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虚獣世界の燼滅炎 〜この身を焦がす復讐で灰すら残さず焼き尽くす〜  作者: 漣リラ


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26話 腐界③

 白骨の頭蓋を覗かせた黒衣の死神――第十三使徒『腐界』の哄笑が、分断された鋼鉄の通路に不気味に木霊した。

 彼が立つ足元の床は、ただそこに存在しているだけで赤黒い錆と泥状の粘菌に侵食され、ブクブクと有害な泡を立てながら崩れ落ちていく。


「響也さんが戻るまで、俺たちだけでこいつを抑えるぞ。油断するな!」


 奏斗が鋭く叫び、両腕に紅蓮の炎を立ち昇らせた。


 相手は六戦神すら手を焼く十三骸使徒の一人。だが、退くわけにはいかない。自分たちはもう、ただ守られるだけの足手まといではない。


「まずは小手調べだ……灰になれッ!」


 奏斗は両腕を突き出し、螺旋を描く超高熱の炎の槍を放った。閉鎖空間で味方を巻き込まないよう、射線を絞り込んだ精密な一撃。


 だが、炎の槍が腐界の目前に迫った、その瞬間だった。


「ふむ……血気盛んだね。だが、生命の活力は、等しく土に還るのが自然のことわりだよ」


 腐界が、持っていた錆びついた大鎌を軽く振るった。


 鎌の軌跡から、どす黒い緑色の瘴気がもやのように立ち上る。


 奏斗の炎がその瘴気に触れた途端――ジュゥゥゥッ! という不快な音と共に、真紅の炎がドス黒い泥のような色へと変色した。


「なっ……炎が……!?」


 奏斗が驚愕に目を見開く。


 熱エネルギーそのものが、まるで命を奪われるかのように急速に威力を失い、ドロドロの汚泥に変わって床に落ち、力なく霧散してしまったのだ。


「エネルギーすらも腐敗させる……」


 後方から『骸識』で分析していた怜が、震える言う。


「どんな攻撃も、アイツの瘴気に触れたら無効化されるわ!」


「だったら、瘴気ごと本体を叩き割るまでだッ!」


 夜霧が地を蹴り、空中に躍り出た。


 彼女の右腕が『異形変異』によって赤黒く脈打つ筋繊維の鞭へと変化する。音速を超えたしなりで、腐界の白骨の頭蓋を粉砕しようと鞭を振り下ろした。


 バシィィィンッ!


 鋭い鞭の先端が、腐界の羽織る黒いローブを掠めた。


 しかし、次の瞬間。


「――ッ!?」


 夜霧の顔が苦痛に歪んだ。


 ローブに触れた鞭の先端から、シュルシュルと音を立てて『腐敗』が逆流してきたのだ。赤黒く強靭だった筋繊維が、触れた端からドロドロの灰色の肉片へと変わり、その崩壊がすさまじい速度で夜霧の腕の根元へと這い上がってくる。


「チィッ!!」


 夜霧は咄嗟に左手で自らの右腕の筋繊維を強引に引き千切り、腐敗の進行を物理的に切り離した。


 ボトボトと床に落ちた彼女の腕の残骸は、数秒もしないうちに完全に溶けて泡と化してしまった。


「……イカレた能力だ。触れただけで細胞が死滅しやがる」


 夜霧は肩で息をしながら、冷や汗を流して後退する。あと一瞬判断が遅れていれば、彼女自身が全身腐り落ちていただろう。


「ハハハ……無駄だよ。私の領域『腐界』の中では、有機物も無機物も、霊力さえも等しく崩壊する。君たちのその瑞々しい命が朽ち果てていく様……想像するだけで、ゾクゾクするねぇ」


 腐界が白骨の顎を鳴らし、再び大鎌を大きく振るった。


 ゴォォォォ……ッ!


 今度は、目に見えるほど濃密な黄緑色の毒ガス(瘴気)が、津波のように通路いっぱいに広がって押し寄せてきた。


「させねえッス!!」


 順が前に飛び出し、防護グローブをはめた両手を交差させ、『応報の盾』の反射フィールドを最大展開する。


 だが。


「グッ、ガァァァッ!?」


 順の能力が、敵の攻撃の威力を『反射』する前に、反射フィールドの表面、そして順の防護服そのものが瘴気に触れて急速に腐食し始めたのだ。


 アリス特製の耐腐食性グローブがボロボロに崩れ落ち、順の手の甲の皮膚が溶け、血と体液が滲み出す。


「順!!」


 奏斗が順の襟首を掴み、強引に後方へと引き倒した。


「ゲホッ、ゴホォッ……! す、すみません奏斗サン……俺の盾じゃ、腐敗は弾けない……!」


 順が激しく咳き込みながら謝罪する。


「喋るな! 息を止めろ!」


 状況は最悪だった。


 瘴気が通路に充満し、防毒マスクのフィルターは既に限界を超え、警報音を鳴らしている。  吸い込むだけで肺が焼けるような激痛。皮膚に触れれば火傷のように爛れる。


 飛び道具である炎も、直接攻撃も、防御すらも一切通じない。まさに触れることすら許されない『死』そのもの。


(クソッ……どうすればいい! 響也さんが戻るまで、ただ逃げ回るのか!?)


 奏斗は奥歯を噛み砕かんばかりに食いしばった。


 だが、この密閉された海上プラントの中で逃げ場などない。じわじわと瘴気に削られ、いずれ全員が腐葉土にされてしまう。


(なら……あいつの腐敗の速度を上回る『熱』で、瘴気ごと本体を焼き切るしかねえッ!)


「奏斗!? ダメよ、やめて!」


 怜の制止を振り切り、奏斗は自らの体内に極限の熱量を圧縮し始めた。


「『燼滅炎・内燃態』……ッ!!」


 青白い炎のオーラが、奏斗の全身から爆発的に噴き上がる。


 通常の炎では瘴気に触れて腐ってしまう。ならば、自らの身体を数千度の「炉」に変え、瘴気が触れる端から蒸発させる超高熱の結界を纏うのだ。


 内燃態による身体能力の超絶ブースト。奏斗は弾丸のように床を蹴り、濃密な瘴気の海を単騎で切り裂きながら腐界へと肉薄した。


「おおおおおおおッ!!」


 奏斗の青白い拳が、腐界の白骨の顔面へと迫る。


「ほう……自らを薪にくべて、私の腐敗に抗おうというのかね」


 腐界は驚くどころか、愉悦に満ちた声を出した。


 奏斗の拳が、腐界のローブを捉えた。


 だが――。


「ガァァァァァァッ!?」


 奏斗の口から、絶叫が漏れた。


 内燃態の超高熱をもってしても、第十三使徒の周囲を覆う絶対的な『腐敗の瘴気』を完全に相殺し切ることはできなかったのだ。


 奏斗の右腕の皮膚が、高熱のオーラを貫通してきた瘴気によって瞬く間に黒く変色し、ジュルジュルと音を立てて腐り落ちていく。

 激痛。神経を直接塩酸に漬け込まれたような、絶望的な痛み。


「どうしたね? 君の熱意は、こんなものかい?」


 腐界が嘲笑いながら、錆びた大鎌を奏斗の腹部へ向けて振り抜いた。


「チィィッ!!」


 奏斗は腐りかけた右腕を強引に引き戻し、左腕の炎で大鎌の刃を弾きながら後方へ大きく跳躍した。


 間一髪で致命傷は免れたが、奏斗の右腕は肘から先が赤黒く爛れ、ボトボトと腐った血肉を床に滴らせていた。


「ハァ……ハァ……ッ」


 奏斗は膝をつき、激痛に歪む顔を必死に上げ、腐界を睨みつけた。


「奏斗!!」


 夜霧と怜、そして順が、悲痛な声を上げる。


「あきらめたまえよ、若き能力者たち」


 腐界はゆっくりと大鎌を肩に担ぎ、迫り来る。


「どれほど足掻こうと、君たちの命は等しく私の『腐葉土』となる。そして、このプラントを苗床に、世界を包む美しき虚獣の森の一部となるのだから」


 ジリ……ジリ……と。


 死神の足音が、鋼鉄を腐らせながら彼らを追い詰めていく。


 六戦神の不在。頼みの綱だった奏斗の重傷。


 圧倒的で理不尽なまでの絶望が、猛毒の瘴気と共に、紅莉隊の四人を冷たく包み込もうとしていた。


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