6-3 地理部
日比谷会議の壁に貼ってある議事リストを作っている大山幹人だが、今日は日比谷ではなく、彼がこれまで通っていた、中野近くにある高校にやって来ていた。
この高校もご多分に漏れず、他の高校と同じく休校状態となっており、幾人かの事務員以外、教師もほとんど出勤していなかった。
ただ、高校近くに住む生徒も多く、こんな状態であっても部活などに参加する為に一部の生徒は登校していたため、学校は事務員によって開放されていた。
今日は、この学校の者ではない何人かもここに来てもらう事になっていた。
先日、マリエに頼まれ地理部の部長に幹人から連絡が取れた。
この部室には、地理部の過去からの巡検に関する大量の資料が残されていた為、資料があるこの部室に全員が集まってもらった。
本来、学校の関係者ではないので勝手に校内には入れないのだが、学校は事実上の休みとなっており、許可を得るべきの教師すら出勤して来ていないので、そのまま中に入ってもらっている。
「やあ! 君が大山幹人君だね。
マリエさんから聞いていると思うが、俺は佐藤隆二。
こんな事態になって、会社が業務をやめちゃったので、今は失業中だ」
「あ、今日はわざわざありがとうございます。
佐藤さんは埼玉から来られると聞いていましたので、ここまでは遠かったんじゃないですか?
この時間にここに来るのは、かなり早い時間に家を出られたのではありませんか?」
「いやいや、俺は自転車で来たから、特に問題はないよ。
それより、君も日比谷にまで毎日通っているんだってな。
そちらのほうが頭が下がるよ」
隆二の家は埼玉県と言っても東京寄りであり、確かにここまでは距離はあるので、普通に自転車で走って来たのであればかなり時間がかかる。
ただ、隆二はマリエにもらった摩導自転車を使っているので、本当に短時間到着し、ここまで気軽に走ってきていた。
「マリエさんは日比谷の会議に、今日も所長さんと出席されているのですよね?
今回のこの話には、彼女は加わらないのですか?」
「今朝、ここに来る前に東京ブランチで見かけたけ際、よろしくって言ってたよ。
マリエさんはカノ国の人なので、彼女の国の方針で、他国からの依頼がないのに、その国の施策に関わりそうな重要な行為には直接参加しないらしい。
日比谷会議は、あくまで所長のアシスタントとして行っているだけだから問題ないらしそうだ。
しかし、こちらの打ち合わせには参加しないけれど、彼女個人として何らかの支援をしてもらえるそうだよ」
「え? マリエさんって、あのカノ国の人だったんですか!
そうなのですか…… 今度は一緒に話が出来ると思っていたので、ちょっと残念です」
「へぇ、俺は良く知らなかったけど、君はカノ国って知っているんだね。
ところで、今日紹介してもらうはずの地理部の人って、まだ来ていないのか?」
「え? 紹介する地理部の人って、そこにいる彼女達ですよ」
それはさっきから壁際にいた、何人かの女子学生であった。
「ええ! 地理部員って女の子だったのか!?
マリエさんの話しぶりでは、てっきり地図好きなマニアックな男の子達のように聞いていたので、こりゃ驚いたな。
あっ、しまった。 だったら持ってきたお菓子、甘い物の方が良かったかな。
これ俺からの差し入れ。 男子高校生をイメージして買ってきたのでポテチとか、あまり甘くないお菓子が多くなってしまったが、良ければ食べてくれ」
「「「えええ!、お菓子ですってぇ!」」」
久しぶりのスナック菓子登場に、まだ紹介の途中なのに皆わらわらと隆二の元に集まってしまった。
「隆二さん、これって今度販売しようというコンビニのお菓子なんですか?」
「いや、これはマリエさんとこの売店で今朝買ってきた物だよ」
「あの? これ、食べてもいいのですか?」
「一度見てしまったら、もう我慢ができない!」
「あぁ、この光景を心に焼き付けておこう!」
「はぁ、はぁ、はぁ」
女子たちは、久しぶりのお菓子に禁断症状が出ているようで、すっかり我を失っている。
「あ、どうぞ。 それは君たちの為に買ってきたものだから」
「「「わーい」」」
そう言われると、部員達から黄色い歓声が上がった。
そして、いくつか買ってきたスナック菓子の袋が一斉に開けられた。
「あーあ、僕が紹介しておいて何ですが、変な奴らですみません」
「ははは。 こりゃ食べ終わるまで、話は無理そうですね」
「食べ物を目の前にすると、行儀が悪くって本当に恥ずかしいです」
スナック菓子に群がっている女子高生の輪の中に、吸い込まれるように一人私服の女性が混じっていた。
そういえば先ほど、誰か教室に入ってきたような気がする。
お菓子が少し減って来たところで、その女性に声を掛けてみる。
「あの、ところで、あなたはどちら様ですか?」
隆二から声を掛けられ、女性はちょっと驚いたように反応する。
「あ、あ、すみません。 つい目の前のスマック菓子につられてしまって……
あの、大山幹人二さんはこちらにいらっしゃいますか?」
「僕が大山幹人です。 野地さんですよね?
日比谷会議からの伝言が届いたようで安心しました。
お名前は何度もお目にしていたのですが、なかなか直接お話しする機会が無く、今日はありがとうございます」
幹人も日比谷会議では名前しか見ていなかったので、『ひろみ』と言う名前が男性なのか女性なのか良くわからなかったが、隆二と違ってそこはうまく回避した。
「あ、大山さん。 こんにちは。 あ、皆さんも初めまして。
あの私、野地 博実と申します。
日比谷会議では有難うございます。 いつも大山さんが作られている壁の掲示リスト拝見していました。
でも、なかなか私の意見は受け入れられずに、なんか会議の場に居づらくなってしまい、最近は行っていませんでした」
そう挨拶しながらも、野地さんはスナックが無くなってしまうのではないかと、目線は減りゆくスナック菓子に張り付いたままである。
「まあ、せっかくですから、皆さん差し入れのお菓子を食べ終えてから話をしましょう」
隆二がそう勧めると、嬉しそうに再び菓子を頬張り、その口では、とても話をできる状態ではなくなっていた。
いや、ここで食べさせておかないと、この後も気がそぞろとなり、そんな状態で話し合いなどは無理だと思われた。
本当は休憩時間に皆で一緒に和気あいあいと食べながら、雑談でもしようかと思って持ってきた菓子であったが、ちょっとしたハプニングとなってしまった。
しばらくして、腹減り娘たちが落ち着くと、ようやく巡検の時に作られた過去の資料を見せてもらう事ができた。
「ひゃー、良くここまで調べましたね。
建物や道路とかだけじゃなくて、大きな石や木まで、観察する時は、なぜここにそれがあるんだろうって視点で見るのですね。
土地の成り立ちなんて、たとえそこに住んでいても気にしないようなことまで書いてありますね。
こんな情報、どうやって調べているのですか?」
「立札や地元の資料館や図書館の郷土史なんかも参考にします。
あとお年寄りや役場の方に聞く場合もあります。
部員全員で行っていますから沢山調べますよ」
何点か資料を見せてもらったが、量が多く、このまま読んでいると時間がかかりそうなので、今日の本題である打ち合わせを始める事になった。
「それでは、若輩者ではありますが、僕 大山幹人が司会をさせて頂きます。
最初にそれぞれの方の前提などを確認しておきます。
まず、佐藤隆二さんはコンビニの復活を行いたいでよろしいですね?
そして、食品工場の倉庫に眠っている在庫を運んできて、そこで販売できるのではないか? で、よろしかったですか」
「そうですね。
このまま食品を倉庫に眠らせておくと、食べ物は時間と共に傷んでいきますので、いまであれば食べられる食品までもがダメになってしまいます。
そうならないうちに、コンビニ店舗で残った食料品を販売できればと考えています。
ただ、お金が使えませんし、多くの人に販売できるという量はありませんから、その仕入れや販売方法、そして誰に売るかを悩んでいます」
「食品メーカーの工場は、まだ復旧できませんか?」
「食品工場では、これまでほとんどの製造設備が電気を使って動いていましたから、今のままで工場を再始動させることは大変難しいと考えています。
ただ、食品工場の倉庫には、原材料がかなり残っていると思いますので、材料のままだと食べられませんが、これについては何とか使えないかと考えています」
「わかりました。
次に、野地博実さんは日比谷会議で新たな農地についての提案をされていました。
主に都心の道路を農地に改造するという案ですよね?
何度も会議に提案をされていたようですが、他のメンバーからは野地さんの提案を実現するのは難しいと、その主張は却下され、会議では真剣に取り合ってもらえなかった。
その為、ご自分だけで動こうとされていたが、それについてはあまりうまくいっていない、でよろしいですか?」
「うっ、そうです。 残念ながらその通りで、うまくいっていません。
食料を運搬できるトラックなどが使えませんので、この秋に採れた農作物の流通は期待できないでしょう。
結果として、やがて季節は秋がすぎ冬になると、農作物が枯渇し、そして多くの方が飢餓になります。
人口密集地の近くで農地化を進め、トラックなどによる輸送をしなくとも、食料が確保できる仕組みを確立しておく必要があると考えています。
その為に、消費地に住む人々が、自ら食料を育てる方法を考えていました」
「それで、計画が頓挫しかけているのは、それを実行するに必要なものがほとんど何も揃わなかったという事ですね」
「くっ、その通りです。
まず最初に、インターネットの地図が使えなくなった状態であり、どこに農地を作るか場所を決める事すら出来ていません。
さらに、必要なのは土地だけではなく、近くに水が有り、それを植え、育て、管理する人が必要です。
こんな世の中の状態ですから、農作物が育ってきた際に、盗難や畑を荒らされないように24時間見守る必要があります。
また、農地を作ったとしても、そこで育てる、植物の種や苗が手に入りません。
そもそも、どこもお店が閉まっている今、それがどこで買えるのですか?
そして、農地とする場所と種や苗が有っても、道路を農地に改造する方法が有りません。
油圧ショベルなどの土木機械が使えない場合、どうすれば舗装された道路を掘り起こして農地に改造できるか分かりません。
そして、お金がないのに、どうすれば土木工事をする人達に仕事をしてもらえるのでしょうか?
工事を行ってもらうときには、まだ野菜は収穫されていませんが、作業する人に対しては、その時点で何かを支払う必要があります。
冷静になってよく考えると、自分一人の力だけでは、本当に何もできませんでした」
「はい、わかりました。
そしてこの部室の地理部の皆さんは、その農地に利用できそうな場所や大失電直前の町の生きた情報を持っています。
ですので、今回地理部の皆さんは提案ではなく、情報提供や現地調査などのお手伝いをお願いしています。
その過去からの巡検で得られた資料はこの部室に有るのですね」
「はい、さっきご覧になったように、あの壁の棚にある資料がそうです。
そこにある資料は私たちの愛読書であり、皆で何度も読み返していますから、資料について聞きたいことが有れば、私たちでその資料がどこに有るかすぐに探します」
「ありがとうございます。
今回僕は、日比谷会議を聞いていて、今の日本を少しでも助けることが出来ないかと思っていました。
今日は皆さんの要望をまとめ、そしてそこから何か解決する事ができないかを、マリエさんからお願いされています。
あ、マリエさんをご存じない方は... 地理部かな?
野地さんは日比谷会議でマリエさんと会われていますか?」
「いえ、どのような方か私は知りません。 今日ここへ来るように、人伝に聞いただけです」
「僕は、日比谷会議では何度かお会いしていますが、今日のこの会議をセッティングしてくれた彼女自身について、詳しくは良く知りません。
さっき、カノ国の人だったという事も初めてお聞きして驚いています。
そのマリエさんについては、佐藤さんが詳しくご存じだと思いますので、まずはマリエさんについて教えて頂けますか?」
「わかりました。 俺も彼女と知り合ってそれほど長いわけではありません。
マリエさんはカノ国という国の方であり、そのカノ国の人が住む東京ブランチと言う施設で会いました。
俺はたまたまその施設の近くを通りかかった際、そこの農場の人の手伝いをした事で施設に招待され、その後マリエさんを紹介されました。
その時は、俺が勤めていたコンビニを復活できないかという話をしていたところ、彼女から協力するから俺にやってみればと言う事となりました。
彼女は、現在一緒に仕事をされている設計事務所の所長さんをアシストするために、日比谷会議に顔を出されています」
「日比谷会議は僕もお手伝いをしていますので、そこでの話については僕から簡単に説明しておきます。
マリエさんから、会議のお昼休みに、植物を育てられるような土地を知らないかと聞かれたので、地理部の存在を話しました。
彼女の手元には、サツマイモの苗が沢山あるとの事です。
また、彼女は僕らが作って日比谷会議の壁に貼っていた議事リストの中から、野地博実と言う名前の方が行っていた提案を知ったようです」
「幹人君、補足を有難うございます。
今回マリエさんが重要となるのには訳があり、彼女の属するカノ国には摩導具と言う技術があります。
その摩導具は、我々が使ってきた電気と異なる技術ながら、電気以上にいろいろ便利に使うことができ、それは今の世の中であっても使うことが出来る技術なのです。
俺もこの前、マリエさんのところで育てているサツマイモの収穫についてお手伝いしたのですが、カノ国の技術が取り入れられているとの事で、普通のサツマイモより成長がかなり早いようです。
その苗を無償で提供していただけると言う事であり、その後の植え付けと栽培、そして収穫を我々にお願いしたいと聞いています。
摩導具を用いて苗を増やしているということで、万という単位の数で苗を提供をいただけるようですので、かなり広い土地を準備して植える必要があります。
俺のコンビニ復活の話と、皆さんの話を合わせると、それは少なからず今後の食糧対策に役立つのではないかと言う事で、マリエさんから皆さんを本日紹介されたわけです。
で、ここからの話は少し内密でお願いしますが、マリエさんの協力というのは、苗のほか、カノ国の摩導技術を用いた道具の提供になります。
それら摩導具はカノ国の事情で、現在大量に提供することが難しいらしいので、一般の方にはあえて摩導具としては紹介せずに、なるべく内密に、ひっそりと使っていただければと思っています。
それは、今の日本には無い技術であり、多分今回の計画の肝となる物です」
「ありがとうございます。
それで、今回マリエさんから提供いただける、その摩導具というものは、具体的にはどのような物なのでしょうか?」
「それは、俺の考えているコンビニ店舗の運営に必要な摩導具であり、店舗で使う冷蔵や照明、それとレジ、あと商品輸送に使うコンテナに関するものです。
それとチケットの印刷など、今の日本で出来ない部分を手伝ってもらう予定です」
これまでおコンビニ店舗は、電気を使って運用されていたため、そのままでは営業を再開することは出来なくなっていた。
あまりにも簡単な隆二の説明では、摩導具の内容はほとんど伝えきれておらず、それだけ聞くと単に電気を使わないで動く、これまでの道具と同じなのかな? 程度に皆軽く考えていた。
しかし、その実態が見えてくると、やがて皆は驚くことになるのであった。




