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燼滅のプロメテウス  作者: 漣リラ


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24話 腐界①

 カフェテリアの和やかな空気を切り裂いたのは、アリスが抱えていた巨大なタブレット端末から発せられた、けたたましいアラート音だった。


 「ビーッ! ビーッ!」という機械的な警告音が響く中、アリスの瞳が画面のデータを追って驚愕に見開かれる。


「……嘘でしょ。稼働して数分で、こんな巨大な反応を引くなんて」


「アリス、どうした?」


 奏斗がカツ丼のどんぶりを置き、表情を引き締める。


 アリスは画面をスワイプし、カフェテリアの壁面に設置された大型モニターにレーダーの解析結果を投影する。


 映し出されたのは、東京湾の立体マップ。その遥か沖合、一般の航路から大きく外れた海域に、禍々しい深紅の光点が明滅していた。


「十三骸使徒探索レーダーが、強大な『干渉波長』をキャッチしたわ」


 アリスはゴクリと唾を飲み込み、震える指で画面を指し示した。


「波長の密度と出力が、アンタたちが廃鉱山で倒した特異虚獣たちの比じゃない。……間違いなく、『十三骸使徒』の反応よ」


 その言葉に、奏斗、順、怜、夜霧の四人は一斉に息を呑んだ。


 ついに、探し求めていた真の敵の居場所を突き止めたのだ。


「場所は、東京湾沖合に浮かぶ巨大な放棄海上プラント、通称『海神わだつみ』」


 アリスの横から、静かな声が響いた。いつの間にかカフェテリアに姿を現した、総司令の産土神厳十郎だった。彼の背後には、険しい表情の響也が控えている。


「数十年前に資源探査のために建造され、その後放棄された巨大な人工島だ。一般人の立ち入りは固く禁じられている。奴らがアジト、あるいは実験施設として潜伏するには格好の場所だろう」


 厳十郎は奏斗たちを見据え、厳格な声で告げた。


「紅莉隊よ。君たちはこれより、直ちに当該海上プラントへ出撃。潜伏している十三骸使徒の討伐、および施設の実態解明に当たれ」


「了解しました。総司令」


 奏斗が力強く頷くと、厳十郎は「ただし」と付け加えた。


「相手は使徒クラスだ。A級に昇格したばかりの君たちだけでは、いささかリスクが高すぎる。……響也くん」


「へいへい。分かってますよ、総司令」


 響也がポケットに手を突っ込んだまま、面倒くさそうに、だがその瞳の奥には確かな戦意を燃やして前に出た。


「総司令の命令だ。今回の任務は、俺が引率として同行する」


「響也さんが……!?」


 順が驚きと安堵の混じった声を上げる。六戦神の弐席である"雷轟"が同行する。これ以上心強いことはない。


「勘違いすんなよ、お前ら。俺はあくまでサポートだ。メインはお前ら紅莉隊にやらせる」


 響也はニヤリと笑い、奏斗の肩を叩いた。


「俺の足を引っ張るなよ、問題児ども。使徒を前にしてチビるようなら、海に叩き落として置いて帰るからな」


「……誰がチビるかよ。せいぜい特等席で、俺たちの『本当の部隊』になった姿を見ててくれよ」


 奏斗が不敵に笑い返すと、夜霧も無言で右腕の筋繊維を鳴らして闘志を示した。


「よし。出撃準備だ。十五分後に地下水路のシークレットドックに集合しろ」


 響也の号令で、全員が弾かれたように動き出した。


 深夜の東京湾。


 星一つ見えない分厚い雨雲に覆われた夜の海を、霊対室のステルス装甲艇が、白波を激しく砕きながら猛スピードで突き進んでいた。


 甲板の上で、潮風に煽られながら奏斗は前方を睨みつけていた。


 普段の海風とは違う。生ぬるく、そして微かに……何かが腐敗したような、甘ったるくも鼻をつく異臭が風に混じっている。


「……見えてきたわ」


 怜が『骸識』を研ぎ澄ませながら、暗闇の彼方を指差した。


 漆黒の海原の真っ只中に、それは不気味な威容を誇ってそびえ立っていた。


 放棄海上プラント『海神』。


 何本もの巨大な円柱が海底から伸びて広大なプラットフォームを支え、その上には錆びついた鉄骨のジャングル、複雑に入り組んだパイプライン、そして崩れかけたクレーン群が、巨大な墓標のように乱立している。


 だが、単なる廃墟ではない。


 装甲艇が近づくにつれ、プラントの異様な全貌が明らかになってきた。


「なんだ、あれは……。鉄骨の表面に、何かが這っているッス……!」


 順が目を凝らして震え声を上げた。


 本来なら無機質なはずのプラントの外壁や鉄柱に、巨大な血管のような、あるいは肉塊でできた蔦のような赤黒い物質が、ビッシリと脈打ちながら絡みついていたのだ。


 海面と接する支柱の根元付近では、海の水そのものがドロドロの緑褐色に変色し、ブクブクと有害なガスを含んだ泡を立てている。


「骸粒子の濃度が異常よ……。ただ満ちているんじゃない。プラントそのものが、生き物みたいに『呼吸』して、周囲の物質を腐らせているみたい……!」


 怜の分析に、奏斗の顔が険しくなる。


「……十三骸使徒、第十三使徒『腐界ふかい』」


 夜霧が、プラントを見据えながら忌々しげに呟いた。


「万物を腐敗させ、崩壊の瘴気を操る化け物。奴がここにいるなら、このプラント自体が奴の能力によって『死の森』へと変えられているはずだ」


「腐界、か。名前からしてロクなもんじゃねえな」


 響也が甲板に進み出て、金色の電光を微かに纏いながらプラントを見上げた。


「だが、どれだけ腐っていようが、消し炭にすれば同じことだ。……接岸するぞ。油断するなよ」


 ゴツン、と鈍い衝撃と共に、装甲艇がプラントの下層デッキに接岸した。


 全員がアリス特性の特注防護服に着替え、『海神』に乗り込む。


 鋼鉄の床に降り立った瞬間、足元から「グチャリ」という嫌な音がした。鋼鉄のはずの足場が、錆と腐肉のような粘菌で覆われ、スポンジのように柔らかく腐敗し始めているのだ。


「ひぃっ、なんスかこれ……靴底が溶けそうッスよ!」


「触るな、順! 不用意に壁や床に触れれば、防護服ごと腐敗を移されるぞ」


 奏斗が警告し、全員が武器を構えて警戒陣形を取る。


 腐敗した鉄骨の迷宮。


 通路の奥からは、ズズ……ズズズ……と、無機物が溶けるような不気味な音が絶え間なく響いてくる。


 一切の生命を拒絶するこの箱庭の奥深くで、使徒が彼らを待ち受けている。


「……行くぞ、問題児ども。死にたくなけりゃ、俺の背中から離れるな」


 響也が先頭に立ち、金色の雷光で暗闇を照らしながら歩を進めた。


 充満する猛毒の瘴気と、音を立てて崩壊していく鉄の迷宮。


 六戦神と共に挑む、紅莉隊の真の総力戦の幕が、今、腐海の巨城の中で静かに切って落とされた。


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