7-9 二国間会談
皇居を訪問したマリエと遠藤所長は、陛下と昼食を一緒にしていた。
和食を中心に食事は進み、最初少し緊張も見られたが昼の宴も無事に終わり、陛下と打ち解けた状態で再び部屋を移動する事に成った。
そして、これからが今日の会談の本題である。
「今回の大失電につきましては、我が日本国民も大きな被害を受けております。
カノ国では無線通信とは異なる連絡手段をお持ちになられていると伝え聞いております。
私共は現在の世界の状況につきまして、いえ、この日本国内の事ですら良く伝わってはきておりませんので、もしカノ国の連絡手段で何かをご存じでしたらお聞かせ頂いてもよろしいでしょうか?」
日本と言う国が江戸幕府から明治天皇に返還された時、大日本帝国憲法により、すべての国民は君主である天皇の支配下にある臣民となった。
現代では民主化により象徴天皇となっているが、臣民であった日本人の命が失われることに対して、いまでも陛下はことのほか心を痛めていた。
「日本国民の方の多くの被害に際し、カノ国を代表して心からお悔やみ申し上げます。
カノ国は初代国王が隠れてしまってから、その子孫である私たち王族や国民による評議会によってカノ国は運営されています。
国としては10万人くらいの小さな規模しかなく、またカノ国ではもともと電気を使用していませんでしたので、今回の停電でもカノ国民はいつもと変わらず暮らしているようです。
私は大停電後に、まだ国には帰っていませんので、これは伝え聞くところですが」
「そうですか。
カノ国が無事と言う事をお聞きして安心いたしました」
「いえ、こちらこそ日本国と初代カノ国王の関係については良く知らず、知らぬうちに皇族・王族の繋がりも蔑ろになっていたようで、申し訳ございませんでした」
「マリー様は王族であられるのでお聞きされているかもしれませんが、何千年もの歴史を持つこの日本国の成り立ちとカノ国の白狼神との間には、永く深いつながりが御座います。
詳しくは極秘とされていますが、初代カノ国王様と白狼神が、かつてご一緒にこの屋敷を訪問頂き、その際に古からの『お預かり』を清算せせていただいたと聞いております。
そして、その際に初代カノ国王との連絡方法を預かっていたのですが、残念ながらそれは後に託された皇族の者では使用することが出来ず、カノ王との直接の連絡方法を失いました。
今も名古屋にカノ国大使館はありますので、いつでも連絡はできるのと思い本日に至ってしまいましたが、最近東京に領事館が有ると聞きまして、急いで使いを送らせていただきました」
「それでは無線通信以外の連絡方法、たぶん摩導通信の事だと思いますが、それをお持ちだったのですね。
多分その白狼神というのは、カノ国の礎のお一人であられる貴子様のヘルパーであるシー様の事だと思いますが、貴子様もすでにどこかにお隠れになっており、私もお会いしたことはありません」
「そうですか。 私も生き神様と呼ばれる御方にお会いできればと思ったのですが、残念です。
日本以外の国につきましての詳しい情報はわからないのですが、少なくともこの日本においては、現在大きな災いの渦中にあると言えると思っております。
そして、電気という物を失った事による困難は、これからさらに大きくなっていくと考えています。
今回の場合、地震、噴火、台風など厄災により日本が被害を受けたと言う事ではありませんが、電気の消失と言う文化の根底の喪失です。
もはや世界が電気という物に依存し過ぎている、いや文明自体が電気により作られると言っても良いと思います。
その元となる電気が喪失したため、現代文明は維持できず、大きく衰退し、電気を使わなかった古い文明も既に残っておりませんので、復興の足掛かりすら失っております。
日本を救ってください、など無理な話をカノ国にお願いするつもりはありません。
以前初代王様から頂きました摩導具につきましては、過去に国際的な圧力などもあり、残念ながら日本でも発展することはできず、私共もお力になれずに申し訳なく思っております。
しかし、もしお願いできるのであれば、カノ国の摩導具の技術につきまして、新たなお力を何かお貸し頂くことが出来ないでしょうか?」
「陛下、御顔をお上げください。
私は、その当時日本がどのように摩導具を広めようとしたか知りませんが、カノ国は小さな国であり、今はその国の中だけで経済はうまく回っていますので、結果的に特に問題はなかったのではないでしょうか?
それに、今回の大失電に付きまして、カノ国の評議会は他国の救済に否定的です。
陛下もお考えいただいた通り、カノ島の経済規模では、日本はおろか、東京ベースが有る小さなエリア周辺だけでもカノ国の人口の何倍もの人が住んでおり、その小さなエリアすら救う事は難しいと考えます。
今のカノ島の摩導具工場は、過去に生み出された摩導具の設計図を元に、それと同じ物を大量生産して作るだけなのです。
カノ島で必要な摩導具は初代王の時代にほぼ作られており、新たな摩導具の開発はそこで進歩を停めてしまい、新たな摩導具を創るという行いは、私の知り合いが小さな工房で個人的に細々と創っている程度になっています。
それと摩導具を造る為には、宇宙から地球に流れこむエターナルから作られたマナクリスタルと言う結晶が必要で、摩導具はマナクリスタルから得られるフォースが使われています。
しかし、今回の停電の元となった太陽活動により、地上でエターナルの結晶が造る事が出来なくなってしまったようなのです。
今回の太陽活動の影響として、カノ島は電気の影響こそありませんでしたが、逆に他の国では使われていないマナクリスタルについて大きな影響を受けており、今大騒動になっているようです」
「そうでしたか。 それは残念です。
我が祖先も摩導具を頂いたり、白狼神には不思議な力で助けて頂いたようで、それらの一部は今でも国の宝として伝えられている物もあります」
「先ほど初代のカノ国王と連絡方法があるとお聞きしましたが、やはり摩導具ではないかと思うのですが、使えなくなったそれを見せてもらうことは出来ますか?」
そう尋ねると、部屋に控えていた侍従が扉の外にそれを伝え、しばらくすると恭しく赤いビロードの上に置かれたトランプくらいの小さな一枚の板が届けられた。
「あ、これはやはり摩導具です。
今私の腕輪に、この物体が摩導具であると反応しています。
私たちカノ国の人間はIDを示す摩導具を腕や身に着けているのですが、陛下の祖先はカノ国のIDを持っていなかったので、これ摩導具自体が個人を認識する腕輪の替わりをしていたと考えられます。
そして、登録されている持ち主の方がお亡くなりになった為に、認識可能なマスターが不在となり、その為に機能を受け付けなくなったと思います。
反応を見る限り、今でもちゃんと動いているようですので、私のバングルであれば所有者を書き換えることが出来ますが、どうされますか?」
「それを行うと、どうなるのでしょうか?」
「もともと、カノ国初代王との連絡が登録されていたと思いますが、その通話先はもうありませんので、連絡先をカノ国にある王室と東京ブランチの2か所に変更できますよ。
その摩導具に呼びかけて頂ければ、相手に呼び出しが届きますので、通話が可能です」
「おお、それは是非お願いしたいです。
これは、故障していた訳では無かったのですね。
それと、あの、もし迷惑でなければマリーさんの連絡先も一緒に加えて頂くことは出来ませんか?」
「え! あ、私で大丈夫ですか? では、私のプライベートなIDですが、それでは通話先として登録しておきますね」
「これで、お互いに連絡させていくことが出来るようになりましたので、ぜひ我が国とカノ国の親交をより深いものにしたく願っております」
「あ、そうですね…… 私にはそのような力はありませんが、私もそれを願っています」
その後、今の陛下が知る過去の話などを聞き、いろいろと考えさせられるマリエであった。
特に初代王の活躍については、何故かカノ国よりも詳しく伝承されているようで、初めて聞く話が多かった。
しかし、今のカノ国に白狼神なる存在は無く、今行えそうな事は摩導具による技術支援くらいしか思いつかないが、それすらマナクリスタルの枯渇問題でカノ国自体も危機が迫っている。
当然そんないくつもの事情は陛下も十分に承知している。
そう、日本がまだ大和国と呼ばれていた時代に、大きな災いがこの国を襲った時、何度も白狼神に助けられてきたという言い伝えが思い出されたのであろう。
陛下が今回、急にマリエに会談を申し入れてきた背景には、やはりこの日本の現在の惨状を憂い、カノ島への援助を望んでいることが伝わっていた。
「どうか、この国を救う、いや一人でも多くの国民の命を救う力をお貸しください。
先ほどお話したように、この国は以前からあなたの祖先、初代カノ国国王よりもさらに遥か昔の祖先によっても助けられてきています。
これは長くこの国を率いてきました我が皇族としてのお願いです」
「陛下、私はカノ国の人間です。
この国の将来や文化を変えてしまうような事に、他国の人間である私が勝手に関わることは出来ないと考えています」
「それであれば、カノ国とでは無く、マリーさん、あなたと私との個人的な信頼関係で結ばれた盟約をさせていただけませんか?
あとで必要となる場合もありますから、この場で和親条約としての書簡を作成して、お互いに署名をし、交換公文とさせてください。
その書簡が、マリーさんがこの国で行動される際の大義名分にして頂ければ良いかと思います。
そしてマリーさんおよびその周囲の方々が、この国で活動した結果について、例え我が国に何かの不都合や不利益が生じたとしても、その責任は私が一切被ります。
これは私からマリーさんへお願いした事の結果ですので、それはすべて私の責任です」
マリエがこの国での活動に対し、あえて自身に制限を課していることは、影の存在により陛下に伝えられていた。
陛下はそれが悪い方に働くことを憂慮し、急ぎ本日の会談が催されたのであった。
そして、やはり赤いビロードに乗せられ、恭しく運ばれてきた2通の書簡の最後に双方の署名が行われると、二人の間に和親条約が結ばれることになった。
うん、実に手際が良い事である。
今日の会談はお互い初めての顔合わせと言う事もあり、昼を挟んだ2時間ほどで終わった。
そして、そろそろお開きかと思われる頃、こちらで働いていると思われる服を着た一人の女性が部屋に入ってきた。
「書陵部に残されていた記録で、過去の履歴を急いで調べさせたのですが、この者はそちらの畔上ホーラさんの親戚筋にあたる者の一人で間違いないようです。
たまたま近くに居りましたので、いきなりでしたがここに来てもらいました。
後日、またゆっくりとお話しされる時間を儲けたいと思います。
今日はご挨拶だけでも出来ればと思ったので、何とか間に合いました」
部屋に来た彼女の立場であれば、陛下に直接声を掛けられる事など、どれだけ望んでも絶対に叶わない事であり、紹介された彼女は突然の事でもあり、とても緊張した面持ちでやって来ていた。
かつて奈良時代のころ、彼女の一族は朝廷が移動の際に乗る輿である駕輿を担ぐ、駕輿丁という役職の流れを汲む末裔であった。
駕輿での移動中に、朝廷は宮廷内では決して口に出して頼むことが出来ないような内容を、駕輿の中から担いでいる彼らにこっそりと依頼をしていた。
そう、彼らは朝廷の密偵として、諜報活動や暗殺など裏の仕事を専門に行う一派であった。
畔上ホーラの祖先は、侍従として初代カノ国王についてカノ島に渡ることになったが、残された一族の者はその後も裏の仕事をこなし、駕輿を担がなくなった現在でも普段は庭園の庭師などとして陛下の側で活動を続けていた。
影からマリエを守っていた者達も、陛下の仕事を賜っている同様の一族の流れの一派であった。
二人は、陛下から紹介されると、すこし後ろに下がり何か話をしているようであった。
まあ、何代も音信が無かったため、お互いにその存在すら知らなかったようであり、今日のところは簡単な言葉を交わしたくらいであった。
陛下とまた会う約束をして部屋を出ると、外の馬車の元で所長と話す。
「マリエ君さ、君ってそんな偉い立場だったのか?
何か、国家間の重要な会談の場みたいな雰囲気だったぞ」
いきなり連れてこられた所長は良く分からなかったが、実際今回の面会は国の将来を揺さぶる事になる重要な会談であったのだ。
「いえ、所長。 私は私ですよ。
カノ島の宮殿に用事があるときに行く事は有りましたが、私はそこに住んでいる訳では無く、毎日ご馳走を食べて舞踏会をするなんてこともなく、普通にカノ国で暮らしてきましたよ。
たまたま、私の先祖に王族がいたというだけですよ」
「いや驚いたよ。 私はまだちょっと震えているよ。
君は陛下に対しても堂々とした対応で、陛下と同じオーラを君にも感じたよ。
でも、さっきの陛下の感じでは、君にカノ国の王族として強く何かを期待されていたようだから、うちの事務所も卒業かな?」
「私としては、これまであまり王室には近寄らないように、その為にこれまでの留学だってカノ島とは距離を取ってきたのです。
まだしばらくはカノ島に戻ることは考えていませんが、さっき菊の御紋の免状を貰っちゃったので、ちょっと一肌脱がなきゃダメっぽいですね」
「では、もう何かやる事を考えているのかね?」
「何も考えてないという訳では無いのですが、まだしばらく準備期間と考えていたので、ここまでは人任せにしてきたのですが、そろそろ私も動く必要がありそうです。
遠藤事務所にはまだ私の荷物が残っていますので今度取りに伺いますが、とりあえず、今この時点を持って退職とさせてください」
「そうか、長い間ご苦労だったな。
では君も頑張ってやってくれ。 まあ、君の事だから大丈夫かな?」
「ありがとうございます。
では、今日はホーラと戻りますので、ここで失礼させていただきます」
所長は自分の娘を見るような笑顔で、マリエに最後の別れを交わした。




