表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルネサンスの女神様 - ねえ、電気つけてよ!  作者: 亜之丸
パラダイムシフト [2週間後]
46/64

7-2 お金の信用力

 ほんの2週間のうちに、日本の文化は文明開化以前へと逆戻りしてしまった。

 それまで当たり前に使われていた、生活の基礎となる近代文明は過去の遺産となり、それをもう一度生み出すだけの力は失われていた。


 もっとも、この近代文明と言われるものは、たかだか近年の百数十年の間に築かれた文明であり、それまでの江戸時代以前には存在しなかったものである。

 それは何も日本に限った事ではなく、近年数千年の人類の歴史を眺めてみても、この200年ほどで進められた進化には明らかに異質なものがあり、人類にもたらした変化は激しく、そこには何かが起きていた。


 これまでにも、いきなり文化の歩みが進められてきた事が有った。

 そこには、まるで異世界の文化を知っている人物がこの世界に現れたのではないか? と考えた方が良いのかもしれない。


 過去では500年程前に現れたレオナルド・ダ・ヴィンチ、江戸時代では平賀源内、近代ではニコラ・テスラなど、彼らはその時代にはない発想を生み出す者であった。

 また、それらの生み出す知恵や発明を使い、次々と製品化していったトーマス・エジソンや日本では渋沢栄一などがいる。

 彼らは、それら製品が使われている世界を見た事が有るのではないだろうか?

 その為に、発明が行われる前から(・・・)その有用性を知っており、それが現れると資本主義に取り込んで、巨大産業を生み出し経済を一気に発展させて世の中に送り出していった。


 特に電気と通信の登場は、それまでの文明をすっかりと変えてしまうパラダイムシフトを起こすことになった。


 今では、小さな子供であっても小さなカバンから自分のスマホを取り出し、それで外国を旅行している両親とも自由に、それも互いの顔を見ながら通話ができる。

 人工衛星からの情報により、誰もが無料で地球上のどこに自分がいるかを知ることができ、その場所の現在のニュースや将来の予想天気を知ることができる。

 太平洋上を単独横断しているヨットの冒険家の現在位置すら、湯船でスマホの地図を眺めながらピンポイントで知ることが出来る。


 腰のホルダーから取り出したコミュニケーター(携帯端末)を一振りして、パカッとパンチメタルの蓋を開けると、惑星上のあらゆる場所の人と音声通話ができる。

 これは昭和に放送されていたテレビのSF番組の世界であったが、シャツの胸ポケットから取り出した、手のひらサイズの薄いスマホの性能は、その夢物語の技術を既に超えていた。


 文明の基礎である電気が失われた事で、そんな高みにまで登った文明を、もう一度原点から再構築する必要に迫られている。

 電気は失われてしまったが、今すぐであれば その電気を使って生み出された技術は残っており、そしてその知識もまだ人類の記憶に残っている。

 しかし、これら残された物が全て使い果たされて、その記憶すら世の中から消え去るのにはさほどの時間はかからないと思われるため、我々は急ぐ必要があった。



 これまで人はお金のために働くという考えで行動しており、この2週間はそれまでの考えで、お金にはならないので働かないと言う考えが続いてきた。

 ただそうは言っても、人は食べていく必要がある。

 配給などの施しも終わってしまい、このままの状態が続くと、お金がもらえ働ける場所がない、そして働かないと自分が飢えるという、こんな単純な事にようやく気が付いた。


 お金を目当てとするのではなく、とりあえず自分が動き、そしてその動いた結果がぐるっと回って、そして自分達も食べることが出来るんだ と言う考えをしていかないと、人類は滅んでしまうと理解した。

 会社の経営は崩壊しており、給料が出なくなっている工場では、それでも従業員たちは出社し、自分たちで工場の再操業ができないかという行動に変わり始めていた。


 給料を貰う事はできないが、社会が回り始めることが出来れば、やがて自分の家族も食べさせられるのではないかと、皆ひもじい想いながらも働くことを始めていた。

 町では行商がぽつぽつ現れ始め、物々交換も始まっており、復興の小さな炎が灯り始めたことを、皆が少しづつ感じ始めていた。



 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



 この頃になると、日比谷会議の復興分会は強い焦りを覚えていた。


 この分会は、通貨問題に関して担当をしていた。

 円貨が使えなくなっていることは十分理解しているのだが、それに代わるべき通貨を作り出す出来ていない。


 そしてそれがないと、仕事の発注や、売り買いと言う基本的な商行為すら行えず、国民が食料などを買うことが出来ない状態になってしまっている。

 復興を進める為には、誰もがどこでも使うことが出来る『生きた(・・・)お金』が必要なのだ。


 通貨が流通するには、それが確かに使えるという信用の裏付けが必要であり、その信用力(Credit)があってこそ 丸い金属板や印刷された紙切れを『お金』として初めて認識してくれる。


 近年では電子通貨が広がり、全く現金を持っていなくとも生活が可能となっており、通貨が持つ重要性は以前から比べると薄れていた。

 そこにやって来たのが、今回の停電である。

 その電子通貨では、口座に預けておいた自分のお金を使う事ができず、手元に残った通貨も使用できなくなると、通貨システムが破綻した。


 このような状態になってしまい、復興分会では一度破綻してしまった通貨システムを、どのようにすれば復活させる事ができるかが大きなテーマであった。


 しかし、言葉の通り一度破綻した通貨を用いて復活させてしまうと、それはそれで確実に大混乱をきたすため、これまでとは異なる通貨を用いる必要がある。

 特に、国立印刷局の印刷機や造幣局の鋳造・圧印機が使えない状態で、日本全国で必要とされる新しい通貨をどうやって大量に作るかも問題となっていた。

 純金などの貴金属は一般生活に流通していないため、多くの人が使用する通貨として取り扱うには問題がある。



 そこで、まだ正式な通貨にするには程遠いが、最初の通貨復活の為の実験として、日比谷会議発行による食料の配給券を作り、それを配布することになった。

 都心のマンションなど、高層の住宅に住んでいた人の多くは、すでにそこでは生活が立ち行かなくなり都心から移動してしまったようである。

 しかし、都心であっても、全てが高層ビルというわけではなく、奥に入るとそこには今でも戸建て住宅や低層のアパートもあり、そこに住んでいる人たちはまだ都心に残っていた。

 日比谷公園の周辺地域でも住民は大きく減っていたが、近くで会議が行われていることもあって少しの人は残っており、配給券を配布する実験範囲としては適していると思われた。



 いろいろ検討されてきたが、新たなお金を印刷する事はあきらめ、従来使われてきたお札を再利用する事になった。

 国立印刷局で印刷・保管されていた、まだ市中に流通していない新しい1万円札が、造幣局の工場に持ち込まれた。

 そして、造幣局にあった金型を用い、紙幣1枚ごとに押し型がプレスされていった。

 その凹凸のある押し型には特別な文様が入っており、それを透かし部分に押し付ける事で、お札に非常に精密な浮彫りが付けられた。


 最近はあまり見かけることがなくなったが、これはエンボスと呼ばれている加工方法であり、偽造防止のために証紙などに押されていた。

 今のクレジットカードは表面は平らであるが、以前のクレジットカードは表面にローマ字で名前が浮き上がるようにエンボス刻印がされていた。

 以前はオンラインでクレジット決済処理など出来なかったため、カードを使う場合は毎回お店はカード会社に電話をかけて与信確認が行われていた。

 お店はカード会社からの与信が確保できると、お客さんのクレジットカードを借りて、店にあるインプリンター(IMPRINTER)を使って、カード上にエンボスされた名前を決済伝票に転写していた。

 クレジットカードによる決済も、クレジット会社の信用力により、取引に通貨を介さずに売買を行うことが出来る方法である。


 話が少しそれたが、この従来の紙幣を再加工する方法には大きな利点があった。

 まず、お札にはすでに精巧な偽造防止加工が施されており、簡単には偽札を作ることができない。

 そのお札に、更にエンボスを入れる事で、以前の札と今回配布する札との区別がつく。

 特になじみ深い紙幣であれば、多くの人が偽札に対して区別がつきやすい。


 以前であればこの方法は自動販売機やATMなど、紙幣を認識する機械の中にエンボス部が引っ掛かってしまい、物理的に使用できない方法であったが、お札を投入する機械が動かなくなった今でこそ使える方法であった。

 ただ、このエンボス加工を行うには人手が必要であり、大量に製造する為には多くの人で同時に作業する必要がある為、当面は日比谷周辺での実証実験だけに留める事になった。


 そして、これまで日比谷会議の参加者に無料配布されてきた配給食糧や弁当に代わり、このエンボス紙幣が配られた。

 会議参加者や公園周辺から来ている協力者は、公園内に建てられたいくつもの食料や日用品の販売テントで、このエンボス紙幣を用いて温かな食事や食料品などと交換する事になった。

 そこは、ちょっとしたお祭の屋台のような華やかさを持っており、しばらく買い物などが出来なくなり、暗くなっていた人たちは、久々に笑顔を取り戻すことになっていた。

 また、会議に直接参加者している人以外にも、会議に協力している研究所や企業などもこのエンボス紙幣は渡され、そこの総務の人たちは何台ものリヤカーを曳きながら、日比谷にまで食料を買い付けに来るようになっていた。



「おじさん、このソース焼きそばを1つくださいな!」


「おっ、マリエちゃんかい。 今日も元気だね!

 いつもの焼きそばかい? 綺麗なおべべ()に、ソースを飛ばさないようにな、ハハハ」


「やだな、おじさん。 私そんな子供じゃないって!」


 カノ島では食べたことが無い、この屋台のソース焼きそばの味に感激して、おじさんの元に何度も通うマリエであった。


 そして日比谷公園のベンチでは、服に飛んだソースのハネを慌ててふき取っているマリエの姿があった事はここだけの話である。


「やだ! おじさんがフラグ立てるから!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ