7-6 人材スカウト
新宿にあるコンビニの壁に、1枚の紙が張り出されていた。
ここは住所的には大きなビルが乱立する新宿ではあるが、6丁目くらいまで来ると様相はビル街とは異にし、周辺には低層の戸建民家が密集しており、そのコンビニは民家の中にある数少ない店舗であった。
かつて新宿付近にあった人の流れは消えており、シャッターが閉じてしまったそんなコンビニの壁などを気に留める人などおらず、その張り紙を見つけた人はほとんどいなかった。
その張り紙には、『アルバイト募集』 そう書かれていた。
たまたまその張り紙の文字が目に入った人も、こんな時代であるため求人募集などは考えられず、以前に貼られた張り紙がそのまま残っているのだと勝手に決めつけていた。
今、その張り紙の前に二人の男女がいた。
「なあ、この募集って本物かなぁ?」
「そうね、だって書いてある説明会の日付が今日の深夜でしょ?
でも、なぜ真夜中なの? 今もコンビニは深夜営業をしているってこと?」
「今、夜の道は真っ暗だぜ。
そもそも夜は鐘が鳴らないから時間が判らないし、暗闇の中をどうやって歩いてくるんだ」
「まあ、私達だったら家が近いから大丈夫そうだけどね」
彼らは、このコンビニのすぐ近くに住んでおり、二人は子供のころ、この周辺で遊んでいた仲であるが、別々の高校へ通うようになると疎遠となっていた。
家の中にいてもやることが無く、日中は外でぶらぶらしていたところ、家が近いのでばったり出くわし、それ以来は道端でよく話をしている。
「最近私んちもいよいよ食料が厳しくなってきて、もうこの近くでは食糧は手に入らないって、私の親も言っていた」
「俺んちも同じだよ。 と言って俺たちが出来ることが無いし、アルバイトすらできないしなぁ」
「ねえ! どうせダメもとだけど、今夜この説明会にちょっと来てみない?」
「でもこれが本物の募集だとして、アルバイトしてお金を稼いでも、使える場所も無いしなぁ」
「でも、これ見ると時給のところにチケット配布って書いてあるけど、これなんだろう?」
「あとさ、俺たち高校生だけど、今夜の説明からして、深夜にバイトなんかさせてもらえるのかなぁ?」
「まあ、いいじゃない。 シフトが深夜かどうかもわからないし、その為に説明をしてくれるのでしょ?
来てみようよ、ね!」
「そうだな。 もし張り紙が本当でも、そのチケットというものが何だかわからないけどな。
おじさんが歌うコンサートの入場チケットだったらがっかりだけどな」
「まあ良い方に考えて、今から寝ておいて、今夜ここに来てみましょう!
時間は、私の家におもちゃの目覚まし時計があるから、だいたいの時間だったら分かるから、時間になったら君んちに寄ってあげるわよ」
「おもちゃの目覚ましって、子供のころに遊んでいたあれか?」
「そう、懐かしいでしょう。 ねじを巻いたらまだ動いたのよ。
あまり正確じゃないけれど、唯一の時計だから鐘の音で絶えず合わせているわ。
ちゃんと目覚ましベルも鳴るし、日中に太陽の光を当てておけば、暗くなってもしばらくぼんやりと時間や針が見えるので、なんとか夜でも時間はわかるわよ」
「あのプリンセスの絵が描かれたピンクのアレか。 確かに懐かしいな。 では10分くらい前に来てくれるかな?」
「うん、わかった。 じゃあね!」
「では、夜中によろしく!」
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
マリエは、この日も遠藤所長と日比谷会議に出かけており、公園内のベンチに一人で座って、いつものように配給されたお昼の弁当を食べようとしていた時の事である。
今日はベンチでお弁当を食べている人が多く、ほとんどのベンチがすでに埋まっており、一か所だけ一人でお弁当を食べている女の子がいた。
「ここ、相席させてもらってもいいですか?」
「あ、いいよ! 好きに使ってね」
「ありがとうございます」
ショートパンツから伸びた足と、ちょっと派手な服の女の子は、同い年くらいかなって思えた。
日比谷会議では、これまであまり見かけたことがない女の子だった。
女の子はほとんど食べ終わりに近く、マリエはその横に座ってお弁当食べ始めた。
さっきちらっと見えた彼女のお弁当も同じものであったので、多分日比谷会議で配布された物だ。
しばらくすると、若い男の子が二人、ご飯を食べている私のベンチの前にやって来て、もじもじしながら話しかけてきた。
「あのー、ウワちゃんですよね。
ネット配信されていた時、あなたの動画をよく見ていました。
ネットが無くなってしまい残念ですが、頑張ってください」
声を掛けられたのは私じゃなかったのかと、マリエは思っていると、
「あ、私のファンの方でしたか。 ありがとねー。
でも、こちらの方はまだ食事中なので、今日はこの辺でね!」
そういって、やって来た男の人をさっさと追い払ってしまった。
「ごめんなさいね。 食事中なのに、驚いたでしょ」
「あ、もうすぐ食べ終わりますので、こちらこそ。
ファンの方ですか? せっかくいらしたようなのに申し訳ありません」
「いえいえ、そんな事ないよ。
わたしさー、ネットが使えていた時は、自分でコンテンツ作って、それをネットで配信していたのよね。
結構フォロワーがいてくれてさ、私の配信を見たこの近くのラジオ局の人が、私に番組を持ってみないかって声かけてもらったのよ。 ラッキー!
ちょっと面白そう! ぐらいの気持ちで引き受けたら、その番組は、平日やってる毎日の帯番組でね、それも朝早い時間の生放送だったのよ。
朝早くに遠くからここまで通うのは大変でしょ。
ネットでそこそこ稼がせてもらっていたから、思い切ってこの近くのマンションに引っ越してきたのよ。
ネットの配信は、引っ越してもどこからでも出来るしね。
で、そうしたら今回の大失電でしょ。 それって一発で大失業よね。 ショック!
今住んでいるマンションでは、食事やトイレすらできないから、暗くなる前に寝に帰るだけ。
先日、日比谷会議の野外音楽堂でお弁当貰えることがわかったので、それをもらって暮らしているの。
最初は、お弁当目当てだったけど、これまであんまり考えてこなかったことを、ここではみんなで真剣に考えているの。
多数決会議って結構面白いよ」
「そうですか。 あ、私はマリエと申します。
私はバイト先の所長が都市設計のコンサルをやっていて、ほとんど毎日こちらの会議に出席していますが、私自身は所長のアシスタントして会議に参加しています。
あの、うわさん? ですか、タレントをされているのですね。
すみません、私あまりテレビや動画配信は見ていないので、まったく存じなくって」
「あ、ごめんね。 私は、ウワちゃん。
本名は宇和香苗っていうんだけど、口癖ですぐに『うわっ』って叫ぶのと、配信中にお酒飲んでいたら、いつのまにか、蟒蛇のウワちゃんって呼ばれているんだよ。
失礼よね。 でも、それでネットで人気出てラッキー」
「あ、私はお酒は飲まないので、あまりよくわからないのですか、そんなに沢山飲まれるのですか?」
「私が20歳になった記念として、配信中に一人乾杯をしながら初めてお酒を飲んだのよ。
自分じゃわからなかったけど、その時どうも結構たくさん飲んでいたらしく、配信見ていた人から大酒のみって言われたんだけど、配信中にお酒飲んだのはその一回きりなんだけどね、てへ!?」
「そうだったんですか。
でも、今はネットは無くなってしまって大変ですね」
「そうなのよ!
ネット配信も、ラジオのキャスターとしても、どちらももう仕事が無いのよね。 アンラッキー。
ネットは一切繋がらないし、アナウンサーも、ディレクターも放送局自体が全滅しちゃったし、他の芸能人の人もテレビ局が無くなってしまったから、活躍の場がないし皆困っているみたい。
この大失電で、多くの職業が一度に消えちゃったからほんと大変。 みんな、今頃どうしているのかなー?
まあ私達だけじゃなくって、お世話になったマスコミや出版関係者や、飛行機のパイロットやCAさん、運転手さん、銀行の人、以前よく行ったお店の店員さん、中にはネット小説の作者なんかも路頭に迷っていると聞くわよね」
「あの、ラジオってどうやったら作れるのですか?」
「え? はんだ付けしてじゃなくって?
え、本当の放送局の事?
それだったら、私も詳しくは知らないけど、番組作る放送局があって、電波を送信する送信所があって、無線局の免許取って、いろいろ大変そうだよ」
「もし、ラジオ放送局があれば、ウワちゃんさんはそこで番組作って話すことは出来ますか?」
「ウワちゃんさんって変な言い方!
ウワちゃんでいいよ。
ひょっとして、日比谷会議で何かするの?」
「いえ、この話は日比谷会議とは関係ありません。
私は多くの人に情報を伝える方法がないか考えていたので、もしウワちゃんが一人でラジオ番組が作れるのであれば、それもありかな?って、今思ったの」
「あなた、マリエさんだっけ。
もう今は電気は使えないのよ。
マリエも知っていると思うけど、ラジオには電気とか電波がいるから、もうこの世界から永遠にラジオというものも無くなってしまったの……」
ラジオが無くなってしまったと言う言葉を、ちょっと噛みしめるように語るウワちゃん。
「今ね、私の知り合いにこれを作ってもらっているのよ」
そういって、マリエがポシェットから出したモノは、大きさから名刺かと思われたが、それは何も印刷されていないただの白い紙であった。
「この紙が何か?」
「それが今度作るラジオみたいなもので、私たちは摩導ラジオって呼んでいますけど。
それは、まだ試作品なので、真っ白のままです」
「はは、びっくり! これがラジオになれば、本当にいいね。 ハッピー」
ちょっと残念な人を見るように、ウワちゃんは白い紙をマリエに返そうとしてきた。
「これに足りないのは、コンテンツなんです。 でもウワちゃん、貴女がいればできると思います」
マリエは、そう言いながら自分のバングルに手を掛けると、
「うわっ! え! 本当にラジオだったんだね、これ!?
こんな薄い紙から、音楽が聞こえるわ、これ! ウワ!ビックリ!」
「少し音量上げてみますね」
すると、小さな名刺の紙とは思えない程、大きな音で音楽が公園に広がった。
公園のような開けた空間では音が逃げてしまうため、大きな音を鳴らすことは本来難しい。
周りにいる人の注目を浴びる前に、すぐに音量は下げられた。
「えっ!? これが、ラジオが、本当に出来るって言うの!
電気が無いのに、電波が使えないのに、どうやってラジオが聞こえているの?」
「ここに電波は使っていませんので、だからこれは正確にはラジオではないですけどね。
システム全体をまだ試作中で、コンテンツが有りませんので、聞けるのは今のところその曲だけですから、これはラジオと言うよりまだミュージックプレーヤーの段階ですよね」
「今聞いている音楽は、この紙? プレーヤー? の中にダウンロードされているの?」
「いえ、サーバと呼ばれる場所に置かれた音楽を、摩導通信という特別な通信を使って、その摩導具からリアルタイムで流しています」
「だったら、やっぱりこれラジオじゃん!?
ところで、その摩導具ってさ、何? さっき言った摩導ラジオってどういうこと?」
「摩導ラジオは、摩導通信と言う電波とは異なる方式の無線通信機です。
その摩導通信を使って、ラジオ放送を行おうと考えています。
さっき言ったサーバから送信した放送は、これから作る摩導ラジオで受信できます。
使うのは摩導通信なので、電波の免許制度は適用されません。
もっとも、無線局免許と言う言葉自体、今となってはすでに過去の遺物ですけどね。
ところで、ウワちゃんはカノ国って興味ありませんか?
カノ国の国民であれば、摩導具をいろいろと操作することができるので、その摩導具を使って自分でも番組を作ることが出来るのだけれど。
もしその気が有るのであれば、私が頼んであげるから、国民に応募できるわよ」
「だったら、それでラジオが復活できるの?」
「いえ、みんながこれまで持っていたラジオは電気で動くので使えません。
これから新たに作る摩導ラジオを持っている、まだ一部の人向けの特別な放送になりますけどね」
「やる! やるやるやる! 私やりたい! 絶対やらせて!」
「そんなに簡単に言って本当に大丈夫?
当面仕事する人はウワちゃん一人しかいないけど?」
「そんなのネット配信の時と変わんないじゃん! 私は自撮りで編集まで一人でやってたよ。
あ、そういえば使える機材が何もないや…… やっぱダメじゃん」
「あ、それは大丈夫。
さっき言ったように摩導具を使うから 例えば、それ」
マリエは空中を指さした。
「えっ! 何それ! 空中に何か浮かんでいるじゃん! いつからそこにいたの? 全く気が付かなかった。
音やプロペラが無いけど、それってドローン?」
「これは、最初から私の横にずっといたわ。
見えないわけではなく、人の意識では気が付きにくいような工夫がしてあるの。
これは摩導カメラだから、撮影は映像付きで行っているわね。
今回作るのはラジオだから、写した画像は摩導ラジオでは見れないけど、そこから音は聞こえるわね。
今録音したのを流してみるわね」
マリエがバングルを操作すると、さっき ウワちゃんが発した「ウワッ!」ってセリフが摩導ラジオから聞こえてきた。
「やる! やるやるやる! 私やりたい! 絶対やらせて!」
さっき自分がしゃべった言葉を聞いて、いろいろな番組が一気に頭の中に浮かんだようで、彼女の目にハートが浮かんでいた。
「これ、カノ国というのに入信すれば、私もそれ使えるの?」
「入ると言うか、宗教じゃないんだから。
カノ国民になれば、このバングルとは形は異なるけれど、国民には摩導具をコントロールできる腕輪が貰えるわ。
そしてバングルが使えれば、この摩導カメラや映像の編集、配信など、摩導具の操作が出来るのよ。
でも、カノ国民になるということは、国籍がカノ国に変わるけど、本当に大丈夫?」
「すっごいわね。 ハイテクね。
マリエは国籍と言うけど、こんな状態となって、そもそも日本って国が残っているってまだ言えるの?
いまさら私に国などと言う縛りはないわよ。
私は自由よ! フリーダム!
で、いつから活動を始めればいいの? 私いつでもオーケー牧場よ」
若いのに、なぜ古いギャグを知っている。 ガッツだね。
「じゃあ、まずカノ国の国民になってもらう為の手続きが必要ね。
それまでの連絡用に、この指輪を渡しておくわ。
私は、毎日ここにきていますけど、カノ国大使館の人からその指輪に直接連絡がいくと思うので、よろしくね」
「はい!
よろしくお願いしますですます!」
そういうと、久しぶりに希望とやる気が取り戻された彼女は、すくっと立ち上がって、マリエに敬礼してお礼を言った。




