7-7 城岡高校 校庭マルシェ
城岡高校は、広い長野県の東側に位置している。
大きな都市でないこの地域には、銀行やATMなどは少なく、人々はここで暮らす為に、常に現金を自宅に置いていた。
都心や街では早い時期に現金が使えなくなっていたが、都会から離れたここまでは情報が届きにくく、それもあって停電後しばらくは現金が使われていた。
それも時間が経つことで、この町でもお金が使えなくなり、残っていた店もついには閉店してしまった。
城岡高校は、街の南側からすこし離れた緩やかに広がる丘陵地帯に位置し、丘陵の奥には山が迫っていた。
田畑などの農地が広がったその丘陵には、高校以外には店はおろか、住宅すらほとんど見当たらなかった。
目を凝らして周囲を見ると、点在している農家がぽつんと見つかると言った、とても長閑な場所にある高校であった。
その高校に、カノ国からの留学生 原田耕平は通っていた。
今も山の中にある、立派な一軒家の農家を借りており、そこで野菜を作りながら、一人で住んでいた。
この学校の生徒は、多くの人は街からのバスを使い、教師も自家用車で通勤していたため、停電発生以降の学校までの足が奪われ、学校は閑散としていた。
中には遠くから自転車で通学してくる人もいたが、教師も生徒も満足に出席していないため、自主的な自習状態が続いており、教室では出欠すら取られることが無かった。
「生徒会長、この野菜で良かったかな?」
「耕平君、いつもありがとう」
耕平が持ってきたのは、彼の畑で今朝取れたばかりの野菜であり、その野菜を受け取った生徒会長とは、城岡高校 生徒会会長の山岡有花 高校3年生であった。
高校3年は受験勉強となるために、生徒会の新たな役員を決める選挙を近く予定していたのだが、この停電によりそれどころではなくなった。
今、この学校には、野菜や食料品などを物々交換する小さな場所が設けられていた。
この物々交換は、登校してきた生徒の家で食料などが不足して来たと聞いた生徒会長の発案で始められた。
学校内ではあるが、生徒の生活に困窮が始まっていたため、生徒会長がなんとか教師を説得して、生徒会の運営ということにして、乗ってくる自転車がめっきりと減った駐輪場の軒下を借り、その物々交換は始められた。
学内での行為であるため、生徒会ではいくつかの規則を決め、生徒たちで運営を始めた。
そこではお金を用いずに、持ち寄った商品を互いの交渉により交換する場となっていた。
校長も不在であり、お金を使った商売ではないから、学校としてもそれくらいであれば良いだろうという程度の判断であった。
農家から通学してきている生徒がおり、農協が業務を停止しているため、農家は農産物を出荷することが出来ずに、次々と収穫時期を迎える夏野菜をどうするか困っていた。
耕平の野菜や農家の生徒が自分の家から持ってきた食糧や野菜などがその場で交換されていたのだが、その話を聞いた周辺の農家も 『何とかうちもお願いできないか?』 と参加するようになっていった。
「生徒会長、とても助かるわ。
夏野菜はどんどんできてくるし、育ち過ぎちゃうと売り物にはならないしね」
「本当に、生まれてくる卵を止めれないし、うちの親もここは本当にありがたいと言っていたわよ」
最初は農家の学生から参加が始まったが、当然それは他の生徒の目に留まり、何人もが家から何か持ってきた。
すると、ここで食糧を交換に来る人も増え、さらにその話を聞いた人もどんどんやってきた。
「あの、うちの家は洋服を売っていたのだけれど、ここで販売できる?」
「私の家は文具屋だけど、生徒会で筆記具とか不足していない?」
登校した子供から交換会の話を聞くと、商売をしていた生徒の家では、今唯一存在する交換の場への参加を希望した。
こうして、生徒の家の困窮を救うための小さな交換会であったが、学校の駐輪場の軒下から始まったそれは、すぐに駐輪場だけでは場所が足りずに、学校の校庭に向かってイベントテントが何張りか建てられていった。
校庭の多くが商品交換広場へと成長するまでに、それほどの時間は必要なかった。
毎朝野菜や商品を沢山乗せたリヤカーを曳いて、多くの人が早朝から学校まで歩いてやって来た。
授業は行われておらず、自習状態であったため、暇な生徒は積極的に生徒会の作業を手伝い始めていた。
生徒会では、校庭の場所割りを行ったり、自分たちが決めたルールが守られた取引がされているか、監視員が店を廻ってチェックしていった。
校庭には参加者により持ち寄られた色とりどりなイベント用テントが建てられ、さながら小さな祭りや、フリーマーケットの屋台のような様相となって来ていた。
耕平が持ってきた野菜は、生徒会が運営しているテントで交換されていた。
何人かの農家から、交換会への参加のお礼としてもらった野菜は、この交換市で調理・販売されている屋台の食材となっていた。
そう、交換市の周囲には生徒運営による何軒かの食べ物の屋台が出ており、生徒たちが調理する料理は簡単な内容ではあったが、ここには食べる物があった。
いま、食べる物を入手する事はとても難しく、ましてや温かい食べ物が食べられるここは大人気となっていた。
飲料水は、近くの湧水まで汲みにいったものが、大きなポリバケツに入れられて、校庭までリヤカーで運び込まれていた。
保健所などお役所は機能していないため、各屋台は生徒会により常に指導やチェックがなされ、衛生状態については気を使っていた。
屋台が増え、学校に人が多く集まってくると、やはりそこには多くの飲料水が必要となり、またトイレなども必要となってきた。
田畑の中に学校があり、校庭の周囲には農業用水が張り巡らされていたので、校庭にまでその水路を延ばし、水を校庭の中に引き込んできた。
用水の水利権を持つ周辺の農家は、全てがこの交換会の参加者であったので、これは積極的に推進された。
また校庭に引き込む用水路の入り口には、水の濾過を行うためにいくつかの小さな沈殿池が作られ、そこを通った水は飲料水として使えるように計画された。
これは登校していた化学部の発案で、運動部の男子にお願いして、新たな溝を堀り、水路の確保が行われた。
また、上水道として流れ込んだ水を、今度は排水ができるように、下水となる排水路も別に準備し、その出口には浄化槽を設け、排水を川へ戻すように工夫された。
この地域には、数百年の昔から灌漑用水が作られてきていたので、参考になる用水の資料が資料館などに沢山残っていたのが幸いし、わざわざ大きなポリバケツで毎日水を汲みにいかずとも、いつでもふんだんに水が使えるようになった。
さらに屋台が増えてくると、物々交換での取引はかなり不便となってきたため、生徒会で商品を買い上げ、ポイントと交換するチケットを発行する事になっていった。
生徒会の買取テントに商品を持ち込むと、そこで価値が査定され、それに応じたポイントのチケットを発行してくれる。
チケットがあれば、重い商品を持ち歩きながら各屋台と価格交渉をせずとも、チケットを渡すことで物が買えたり、ご飯が食べられる。
生徒会が買い取った商品は、数がまとまると各屋台に卸ろされたり、半端な物は生徒会の直営テントで販売されたり、食材へと変わって行った。
『城岡高校 ポイントチケット』の誕生であった。
美術部が銅版画とシルクスクリーンの技法を用いて作ってくれたチケットである。
ここでは日本政府が発行した円通貨は信用されず、この学校に生徒会の発行するチケットは周辺の人々から信用されていた。
このチケットの案は、生徒会長が幼き頃にやっていたお店屋さんごっこからの発案であった。
発行者が、『子供銀行』から『城岡高校 生徒会』に変わっただけの事であるが。
校庭での商売を行う場合、これまで通りの物々交換については制限しないが、いずれの店であってもこの交換チケットは使えるようにと生徒会から指示が出た。
これまで行われてきた、毎回店ごとに異なる相手と交渉する取引とは異なり、生徒会の買取店を挟む事で、多くの人が安心して取引が出来るようになった。
ただ、季節で取れる野菜など、同じ商品が買取に一気に集まると、それは値崩れを起こし、逆に人気ある物は引き取り価格が高くなるようになった。
これこそ正しき経済の流れである。
生徒会の買取数が増えてくると、買い取りポイントが示された表示ボードの数字が次々と変更されていき、これから買取をしてもらうために並んでいる人からは小さな悲鳴があがっていた。
「えっ! これ今朝は500ポイントで買ってくれていたのに、300ポイントにまで下がっちゃったよ!
さては、誰かこれと同じ野菜を大量に持ち込んだな。
あーあ、先に売っている物を確認して市場調査をしていたんだけど、これだったら朝来た時すぐに売っておけばよかった……」
まあ、その逆もあるので何とも言えないが。 でも、欲を掻くと、だいたいは損をする。
生徒会の買取店の前に張り出された買取ポイント数は絶対であり、そこで交渉してレートを変えてもらえる事はできない。
それが受けいられないのであれば、商品の物々交換をしている店舗と直接交渉するしかないが、店舗もややこしい話を持って来る客は敬遠され、ほとんどの店舗はこの買取ポイントでの取引一本となって行った。
この頃になると、校庭には高校関係者以外の店舗の方が多くなっており、数の増加に伴い水や運営管理などの負担も大きくなり始め、生徒会と出店者の話し合いにより、出店者は運営経費の負担金を生徒会に支払うことになった。
それまで出店は無料であったため、この費用徴収の話を持ち出すのには、店舗側からの反発が予想された。
しかし、水路の建設や周辺警備などこれまでも生徒会では費用が掛かっていることは誰の目からも分かっており、それよりもこの会場を追い出されるのは死活問題であり、既にかなり稼がせてもらっていたこともあり、皆喜んで協力をした。
生徒会会長が駐輪場の軒下で始めた小さな野菜交換会は、世間が現金すら使えない状態であるにもかかわらず、小さな市場 『城岡高校 校庭マルシェ』へと進化していった。
生徒会には負担金が集まってきたので、それを元手に校庭周辺の農家から土地を借り上げ、周辺を含めた土地に広げる計画が立てられた。
周辺の農家の多くはここの生徒の親や交換市の参加者であり、その話に積極的に協力してくれて、生徒会としては当初考えていたより広い土地を使用することが出来るようになっていった。
ここでも、生徒会長が中心となって、計画が進められていった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
カノ島にあるプランテーションからぼやき声が聞こえてきた。
このエリアには、見渡す限り沢山の摩導プランターがずらりと並んでおり、カノ島の生活で必要となる食材や花などの植物を育てている。
ぼやいていたのは、カノ島の大規模農園であるプランテーションの管理者である。
「もう、マリーさんったら無茶ぶりなんだから」
日本にいる彼女から先日大量の野菜類の発注が行われ、その際に彼女とは知り合う事になった。
その発注は、これまでのプランテーションのルーチンワークでは対応できなかったので、あれ以来その生産調整で大変なのに、そんな最中にまた彼女からお願いが入ってきた。
しかも、その話はこのプランテーションで作る農作物の話ではなく、なんと摩導具を造ってほしいと言ってきている。
マリーさんの注文というのは、ここで使っている摩導プランターと同じような機能を持った摩導具が欲しいという話なのだが、如何せん摩導具を作るのはうちの仕事じゃない。
確かに摩導具を作るのには、どういう機能が必要で、それがどのタイミングでどのように動作するかなど、作る事よりその機能設計が重要である。
特に園芸用の摩導具を作る為には、摩導具を作る知識に加え、どうしても植物の知識が必要となるのだ。
断ろうとしたが、お願いだけされると、さっさと摩導通信は切られてしまった。
念のために評議会に許可の確認を取ったら、議長から直接連絡が来てしまった。
「そうか、それについては君のところに依頼が来たのか。
いまどこもマリ姉からの依頼で手一杯になっているから、この分だと少しでも仕事ができそうな部署にお願いしているな。
まあ、君の部署ならば内容的に妥当な判断なのかな?
君のところ以外で余裕が有るところは多分もうないから、申し訳ないがちょっと協力してやってくれ」
「ええ! うちも手一杯ですよ」
「いや、それでも他に比べると君のところは、僕から見てもまだ余裕あるように見えるよ。
今、他の部署では、もっと厳しいマリ姉の無茶ぶりが入っており、僕の口からではとても言えないような、本当にひどいブラック状態になっているから。
あの人、日本にいながらも、カノ島の各部署に潜在的に眠っている隠れスキルまですべて把握しているんだな……
評議会としても、これからは見習わなきゃいけないな」
そう言われてはしかたなく、彼はその機能仕様書を作成し、摩導具づくりをしている友にそれを作ってもらうようにお願いする事になってしまった。




