8
仕立ての良いシャツの袖を折り上げて、ミシェルはソーセージにフォークを突き立てる。肉汁が飛び散らないように気を配るが、平気でかぶりつく様が上品であるかどうかは微妙だった。妙に野生味を感じさせるのはなぜなのか、と数日、観察して、口の開きが大きいからだと気がついた。ひっきりなしに物を入れ続けるところも、上品とは言い難い。所作だけは貴族然としているので、幼い頃からの教育がうかがえる。
パーティーではちゃんとする。混ざり合う野生味を指摘すれば、きっとそう答えるだろう。そして、それはおそらく事実なのだ。隣に座る「天使」は、社交の場でさえそう囁かれてきたのをルーカスは先ごろ、ようやく知ったのだった。
パンにバターを塗り、ちぎらず、やはり大きく口を開けて噛み付く。同室の彼は集団生活一年目らしく、衆目のある全ての場が社交の場に類してしまうことを理解できていなかった。どれだけ非公式の、日常生活の場であるといっても、ここで黙示的に許されるのは晩餐会でもぎりぎり見苦しくない程度の所作で、パンを噛みちぎるのは新入生の子供がすることだった。
だが、その子供っぽさが、「天使」の認識を変え始めていた。近づいてくるのは、強烈な憧れか、あるいは所有物として屈服させたがる連中が主だったのが、ミシェルが自身と変わらぬ「生徒」であると認識が移ろうにつれ、ただの友人として友好を育もうとする人間が増えてきた。中には、結んだ誼から、彼を所有物のように扱おうとするものも混ざっているだろうが、その全てをミシェルは、以前と変わらず拒絶した。良きものと悪しものの区別がつけられないなら、初めから関わらないのがミシェルの社交術だった。
「ルーカス、今日の三限は訓練だよな」
「ああ」
ミルクを飲み、食堂だけで食事を完結させられるのはルーカスがいる間だけらしかった。今日のように、昼休みの直前や直後に訓練が入っていると、ルーカスは着替えや準備で慌ただしい。するとミシェルは、近頃はいっそ、食堂にも顔を出さない。朝晩二食を落ち着いて摂れるなら、一食なくなったところで大きな問題ではないらしい。
「頑張れよ」
「言われずとも」
にやりとミシェルが片口を上げる。少年らしい表情は自然とルーカスにも伝播して、真横に惹き結ばれるばかりだった唇が淡い弧を描いていた。
「エーヴァルト」
ルーカスが話しかけられると、ミシェルの顔から表情が消え去る。声の主を振り返るルーカスと対照的に、ミシェルは澄ました様子で僅かに顔を伏せ、隙間を埋めるように牛乳のグラスに唇を寄せた。
「なんだ」
「三限、フットボールだろ。こっちのチームに入れよ」
眉根を寄せるルーカスに、相手は怯まず勧誘する。おおかた、ゲームの勝敗に何かが賭けられているのだろうが、知ったことではなかった。話が長くなりそうだと察してグラスを大きく傾けるミシェルの、空いた皿をさりげなく引き取る。
「悪いが、興味がない」
ルーカスが皿を持って立ち上がると、牛乳を飲み干したミシェルが後に続いた。
「そいつとヤったのか?」
背中に投げつけられた侮蔑が、ますます冴えざえと、天使の横顔を彫刻のように硬くさせる。陶器のような頬と嵌め込んだサファイアがその場の全てを拒絶していた。振り返り、金糸が美しい弧を描く。その細い一本一本に祝福があるかの如く、ミシェルは燦然と光を纏っていた。
「お前も、僕に殴られたがる変態か?」
絵画に描かれた天使はどんな言葉を投げかけられようと、一瞥すらくれないが、この、ルーカスのすぐそばにいる天使は生きていた。ミシェルが口を開いたことに驚いていた男は、ひゅっと息を呑んで尻餅をついた。
天使の後ろから、業火を宿した双眸が男を射抜いている。
話の関係上短くてすみません。
よろしければ、評価、コメントなど残していただけますと、励みになります!
匿名フォームはウェブサイト欄ご参照くださいませ




