7-8 国家代表
国のトップである国家元首・首長には、皇帝・国王、大統領、国家主席などがある。
日本の場合、戦前の大日本帝国憲法では天皇が元首と定められていたが、現行憲法では元首の規定がない。
また世界各国では、国によって元首の他に、行政機関のトップとして首相が置かれている。
その首相の正式な役職名については、国により呼び方が異なる。
ドイツの首相は、連邦宰相。
ロシアの首相は、政府主席。
韓国の首相は、国務総理。
ここで日本国の首相と政府の仕組みを簡単に見てみよう。
日本の首相は、内閣総理大臣、通称だと総理大臣、総理と呼ばれている。
内閣総理大臣になるには、国会で行われる内閣総理大臣指名選挙に国会議員が立候補し、投票の議決数で過半数を得る事で指名され、その後天皇陛下から任命される
内閣とは、総理大臣と国の各行政機関の長となる国務大臣、これら閣僚と呼ばれる大臣で構成される。
国務大臣は総理大臣が任命し、過半数が国会議員であれば、民間からでも大臣の登用が可能である。
この辺はニュースなどでよく出てくる言葉ではあるが、意外ときちんと理解されていないのではないであろうか?
日本は司法・立法・行政を分ける三権分立と言っているが、法律を制定する立法は国会で行い、政策を執行する行政の長は内閣が握っている。
あれ? 国会の議決権の過半数を握っていれば、立法・行政ってどちらも同じ内閣がやっているという事だ。
今回の大停電が発生した時、その内閣を構成する総理と各大臣の多くは東京を離れていた。
内閣がおかしくなり政権交代の恐れがでてくると、行政までもが大きく揺らいで大きな影響を受けてしまう。
政権が交代してしまうと、日本を運営する行政組織のトップが入れ替わる事となり、それは行政の基本的な考え方すら大きく変える事になる。
会社で言うと、敵対的買収が行われ、ある日突然社長を始め重要部署の長が敵対する会社から送りこまれ、経営がすべて変わるみたいなものだ。
組織の方針が一気にひっくり返ることは、それまで必死にやって来た仕事がすべて無駄になる可能性が大きい。
今、その内閣が大きく揺らいでいた。
内閣を構成してきた人がほとんど集まっておらず、臨時国会を至急開催すべき時であるが、開催の召集を要求するだけの国会議員の人数も不足していた。
通信や交通機関がすべて止まってしまった事で、国会議員の多くが東京に戻れず、国家として災害への対応ができなかった。
日本の法律は、全国が同時に被災したこのような状況が想定されておらず、国会も緊急時に対応することが出来なかった。
そして、時間はかかったが総理大臣がようやく東京に戻ってきたが、その時点でも内閣や行政はまだまともに機能をしていなかった。
戻って来ない大臣の中には、亡くなった人もいるのかもしれないが、その事実すら確認ができていない。
世の中が崩壊状態に陥り、通信やお金は無く、教育や医療、裁判所も停止し、法律すら無視されており、リーダー不在の省庁は混乱するだけで、失われた仕組みを仕切り直す力は無かった。
行政は法律で縛られた部分が多い為に、指揮系統について素早く新たなルールを作り直す事が難しく、いきなり変化した社会への対応が出来ずにいた。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
東京、埼玉、千葉が交わる三県境にある東京ブランチでは、朝からちょっとした騒ぎが起きていた。
なんと、東京の外れにある東京ブランチに騎馬がやって来ていたのだ。
日本に騎馬なんていたの? って言う事もあるが、連絡方法が失われてしまった為、東京の街を騎馬で走ってきたらしい。
そして、やって来た騎馬は日本の皇室からの使者であり、その用件は、陛下が東京ブランチにいるカノ国の王族の人と話をしたいと言う事であった。
どうやら公にはされていないが、外国皇族が日本国内に住む場合、国としてその皇族の安全を担保するために、陰から見守る影の存在が陛下によって付けられており、これまでのマリエの行動もすべて陛下に報告されていたらしい。
使者の話では、陛下からカノ国王族にメッセージが有ると言うのだ。
現在日本にいるカノ国王族は、東京ブランチに暮らすマリエしかおらず、今日にでも陛下が会いに来たいとの事であった。
東京ブランチは大使館ではないので、外国皇族の来賓に対応できるレベルの設備を持たないし、またわざわざこのような状況下で陛下にいらして頂くことは出来ないため、使者への返事としてはマリエを陛下の元に訪問させる事になった。
そして、日比谷会議に出席しているマリエに、摩導通信でそのことが伝えられた。
日比谷会議にいたマリエの摩導バングルに、その連絡がほぼ同時に入っていた。
「やっぱり無理よねー。
確かに日本の陛下に東京ブランチまで来ていただくわけにはいかないわね。
それこそ立派な応接室なんかないし、そもそも車がつかえないのに陛下はどうやって東京ブランチまでいらっしゃるつもりなのかしら?」
「そりゃ皇宮護衛官による馬車だろ」
と、東京ブランチで使者に対応した人が答える。
「わぁー、馬車なんて見たこと無いから、それは一度見てみたい気もするわね」
「なに、はしゃいでいるんだ。
今回謁見するのは王族であるマリー、君だぞ!」
「あっ! そうだったわね。
どうしよう、確かに日本にいるカノ国王族は私しかいないけど、何を話せばいいの? 何着ればいいの?」
「まあ、向こうがここに来たいって言う話だから、何かこちらに対しての用件があるはずだから、マリーはそれを聞いていればいいんじゃないのか?
ここまで来てもらうくらいだったら、こちらからマリーが会いに行ってくれた方が、準備を考えると全然楽だよな。
使者の方を待たせておくのは悪かったから、とりあえずこちらから本日伺う事を伝えておいた。
あちらまでは、日比谷公園から近いのだよな?」
「今も私は遠藤所長と日比谷会議に出ているから、ここからであれば歩いて行けるわよ。
それと日比谷会議に出席中なので、訪問用のドレスではなく、服装は普段のスーツだけど仕方ないわよね」
「そうだな。
かえって後になるとその訪問の衣装なども必要になりそうだから、今日で良かったな」
「もう! 他人事だと思ってお気楽な考え方ね!」
影からマリエが日比谷にいる事は確認されており、陛下が面会可能な日程も使者に伝えられていたようで、今日が可能であればそれが一番で望ましく、結果としてマリエに本日昼に訪問してほしいと言う事に成った。
ただ、マリエは日比谷の午前の会議が終わってから向かうので、服装は礼装などではなく普段着であり、また12時より少し遅くなることを伝えてもらってある。
マリエ本人への連絡は、日程承諾後に行われていた。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「マリエ君、今日はなんか朝からずっとうわの空で、どうかしたのか?
今日の午後はどこか出かけると言っていたが、もう少しでお昼だけどどうするんだ?
私と一緒にテント食堂で弁当でも食べてから行くか?」
「えっと、所長。
確か、今日の午後は所長のスケジュールもしばらく空いていましたよね。
すぐ近くですので、もしよかったら、昼は私について来てもらえませんか?」
「嫌な相手にでも会いに行くのか?
だったら、マリエ君に一緒について行ってあげてもいいぞ」
「特に嫌な相手ではないのですし、食事は多分そこで出してくれると思うのですが、今朝急に会いに行く事になり、立場がカノ国人としてなのでちょっと気が重くって」
「何だ、そんな事か。
いつも明るい君が朝から心ここにあらずなので、何かとんでもなく悪い事でもあったのかと心配していたんだよ。
私でよければ一緒についていてあげるけど、時間は大丈夫なのか?
それといきなり私が一緒に行ってしまって、相手に迷惑じゃないか?」
「それは多分大丈夫だと思います。 あ、そろそろ歩いて行きますね。
では、所長。 是非ともご一緒をお願いします。 頼りにしています」
「頼りって、やっぱり何か厄介後とか、交渉事なのか?」
「いえ、まだ相手の用件は全く判りません。 ただ会いたいとだけ今朝聞いたので」
「ただ会いたいって、恋愛ごとだと私の出番はないけどな」
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「マリエ君、周りに何もないけれど、まだ着かないのか?」
「すみません、所長。 場所は日比谷公園の隣だと思っていたのですが、私もここに初めてきたので、この中って広いんですね」
「広いって、目的地は、ここ皇居なのか?」
「はい。 あ、そこのレトロなかわいい建物の中に警備の人が立っていますから、ちょっと聞いてみますね。
すみません。 私カノ国のマリーと言いますが、今日こちらに訪問するように言われまして」
「あ、マリー様ですね。 伺っております。
では、こちらで少しお待ちください」
警備員は敬礼すると、詰め所の建物から一歩外に出て、おもむろ腰から銃を取り出すと、それを空に向けて撃ち放った。
『パン!』
白い煙と共に大きな音が鳴り響き、それは空砲であり、無線が使えない状態での連絡方法なのかもしれない。
皇居の外れにある詰め所にいた警備員であったが、マリエの訪問の話はすでにここまで伝わっていたようだ。
そして所長と待っている間、遠くに見える橋の上を馬車が走っているのが見えた。
「わー、あれって馬車ですよね。 私、初めて見ました。
本当に馬が牽いているのですね」
「そうだね、私も以前テレビのニュースで、御成婚パレードや皇室行事でどこか外国の賓客を乗せているシーンを見た事が有るよ」
そう言っているうちに、その馬車は近くの石橋を渡り、そして運よく、見ているこちらに向けて走って来た。
近くで馬車が見れたと喜んでいると、馬の歩みをゆっくりと落とし、そのまま目の前を通り過ぎて行ったと思ったら、広場のなかで大きくぐるっと回わって、その向きをこちらに変えた。
再びゆっくりと戻ってくると、なんと彼女らの目の前にある詰め所の前に停まった。
馬車から御者が降りると、扉を開けて、赤い絨毯が周りに張られたステップを取り出し、馬車の前の地面に置かれた。
「どうぞ、こちらにお乗りください」
と、御者の人がお辞儀をしながら案内してくれる。
周りを見ても、他に誰もおらず、警備員もこちらを向いてお辞儀をしている。
「えっ! これに乗って良いのですか?」
「はい、ここは御所まで少し距離が御座いますので、こちらをお使い頂くようにと陛下から申し付かっております」
馬車を見てみたい何て言うフラグが届いたのか、まさか自分がそれに乗ることになり、白い手袋をした御者に手を取られ、訳が分からない状況のままマリエと所長は乗り込むことになった。
周りにいた人も驚いた表情で、馬車に乗り込む二人を見ていた。
二人が乗り込むと、馬車はすぐに皇居の中に向けて走り出した。
馬車は皇居の中をしばらく走り抜けると、ある建物の前で止まった。
扉が開けられると、今度は馬車の前に待っていた侍従の方に手を取られ、馬車を降りる事に成った。
今日のマリエはスーツであったのでまだ良いが、足元が見えないドレスで馬車の高さを降りるのはかなり怖いものが有る。
侍従の方の案内で室内に通されると、そこには陛下がすでに部屋で待たれていた。
そして、その隣にはマリエの従者である畔上ホーラも一緒にいた。
「本日はわざわざお越しいただきまして誠にありがとうございます。
初めてお会いできましたこと、大変嬉しく思います。
また、私共の先々代は、カノ国初代王といろいろ深いお付き合いをさせて頂いていたのですが、それから時間が空いてしまい、私もカノ国の王族の方にお会いできる日を楽しみにしておりました。
お聞きしますとマリー様は初代王妃様の血縁と言う事で、そのような方が日本にいらしていたことを存じておりませんで、大変申し訳ございませんでした。
今後は、皇族・王族としてもっと深いお付き合いをいただけますと幸いでございます」
実は影からの報告で、陛下は既に知ってはいたのだが、外交辞令である。
「陛下、御頭をお上げください。
こちらこそよろしくお願い申し上げます。
私は、留学の時から日本国にお世話を頂いていたので、特に日本国には大変感謝をしております。
私共が今暮らしております東京ブランチの土地につきましては、以前の陛下から譲渡され頂いたと伺っております。
また、カノ国を立ち上げた時、その時の陛下のお付きの方を何名か派遣頂いたそうで、その事は私もカノ国史で習いましたし、今もその子孫の方達と一緒に働いております。
あ、そういえば東京ブランチにも、その子孫となる人間はいます」
「そうだったのですね。
そちらの方も今度こちらにご招待させていただきます」
「陛下、そう言う事であれば、それは既に叶っています。
そこの、私の侍女である畔上ホーラこそ、昔カノ島ができた際、陛下のご祖先から遣わしていただきました従者の末裔にあたる者です」
「おお、そうだったのですね。
永きに渡りお勤めいただき有難うございます」
「滅相もございません」
そんな話をしていると侍従の人が陛下の側に近づき、そっと何か伝えられた。
「あ、食事の準備が整いましたようですので、宴の間に移りたいと思います。
ここは、私の住まいですので、本日はお気楽にお過ごしください。
ところで、そちらの方をご紹介いただけますか?」
「あ、遅れました、
こちらは、今私が現在勤めております遠藤建築都市計画事務所の遠藤所長で、高校留学の時からお世話になっております。
今、所長は都市計画のアドバイザリとして日比谷の会議に呼ばれていて、私も毎日、所長のアシスタントとして日比谷に来ています。
今日も午前中は所長は会議でしたので、ラフな服装での訪問で申し訳ございません」
「え、あ、はい。 陛下。 誠にありがとうございます
遠藤建築都市計画事務所 所長の遠藤建太郎と申します。
このような場は全く持って不慣れなものでして、どうぞご勘弁ください」
「ぷっ! 所長! すこし変ですよ!」
「日比谷会議ですか。 私もその会議の話は聞いております。
遠藤所長。 私に代わって、マリー様の支援をしっかりお願いいたします」
頼りにされた付いて来た遠藤所長は、先ほどからいきなりの展開に全くついて行けず、傍から見ていてもちょっとかわいい状態であった。
到着から赤くなったり、青くなったり、しばらく所長はそっとしておいてあげた方がよさそうだ。
「ちょっと、ホーラ。 ところで、あなたがどうしてここにいるのよ?」
「今回の陛下からの訪問の連絡を受けたのは東京ブランチですよ。
公式な場に出られるとき、私はマリー様とご一緒に同席する事が仕事です。
先ほど、こちらのお庭に摩導カートで到着しました」
「あ、そうだったわね。
初めてだけど、これは立派な王室外交ですものね」
こうして、日本国の皇族と、カノ国の王族の、それぞれの国を代表する二人の会談が始まるのであった。




