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特務機関の燼滅炎 〜この身を焦がす復讐で灰すら残さず焼き尽くす〜  作者: 漣リラ


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22話 不器用な祝杯

 霊対室本部、地下三階に位置する大カフェテリア。


 常に死と隣り合わせの任務をこなす隊員たちにとって、この白を基調とした明るく開放的な空間は、唯一と言っていいほど羽を伸ばせる憩いの場であった。


 微かに漂うコーヒーの香ばしい匂いと、あちこちから聞こえる食器の触れ合う音が、ここが血生臭い戦場とは無縁の場所であることを証明している。


「さーて! アリスちゃんの『十三骸使徒探索レーダー』完成、並びに紅莉隊の無事生還を祝してぇーっ! かんぱーいっ☆」


 カフェテリアの奥の広いテーブル席で、薬師寺救の明るくよく通る声が響き渡った。


 彼女の手にはオレンジジュースの入ったグラスが掲げられている。


 テレビで見せるフリフリのアイドル衣装ではなく、少し大きめのパーカーというラフな私服姿だが、それでも隠しきれない華やかなオーラが周囲の目を惹きつけていた。


「か、かんぱーいッス!! くぅ~っ、生で救ちゃんの乾杯の音頭を聞けるなんて、俺、生きてて良かったッス!!」


 順が顔を真っ赤にしながら、自身のグラスをガチンッと勢いよくぶつける。


「ちょっと順、うるさいわよ。ジュースがこぼれるじゃない」


 隣に座る怜が、呆れたようにため息をつきながらグラスを傾けた。

 その口調は冷たいが、廃鉱山での極限の死闘を乗り越えた安堵からか、目元はどこか柔らかく緩んでいた。


「まったく、アンタたち騒がしすぎよ」


 アリスは呆れ顔でストローを咥え、グラスの氷をカラカラと揺らした。

 だが、自分の開発したレーダーの完成を無邪気に喜ぶ彼らを邪険に追い払うことはせず、どこか満足げな態度で彼らを見守っている。


 そんな賑やかなテーブルの中心には、総司令室からの「特別ボーナス」として振る舞われた、艶やかなイチゴがたっぷりと乗った特大のホールケーキが置かれていた。


 真っ白な生クリームが照明を反射してキラキラと輝いている。


 だが、そのテーブルの端で、銀髪の少女――夜霧だけが、目の前に切り分けられたショートケーキを、まるで未知の劇物でも見るかのように険しい目で睨みつけていた。


「……なんだ、これは」


 夜霧の赤い瞳が、ケーキの断面を警戒するように細められる。


「スポンジ状の物質の表面を、白い謎の粘性泡でコーティングしている。そして頂点には赤い果実……何らかの化学反応を利用した兵器か?」


「アホかお前は。どう見てもただのケーキだろうが」


 隣に座っていた奏斗が、苦笑いしながら自身のケーキにフォークを入れた。


「兵器じゃねえよ。お前、ケーキ食ったことないのか?」


「……私を誰だと思っている。十三骸使徒の施設で造られた実験体だぞ」


 夜霧は忌々しげに舌打ちをした。


「生命活動に必要な骸粒子と、最低限の栄養ペーストしか口にしたことがない。第一、こんな甘ったるい匂いを放つものを体内に取り込んで、戦闘に支障が出たらどうする」


 無機質な実験室の冷たい床。戦闘能力だけを求められ、「味」という概念すら与えられずに育った彼女の過去。


 だが、奏斗はすぐにいつもの調子で不敵に笑い、フォークを夜霧の手に無理やり握らせた。


「ここは実験室じゃねえ。お前は俺の部下で、今は戦場でもないんだ。四の五の言わずに食ってみろ」


「……強引な奴だ。もしこれで私の体に異常が出たら、お前をぶち殺すからな」


 夜霧は渋々といった様子でフォークを構え、真っ白な生クリームとスポンジをほんの少しだけすくい取った。


 毒を煽るような覚悟を決めた表情で、それを口に含む。


「…………っ」


 瞬間、夜霧の動きがピタリと停止した。


 サクッとしたイチゴの酸味。舌の上でふわりと溶ける生クリームの滑らかな舌触り。

 そして、これまで経験したことのない、脳の奥まで直接染み渡るような強烈で優しい『甘さ』。


 夜霧の赤い瞳が、限界まで見開かれた。


 咀嚼を忘れ、彼女は信じられないものを見るような目で、手元のフォークと皿の上のケーキを交互に見つめ直した。


「どーお? おいしいでしょ!」


 救が身を乗り出して尋ねる。


「……よく、わからんな」


 夜霧はプイッとそっぽを向いたが、その手は止まらなかった。


 無言のまま、二口、三口とケーキを口に運ぶ。フォークの動きは徐々に速くなり、警戒していたはずの白い粘性泡も赤い果実も、あっあっという間に彼女の口の中へと消えていった。


「あはは、夜霧、めちゃくちゃ食うじゃないッスか!」


 順が笑うと、夜霧はギロリと彼を睨みつけた。


「うるさい、黙っていろ。……これは、ただの栄養補給だ。失った組織を再生するには糖分が必要なだけだ」


 そう必死に言い訳をしながらも、彼女の口元には微かに生クリームがついていた。


 怜が小さく吹き出し、紙ナプキンを黙って彼女の前に差し出す。夜霧はそれをひったくるように受け取り、乱暴に口元を拭った。


(……悪くねえな)


 奏斗はコーヒーを啜りながら、その光景を静かに見渡した。


 つい先日まで、互いの欠点を責め合い、いがみ合っていた不協和音の寄せ集め。


 だが、絶望的な死闘を潜り抜け、互いに背中を預け合った今、このテーブルには確かな『戦友』としての空気が流れている。


 無意識のうちに、奏斗の脳裏に一年前の雨の日の記憶――親友、風見隼人の笑顔が浮かんだ。


『俺たち四人で、最強の部隊になろうぜ』


 隼人。お前の言っていた通りだ。


 俺の炎は、もう復讐だけのために燃えているんじゃない。俺には、守るべき仲間がいる。そして……共に仇を討つと誓い合った、不器用な戦友も。


「……ちょっとは、見れる顔になったじゃない、奏斗」


 ふと、向かいに座るアリスが、タブレットから顔を上げて静かに言った。  その鋭い視線は、奏斗が内側に秘めた『隊長としての自覚』を確実に見抜いているようだった。


「アリス……」


「前までのアンタは、ただ憎しみに任せて周囲を焼き尽くすだけの迷惑な暴走機関車だったわ。アリスの作った防護服を何度ダメにしたと思ってるのよ。……でも、今のアンタの炎は違う。内に熱を秘めて、ちゃんと仲間を守るために使えてるじゃない」


 アリスはふいっと視線を逸らし、ストローを咥え直した。


「アリスの『十三骸使徒探索レーダー』が完成した以上、これからの戦いは、今までとは次元が違うものになるわ。A級部隊の隊長として、しっかりアリスの最高傑作を活用して、こいつらを最後まで引っ張っていきなさいよ」


「……言われるまでもねえよ。サンキューな、アリス」


 奏斗は力強く頷いた。


 和やかな祝杯の時間は、彼らの心を確かに癒し、次なる戦いへの活力を与えていた。


 だが、彼らはまだ知らない。


 完成したばかりのレーダーが、東京湾の遥か沖合に、かつてないほど強大で不吉な十三骸使徒の『干渉波長』を捉えようとしていることを。


 束の間の休息は終わりを告げ、彼らを乗せた運命の歯車は、次なる絶望の海へと静かに回り始めようとしていた。

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