8-2 離岸
その大型客船は太平洋を3週間漂流した後、カノ島への侵入を防ぐシールドに引っかかって、島の沖合で停泊していた。
今その船にはカノ国評議会の議長である西脇風太が乗り込み、船長と会談を行っていた。
大型客船が停止した場所は、カノ島のシールドの外側となる為に、この海域の海底までの水深は2キロメートルくらいある。
その為に投錨して停止することなど出来ず、機関が停止した状態では海流で流されていく事に成る。
カノ島から出動した4台の摩導コンテナには援助の食料などが積載されており、船内に運び込まれた食料は、いくつもあるレストランで食事として乗客に振る舞われていた。
そして、積み込みを終えた摩導コンテナは、現在船体の前後・両側の4か所を挟みつける形で、海上で船体をロックしている。
コンテナの2台には飲料水が搭載されており、コンテナから延ばされたパイプにより客船の船底にある水タンクが満たされ、またコンテナで加圧された水圧により、船内の各室でも水や温水が提供された。
まだ暗くはあるが、客室でもシャワーが使用できるようになり、またしばらく使用を禁止されていた各客室の水洗トイレも、水を流すことが出来るようになり、再び利用が可能となった。
久しぶりの食事が一段落したころ、一番広いメインダイニングにはグループごとに旅客の代表者が集められ、船長から説明が行われた。
その中で発表された世界の状況に旅客は絶句し、残してきた家族を思い、泣き出した人も少なくはなかった。
また、小さなカノ島にはキャパシティの関係で国民以外の上陸が許可されないと言う事と、喜ばしいことに現在船をロックしている摩導コンテナを利用して、日本の横浜港まで船が曳航されることが説明された。
ただし、飲料水は十分供給を受けたが、出航後は船の給水ポンプや加熱装置が働かなくなる為、現在客室で利用している水や温水は再び供給できない事も伝えられた。
そのため、客室のシャワー室や船内の大浴場は出航までに利用するようにと説明された。
今回カノ国からは一人当たり10食分の食糧が援助として提供される事になった。
たった10食と思うかもしれないが、この船に4000人もの人がいると、それだけでも4万食が必要となる。
カノ島にとってもこの援助は、普段の消費以外の食糧となるため、その時にカノ島にあった食品を急いでかき集める事に成った。
食料は常に島民の需要に合わせて生産されているために、島に余剰となる食料はそれほどないと評議会では聞いていた。
島内の国民に対しての多少の食料の余裕はあるが、それを支援に必要となる大量の食糧として回す事はできないことを示している。
ところがである。 島内の食品や食料部材の生産工場に対して、少し前に大量の発注がどこからか行われており、特別にそれを回してもらう事で、この支援が可能となった。
その裏では、口をとがらせて議長に文句を言う、発注者である娘が日本にいたことは、その船の乗客には知らされていない。
動力を失った大型客船であるが、カノ島が持つ摩導コンテナの曳航能力を使う事で、日本までの航行を行える事が可能とわかった。
また、カノ国のから10回分の食料の提供を受けたことから、その貴重な食料が残っているうちに、なんとしても本来の寄港地である日本にまで到着し、そこで乗客を無事に下船させたいと言う、強い船長の想いがあった。
この船はこれまで世界を周遊して各地で乗客の乗り降りが行われている。
そのため、船には日本では降りず、まだ継続して旅行をされるお客さんも多数含まれていたが、これから曳航される横浜港への到着をもって本船の航海は終了し、そこでお客さん全員の下船を行う事に成った。
しかし、日本国内で交通機関も停止していると聞いているため、横浜港からの移動手段は未確定であり、さらに海外からの乗客は日本からの出国が困難であることが予想されることも言い添えられた。
大型客船では多くの乗客に24時間サービスを提供するために、多くの乗員が乗り合わせている。
船内に乗り合わせた4000人のうち、約1/3はさまざまな国籍の、様々な職種を担ってきた この船の乗員である。
お客様に本船の航海終了について説明が終了した後、乗員達へも同様に説明が行われた。
この船が横浜港への到着を持って、船の周航、すなわち営業運行が終了する事が伝えられた、
この事は、船長以下全ての乗務員は最終地への到着をもって失業する事に成る。
多くの乗員にとって、この船こそが年間を通して暮らす家であり、職場であるので、ほとんどの乗員はいきなり路頭に迷う事に成る。
大きく動揺する彼らに対して、カノ国評議会議長である西脇風太から重大な発言があった。
それは、カノ国の国民の臨時募集であった。
カノ国籍を取得する事で、カノ国民となり、今回カノ島への上陸が認められると言う事らしい。
既に世界から忘れられたカノ国へ、いまさら移住する事は不安も大きいと考えられ、船員たちには横浜港に到着するまでに、日本で下船するか、カノ国に移民するかを決断する事が伝えられた。
そして最終地である横浜からは、再びカノ島までこの客船を利用し、船員たちはカノ島への到着までのどこかで国籍取得手続き済ませ、島へ移住する事に成った。
カノ島としては一度に1000人を超える人の受け入れは容易ではない事は明らかであったが、これはカノ国としてできる最大限の人道的配慮でもあった。
乗務員への移民受け入れの話を聞きつけた乗客の中には、自分の国に帰れないのであれば、自分もカノ国に移住したいと言う申し出がかなりあり、それら乗客はそのままカノ国へ行く事となった。
また、家族や恋人を呼び寄せたい乗員も多くいたが、彼らも一度カノ島に移住し、その後カノ国の許可を得て呼び寄せる話も行われていた。
しかし、風太は評議会が知らない、ある情報を持っていた。
先ほどの食材や部材のカノ国への大量発注は今後も継続され、その事は、今のカノ島の生産キャパを超えるであろうことは容易に想像されたのだ。
大型客船はそれ自体が海に浮かぶ独立した1つの町を構成している為、乗員たちはそれぞれが手に職を持ったスペシャリスト達であった。
議長権限で新たに大量の国民を受け入れた背景には、まもなく各生産現場から出てくるであろう人材募集に対し、様々な職種の経験者である乗員たちが各生産現場で活躍する事が期待されていた。
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カノ島沖で船体のロックを行っていた4台の摩導コンテナは、沖合からそのまま曳航作業に移り、大型客船はそこから3日ほどを掛けて横浜港に無事に到着することが出来た。
大きな客船に対して、小さな摩導コンテナに挟まれる形であり、また曳航と言ってもロープで引っ張るわけではなく、タグボートのようにコンテナの一部を客船に押し当てて、そのまま押していくような曳航方法を取っていた。
天候に恵まれ、海も荒れなかった為、先日までの焦燥感に満ちた漂流の時とは異なり、目的がはっきりとした安心した船旅となった。
大型船は操舵機能を失っている為、安全を考えると、なるべくゆっくりと曳航したかったが、カノ国から受け取った食料も限られている為、通常のクルーズ航行の時に近い速度での曳航となった。
横浜港に無事に到着した船長は、漂流による死亡者や怪我人を1名も出さずに済み、ほとんどの乗客を下船させたことで、無事すべての責任を果たし肩から力が抜け、ようやく安堵のため息をついていた。
そして、この時点をもってクルーズ運営会社の営業は終了し、船はカノ国に譲渡されることになった。
この客船の規模になると廃船にするにも大きな費用が掛かり、今回の打撃を受けた世界の状況では運行できない船の引き取り相手もいない。
しかし船が運行できない状況で、船員を雇用し、会社を維持するだけの体力は運営会社に残されておらず、苦肉の策として船員ごとカノ島に無償譲渡されることになった。
幸い、クルーズ会社の分室がこの船内にも有り、代表者権を持つ人物もスタッフとして乗船していたので、譲渡及び移管手続きは横浜出航までに同時に行われた。
これまで四千人という多くの人が乗っていた船も、今は全員が下船し、無人の状態となった。
横浜港では、船の乗組員全員とカノ島への移住を決意した一部の乗客は、船から一度下船し、埠頭の脇にある港の広場に集合していた。
船を住まいとしている多くの乗組員は、このあともう一度船に乗船し、今度はカノ国国民としてカノ島を目指す事になった。
日本に故郷を持つ乗組員はここで降りるとは言っても、例え日本人であってもここで下船してしまうと、それまでの生活基盤を失ってしまうため、皆と一緒にカノ島への移住を決意した人は少なくはない。
そして今、大きな船体の側壁には、何個もの四角い箱が張り付いており、その自動摩導具は張り付いた状態で船体の壁を縦横無尽に動き回っていた。
ここまで3週間以上の漂流を続け、しばらくメンテナンスも行われていないため、漂流物との衝突などで剥げた塗装や損傷受けた個所の点検を行い、船底や船の外板の補強・補修作業が行われている。
また、その補修が終わった外板には一定間隔で新たに摩導チップが張り付けられていった。
船体に摩導力を使う事で浮力を味方に付け、さらに海流や風の影響を減らすことができ、例え超大型船であっても、少ない力で海面を滑るように推進が出来る。
摩導具の装着により、カノ島への航路には曳航の必要は無くなったので、作業を終えた摩導コンテナは先に出航していった。
摩導具により船外補修作業を進むなか、摩導カートでカノ島からやって来た技術スタッフは船内に入り、船の心臓部である操舵室や動力機関などの設備に同様に摩導具を張り付けていった。
この作業が終了すると、電気を使わなくとも操船やディーゼルエンジンの操作など、船に必要な制御が可能となる。
これで、航海士や機関士が不在でも、カノ島まで航行することが可能となった。
船としては摩導具による浮力と推進力が与えられている為、エンジンを使わずに、いや操舵すらせずにカノ島まで帰還する予定である。
カノ国への移住を決意し、港の広場に下船した人達に対し、船長としての最後の挨拶があった。
船長自身も運命を船と共にするようで、彼もカノ国に移住する決意をみんなに表明した。
船長からの挨拶が終わると、名古屋の大使館から駆け付けたスタッフから移住に関しての説明が有り、最終の移民希望の確認が行われた。
同意した人は移民手続きを済ませることになり、今夜はお客さんとして順に船に乗船する事に成っている。
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横浜港の桟橋では、到着している船に掛けられたタラップを前に、マリエはため息をついていた。
彼女がここに来たのは、カノ国評議会議長の西脇風太からの依頼を受けたからであった。
このところ、風太には何かと無理を頼んでいるマリエであったので、今回の一件について断ることが出来ないマリエであった。
乗客や乗員は午前中にすべて下船したはずであり、船の中に乗り込んだ大使館の職員により、船内に残っている人がいないかの確認が行われていた。
全員下船が確認されると、今度はカノ国へ渡る人の再乗船となる。
タラップが掛けられた先にある、船の広いエントランスルームには、その中央にマリエが大きな椅子に座っている。
新たなる国民となる人は、薄い短冊状の透明シートを環状にしたものに腕に巻き付けて、マリエの前に一礼して歩いて行く。
装着してもらう人は、目の前のドレスを着た彼女が王族であるとは特に知らされていないが、服装からそれなりの人だと思ったようだ。
マリエがそのシートに指先を触れ、心の中で命じると彼女の王族バングルがきらりと光る。
すると、指先の薄いシートは、それを巻いた人の腕に合わせて狭まくなり、細い金色の輪のバングルに変化した。
この儀式で、バングルは摩導サーバに登録され、カノ国民バングルの装着は完了である。
完全な流れ作業で、一連の作業は僅か15秒ほどで終了するが、これだけの人数がいると、きっと夜までかかってしまいそうであった。
認証を受けたこの時点から、バングルに初期チャージされたパラスにより、船内の食堂やショップでの買い物が可能となる。
そう、桟橋でマリエからバングルを付けられて、タラップから乗船した時点で、この船の中はカノ国であり、すでにカノ国に入国したことになっていた。
腕にバングルが付けられた後、各居室の明かりとなる摩導具も一緒に手渡され、乗り慣れた自分たちの船内に戻って行った。
電気が失われてからは、限られたランプしかなく、ほとんど窓がない船員居住区はとても暗かったので、ようやく明かりが灯される事になった。
船籍をカノ国に変更した大型客船は、今夜深夜に横浜港を出港する予定であり、それまでには授与を完了させる必要がある。
漂流中に汚れた船内の清掃や点検が摩導具により行われ、船内に戻った船員たちには新たな誓いの夕食会が催された。
そしてその夜の航海は、最後の航海を顧客の気分になって楽しむことが出来た。
このカノ島への出航は誰の見送りも無く、夜中の暗闇の中、ひっそりと行われた。
もし日比谷会議の人間がこの場にいて、摩導具により自力で出港できる大型客船を目撃できたとすれば、今後の対応が大きく変わったのではないかと思われた。
新たな推進機関を得た船は、数時間もあればカノ島に到着できるので、朝まではカノ島の沖合で停船する事になる。
今度はカノ島のシールドを無事に通り抜けて、海岸で座礁しないぎりぎりの場所にまで近づき停止した。
そして周囲の海が明るく光りだしたころ、停泊していた沖合からでも、今度はカノ島を見ることが出来た。
その後船内では、カノ国評議会議長 西脇風太と、大型客船船長 イェジ・アダムスキの固い握手が行われた。
「ようこそカノ島へ。 そして皆さんが新たなカノ国国民となられたことを嬉しく思います。」
「このたびは、私共を受け入れて頂きましたことを大変感謝しております。
カノ国の事情も良く理解しておりますので、私達もこれからカノ国の一員として、少しでもその力になりたいと思っております。
よろしくお願い申し上げます」
そして、住居の準備ができた人間から順に下船していく事になり、カノ島での新たな生活が開始される。
まあ、人数が多い為に一度に下船は難しいので、多くの人たちはしばらく船内での生活がまだ続くのではあるが……
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
それは数日前の事であった。
「マリ姉、申し訳ないけれど、日本を出国する前までにお願いします」
「私が下賜するバングルについて、準備は間に合うの?」
「いや、さすがにその数だから、こちらからの出港までには揃わなかったから、横浜港の出港までには何とか準備して摩導ボックスで送るからお願いします」
これは、新たにカノ国の国民となる大型客船の乗務員たちのカノ国のIDである摩導バングルの手配についての話であった。
摩導バングルの授与はIDの承認を伴うため、必ずカノ国王族によって認証の儀が執り行われると言う決まりが有る。
これまでであれば、事前に大使館に移民に関する書類が提出され、その審査を通過した場合、名古屋のカノ国大使館に王族が出張して、ある程度をまとめて大使館で授与すると言う方法が一般的であった。
近年は、名古屋の大使館に王族が留まっている事はほとんどなく、カノ国評議会の議長である西脇風太からのお願いにより、急遽マリエが横浜港でその儀式を執り行う事になった。
「ねえ、ホーラ。
これって、本当に今日中に終わるの? 本当に最後の人ってどこかにいるの?
部屋の外でループしていて、皆もう一度並んでいるんじゃない? だって、さっきから同じ顔を何度も見たわよ」
「マリー様。
この部屋は一方通行ですので、それは有りません。 あれは三つ子の船員です。
ご休憩中に申し訳ありませんが、この認証の儀は王族の大事なお仕事です。
昔は沢山の人のカノ島訪問があったそうですので、何人もの王族で対応していたようです。
近年は、新たにカノ国を訪問する人はほとんどおりませんので、大使館への出張回数は少なくなっていましたが、それでも王族の誰かがそれを行ってきたわけです。
まあ、マリー様は西脇評議長にいろいろお願いをしているようですので、今回は多少は無理を聞いてあげるのも必要かと存じます」
これは、風太からのちょっとした意趣返しだったのかもしれない。
「えー、それにしたってこの数よ。
一生分の恩を売れそうな気がするわ。 うぇーん」




