
「……大したものじゃ、ないんだ」
顔を上げたミシェルの青い目が、猜疑心と信頼に揺れている。ルーカスは徐に立ち上がり、ポケットから鍵を出すと、開けて引き出しをすっぽり引っこ抜き、ミシェルのうずくまる前に置いた。
本当にたいしたものは入っていない。実家から持たされている現金の束、実家の鍵、日記、祖父から貰ったペーパーナイフくらいだった。どれも盗まれたら困るが、日記も特に、自身の内心を人知れず認めるようなものではなく、今日の出来事と天気、体調を記すばかりで、日々の記録と言ったほうが実態に近い。
「めっちゃ金持ち」
「金で解決できるならしろ、ということだな。今のところ、必要になった場面はない」
「あっても困るだろ」
「困るからこその備え……ミシェルの言いたいこともわかるが、半端に位の続いている家というのはこういう手段が手っ取り早い」
「……ルークも大変なんだな」
君ほどじゃない。とはあえて言わず、ミシェルの視線が留まるペーパーナイフを取り出す。
「これは祖父から貰った」
「へえ。すごく綺麗なレリーフだ」
柄を向けて差し出すと、体に抱え込むようにしていた両手がパッと開き、ルーカスに向かって左右に触れた。
「ごめん、触りたいとかそういうんじゃ」
「どうぞ。近くで見たいだろ」
逡巡を表すように指がうなだれ、やがて、レリーフの美しい柄を丁重に受け取った。真っ青な瞳が晴れ渡った空のように輝いた。
「すごいな、細かくて、本当にここに咲いてるみたい」
「そういうのに疎いから、ミシェルに見てもらったほうが価値がありそうだ」
「バラくらいわかるだろ?」
「わかるけど、バラだ、としか思わない」
「……贈ったお祖父様は、がっかりしなかったか?」
「これくらい持って行きなさいと言われただけだからな。綺麗だとか高価だとかは二の次だろう」
この絢爛なペーパーナイフに見合う人間でありなさい。自らの立場を忘れることなく、過ごしなさい。正直、ナイフでないだけマシだった。護身と戒めを兼ねて枕の下に常に置いておけと言われかねない。
「そう……そう、なんか全部、本当に大事なものだな」
「まあ」
ルーカスはうなずいて、引き出しを元に戻す。
授業準備に戻ろうとして、揺れた声がかかった。
「僕のも、見る?」
鍵を持つ手が、微かに震えていた。
「俺が勝手に見せたんだ。ミシェルも見せろってつもりじゃ」
「ルークなら、いいよ。多分、笑わないでしょ」
それに、言いふらしたりもしないだろうし。
ミシェルは言って、引き出しの鍵を開けた。手招きされるまま、隣に並ぶ。
軽い音を立てて引き出されたそこには、緩くまとめられたリボンやレース、綺麗な色の糸、柄の入った包装紙が標本のように綺麗に並べられてあった。
「……可愛いものが、好きなんだ」
「可愛い……?」
「ルークはわかんないだろうなぁ」
ミシェルは苦笑する。
「全部ゴミだって言われれば、まあそうなんだけど、僕は、好きだからさ」
「ミシェルが大切にするなら、ゴミじゃなくて宝物だろう? 誰だ、ゴミなんて言ったやつ」
パッとこぼれ落ちそうなほど目が見開かれた。そして、くしゃくしゃに笑う。
「へへ。そう、この引き出しは僕の宝箱なんだよ。だから、鍵がないのに気づいてずっと不安だった」
金糸が揺れる。美に疎いルーカスに唯一わかる、美しい造形の同級生がこちらを見上げて笑み崩れた。
「ありがと、ルーク」
「……部屋にあったのを拾っただけだ」
「ふふ、まぁ、そうだね」
そして、宝箱に丁寧に鍵がかけられた。
「ああ、そうだ」
顔色の良くなったミシェルが小首を傾げてルーカスを見る。
「フットボールは勝った」
一瞬きょとんとしたが、やがて、笑み崩れる。
予鈴が鳴り、昼食を食いはぐれたことにお互い気付いたが、どちらも文句は言わなかった。
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