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8-5 賢い娘

 長野県の東側にある城岡高校に通う高校生、原田耕平は学校に野菜を届けると、有希と梨花ちゃんの元にすぐに戻って来ていた。

 昨日はほとんど会話もできないままに、街道で行倒れていたところを救助され、疲れていたと思う二人は、そのまま眠りについてしまっていた。



「それで君、佐伯有希さんは、その田山梨花ちゃんとは大失電の後、自宅の近所の公園で初めて出会い、別れてしまったこの子のご両親に会わせるために、岐阜の田舎まで連れて行こうとしていたってこと?」


 佐伯有希は、耕平の1歳年上の17歳、高校2年生との事であった。


「有希でいいわよ。

 いや、私も無理かなーって思ったけど、私のお父さんも仕事で海外赴任中で、学校も休みになっているし、家の食料も無くなって来たし、このまま家にいると絶対やばいなーって思ったのよ」


「そもそも、なぜそんな小さな女の子が一人でいたんだよ?」


 有希さんが目を覚ます前、梨花ちゃんに簡単に聞いたけれど、改めて有希さんの口から確認する。

 もし二人の話に食い違いがあれば、ちょっと疑う必要もある。


「大失電の少し前らしいのだけど、梨花ちゃんのお父さんの実家でお爺さんが倒れたと言う事で、お父さんとお母さんは、あの日の夕方に車で一緒に出発し、岐阜県の田舎に出掛けたらしいの。

 梨花ちゃんの叔父さん、お母さんの弟さんらしいのだけど、その夜は家に来てもらうという話に成っていたらしいのだけど、結局夜は来なかったらしいのね。 ひどい話よね。

 予定では、夜遅くに岐阜県について、お母さんをそこに置いて、お父さんは仕事の都合で翌日には東京に戻ってくる予定だったらしいの。

 お母さんが出発前にご飯とおやつは沢山準備してくれてあったらしいけれど、その夜大失電になって、それ以降も叔父さんは一度も現れず、お父さん達は翌日も帰ってこないし、梨花ちゃんは一人で家で待っていたらしいのよ。

 でも、心細くてなって、いつもお母さんと行っていた公園の前で泣いていた時、たまたま通りがかった私と知り合ったのよ。

 1週間まで梨花ちゃんは、私の家でお父さん達の帰りをいっしょに待っていたけれど、大失電で移動は無理そうなので、梨花ちゃんの家には置手紙をして、私と梨花ちゃんの家に残っていた食料と着替えを持って、一緒にここまでは 来れたのよ」


「何か事情はあったのかもしれないけど、その叔父さんって人はちょっとひどいな。

 でも、梨花ちゃんのお父さんの御実家って岐阜県なんだろ。

 それなのに、どうして長野県のこんな場所を歩いていたんだよ。

 そもそも向かう方向がちょっと違うんじゃないか?」


「え? ここって長野県なの?

 だって、自転車だったらいけるかなって?

 スマホは使えないから地図なんてないし、昔の大きな街道は中山道だって学校で習ったし……」


「そもそもここは少し中山道から離れているし、いくつも山を越えていれば たまたま岐阜県にたどり着くかもしれないけど……

 そんな無鉄砲なことして生きていたほうが不思議じゃない?」


「途中の道路の脇に建っているお店の看板に、大きな地図が描いて有ったのよ。

 それを見たらこっちのほうが近そうだから、途中で中山道を曲がって……

 寝袋は持っていたし、食料はまだ少しあったので、何日かで山を抜ければ近道かなって思ってたのよ。

 でも、荷物や食料は谷底に落としちゃったけど……」


 行動力と親切心はありそうだが、その無鉄砲な発想に、ちょっとあきれてしまった。


「道の広告看板の地図なんて、そもそも正確じゃないし。

 それで、拾ってきてあげた荷物は、中を確かめたの?

 自転車は、あの壊れ方ではもう使えそうにないと思うけど」


「あ! そうそう、それよ。 本当ありがとう。

 夜、探しに行ってくれたのね。 そして、ここまで持ってきてくれたのね!」


「聞いた通り、落ちていたのは谷底だったので、自転車は荷物ごと川の中に浸かっていたから。

 リュックの中は開けていないからわからないけれど、泥水に浸かっていたから傷んでいるかもしれないよ」


「さっき、耕平君が学校に出かけた時、中を出してみたけど、食料はどろ水を吸っちゃってほとんどダメっぽいわ。

 服は、やっぱり泥水で濡れていたけど、さっき洗ったので今干しているわ。

 あ、勝手に外の物干し使っちゃってごめんね」


「え? どこで服洗ったの?」


「家の中に洗濯機が見つからなかったので、お風呂場で洗わせてもらったわ。 今、手で絞って干してあるわ。

 あ、でも電気が無いから洗濯機が有っても使えないか。

 自転車で来る途中、川が有ったので、そこで水浴びと洗濯をしたかったのだけれど、河原は誰かに占拠されていて、川にすら入れなかったわ」


「見ていないからわからないけど、付近の人が川の水を飲料用としたいから、河原を管理して、汚れた物や体を洗うのを規制していたのじゃない?」


「そんないい感じじゃなくって、どちらかと言うと、河原の利権の奪い合いに見えたわ。


 そういえば、耕平がいない間にいつの間にか玄関に何かの箱が置かれていたのだけれど、いつのまにか誰か来たのかな?

 あ、その箱は家の中に入れておいたよ」


「ありがとう。 多分定期便の食糧が届いたんだ、それ」


「ここって、食料の配達が有るの? いいなー」


「まだ話してなかったけど、僕は日本人ではなくカノ国人なんだ。

 そして留学生として、この近くの高校に通っているんだ」


「耕平って、外国人なの?

 名前は日本人だし、顔も醤油顔の日本人にしか見えないし、言葉も普通の日本語よね?」


 その表現は、どこかディスられているような気がした。


「うん。 カノ国はもともと多くの日本人から始まった国で、その公用語は日本語だからね」


「えー! そんな国が有るんだ。 嘘じゃないよね? 知らなかった」


「それで、この荷物は大失電とは関係なく、カノ国では国外に住む人の為に、以前から物資や食料を届ける宅配システムがあるんだ。

 僕も留学してからそのシステムの存在を知って、足りない野菜や肉や日用品などはそれを利用させてもらっているんだ。

 これはカノ国が有るカノ島から直接届いたいつもの定期便だし、君たちが来たので食料が足りなりそうだったので、昨日頼んだ品が東京ブランチから追加でまもなく届く予定だよ」


「え!? こんな食料が無い時に、ごめんなさい。

 でも、少しでも食糧が分けてもらえるのであれば、それはとても嬉しいな」


 以前であれば食べ物なんて貴重には思わなかっただろうが、彼女も苦労してここまでたどり着いたようで、今は食料の入手がどれだけ大変なのか良く解っている。

 そして、食べられそうな時に、それを遠慮してしまうと、命にかかわる事も良く分かっている。


「それで、君は、有希はこれからどうするんだ?

 この後も旅を続けるのかい? それとも家に帰るのかな?」


「まだ私もどうしたらよいか分からない。

 あのまま死んでいたかもしれないし、自転車はもう使えないし、でもここまで梨花ちゃんは連れてきちゃった責任はあるし……

 ねえ、私はどうしたら良いと思う?」


「おいおい、そんなこと僕に聞かれても、答えようがないよ

 でも、君が梨花ちゃんを連れて、この先にこれ以上進む事はかなり難しいと思うな。

 だから、梨花ちゃんの前であまりその話はしない方がいいのじゃないかな?」


 声を抑えて話していたつもりではあるが、隣で寝ていた梨花ちゃんが目を覚ましてしまった。



「あ、耕平お兄ちゃん、お帰りなさい」


 まだ少し眠いのか、小さなあくびをしながら梨花ちゃんが挨拶してくれた。


「梨花ちゃん、おはよう。 お昼は何が食べたいかな? 好きな食べ物は何かな?」


「え! 何でもいいの? だったら、餃子!」


「おう、小さい子にしては、なかなか渋い選択だね」


「いつもお母さんが作ってくれたの」


「そうか、お母さんの味とはちょっと違うと思うけど、だったらお昼は餃子にしよう」


「耕平、急に言って餃子なんかあるの?

 この家には冷蔵庫も冷凍庫も無いみたいだけど」


「うん、ないよ。 だからこれから作るのさ。

 さっきの荷物で豚肉とキャベツが届いているはずだから、小麦粉は納戸に袋であるし、にんにくは納屋に吊るしてある。

 後は畑からニラを採ってくれば、とりあえず餃子の材料は揃うよ。

 まず僕は畑に野菜を収穫に行ってくるよ」


「あ、梨花も一緒に行っていい?」


「私も行く!」


「だったらみんなで畑に行こうか?」


 一通り、この畑の植物の説明をして、最後に目的のニラを収穫する。


「ニラって水仙の葉っぱみたいね。

 水仙の花はうちの庭にも植えてあったから、これは知っているわ」


「そうだね。 でも水仙の葉っぱには毒が有るから食べられないよ」


「え! 毒って、うちの庭で栽培していたのは、普通のどこにでもある水仙よ」


「梨花のおうちのおトイレも、スイセンだってお母さんが教えてくれたよ!」


 何とかお兄ちゃん達の会話に加わりたい梨花ちゃんであったが、それは違うよ。


「ここの畑には水仙は植わっていないから、間違えることが無いから大丈夫だよ」


「わかったわ」

「うん、わかった」


「ところで耕平、耕平は餃子なんか作った事あるの?」


「うん、自家製餃子は結構得意料理。

 以前は皮は麓の店で買って来たけど、最近は店が開いていないので、今は皮も自分で小麦粉から作っているよ。

 それじゃ僕は皮を作り始めるから、有希はそのミンチを作る機械で挽肉を作ってくれる?

 さっき届いた豚肉を少し細かく切って、機械の上の口から入れて、横のハンドルを廻せばひき肉になるから」


「え! 挽肉ってこうやって作るの?

 そういえば、挽肉ってどうやって作っているか、考えたことも無かったわ。

 パックに入った挽いたお肉を買ってくるんじゃないんだ」


「えー! お姉ちゃん知らないんだ。

 お母さんもこうやって作っていたよ!」


「お店では電気で動く、もっと大きな機械で作っていたけどね。

 パックされて売っている挽肉って、どんな状態の肉で作っているからわからないし、また肉って挽肉にしてしまうと空気に触れ傷みやすいので、僕は必要な分だけ、肉の塊を小さく切って使っているよ。

 その方がおいしいからね」


「皮を作るのには少し時間がかかるから、挽肉作りが終わったら、次は野菜のみじん切りね。

 野菜は一度絞って水分を減らし、あとはそれを肉と混ぜて、調味料で味を調えれば餡は出来上がり。

 僕の餃子の味付けは蠔油(ハオユー)がメインだから。

 皮に包むのは、梨花ちゃんも手伝ってね」


「うん! 餃子を作る時はいつもお手伝いしているから大丈夫だよ!」


 それを聞いて、何とかもう一度梨花ちゃんにお母さんの餃子を食べさせてあげたくなってきた。


「梨花ちゃん、明日お母さんを探しに行こうか?」


 さっきその話はしないように有希に言いながら、耕平自身がそれを梨花ちゃんに言ってしまった。


「えっ! お兄ちゃんと行くの?」


「お姉ちゃんがちょっと狭いけど、3人で昨日の摩導カートに乗って行こう。

 今度はちょっと遠いから、梨花ちゃんはお姉ちゃんの膝の上だよ」


「わーい。 またピューって飛ぶんだよね?」


「ねえ耕平、どういうこと? 自転車はもうないわよ」


 昨日気を失っていた有希は、摩導カートを見ていない。


「うん、そろそろ3週間だから、ご両親が梨花ちゃんを探しに戻ってくるのと行き違いになっちゃうから、なるべく早く出よう。

 歩いてくる道を推定して行けば、ひょっとすれば途中で出会えるかもしれないし、お爺ちゃんの看病との事だから、まだ田舎にいるかもしれないしね」


「耕平は地図を持っているの?」


「うん、日本の地図帳は毎晩見ていたよ。

 こんな広い国土が有り、立派な地図帳が有るのに、どうして君は地図を持ってないんだ?

 カノ島なんて小さくて、それも人工的に区割りされているので、地図無しでもどこでも行けちゃうんだけどね。

 こんなに複雑で、どこも面白そうな国に住んでいて、地図を見ながらあちこちいかないなんて もったいないよ」



 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



「あ、おかあさん!」


「ええ! 梨花なの!? あなた、どうやってここまで来たの!」


 抱き合う二人を、家の陰からそっと覗いていた耕平と有希であったが、


「耕平、このまま行こう」


「梨花ちゃんのお母さんに挨拶していかなくっていいのか?」


「だって、そうすると耕平のあのカートの事など話さなくてはならなくなるから、そうなるとちょっと面倒でしょ?」


「ここまで苦労して連れてきた有希がそれで良ければ、僕はその方が助かるけど」


「じゃあ、そっと行きましょう」


 そう言えば、行くと言われて有希はどこに行くつもりなんだろうか?


「あの、有希の家まで送ろうか?」


「え! あ、私そんな事全く考えていなかったわ。

 だって、お風呂も、食べる物も、なにも無いのよ。

 トイレだって使えないし!」


「じゃあ、行くのは僕の家? それでいいのかな?」


「そんなの当り前じゃない!」


 え? それって当たり前なの? おいおい、いつから君の家なのさ。

 まあ、この後の事を悩んでもしょうがないので、すっかり目的を果たしてうかれた気分になっている有希を乗せた摩導カートは、長野県の山の中を目指して、さくっとジャンプ移動を開始した。


 もっとも堅実な判断ができる賢い娘であった。

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