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ルネサンスの女神様 - ねえ、電気つけてよ!  作者: 亜之丸
動き始めた社会 [10日後]
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6-2 行商

 店がシャッターを閉じてしまった町に、その大型リヤカーはやって来た。

 大型リヤカーには、大きなジュラルミンのような金属板で作られた箱が積まれていた。

 そのリヤカーは重い荷物が積まれているようで、一人が前を曳き、後ろから2人が押すという、三人掛かりでの運搬であった。


 町に着くと、箱のようになっていた外側の金属板が外され、その板を組み立て直すと、それは簡単な屋台のような店舗へと変わっていた。

 開かれた箱の中には、農家で仕入れてきた野菜などがぎっしりと積まれていた。

 そう、それは移動店舗であった。

 そして、カランカランとハンドベルが鳴らされると、大きな声で販売が始まった。


「さあ、いらっしゃい。 物々交換所の開店だよ。

 皆お待ちかねの新鮮な野菜を、産地から頑張って運んできたよ!

 お手持ちの物資を野菜に交換するよ!」


 この移動店舗は、輸送手段が失われて出荷先を失って余っていた野菜を、田舎の農家から物々交換で安く買い付けて、何日かかけてこの町にまで運んできたものだ。

 町では、田舎で不足する生活物資や調味料、衣服などと野菜を交換し、今度はそれを持って田舎で次の買い付けを行う。

 今一番不足している食料や日用品の最低限の流通が、ここに始まっていた。


「あの? そこの大根がほしいのだけど、何とだったら交換してもらえますか?」


 開店してしばらくすると、大きな袋を持った中年の女性がやって来た。


「何でもいいぞ。 服や調味料は歓迎だ。 新品ならば なお良いが、中古でもいいぞ」


 商品の査定は、リヤカーの前を曳いていた少し年配のオヤジが行っており、後ろの若い二人はそのオヤジの商いを見ながら値付けや商売の仕方を学んでいた。

 当然田舎から離れる程、野菜の需要は高くなるので、その交換レートは高くなり、要は高く売れるのだ。

 なので、なるべく儲けが大きくなる遠くで店開きをしたいので、野菜を運んでいることが途中でわからないように、全てを板で囲んで中身が分からないようにして運んでいた。


「これ、冬物のセーターです。 クリーニングした状態ですので、中を見ますか?」


 そう言って、女性がクリーニングの袋を開けようとしたところ、


「おっと、それはそのままでいいぜ。 あんた、なかなか分かっているね。

 これから暖かな冬物の衣服は人気商品となると俺は思っている。 それもクリーニングの袋に入っているので、さらに価値は高いよ。

 そうだな。 そのセーターとだったら、大根と、他にもキャベツなど幾つか付けていいぜ」


「ありがとうございます!」


 その中年の女性は多くの野菜を抱えて、嬉しそうに帰って行った。


「オヤジさん。 セーター1枚で、あんなに渡しちゃってよかったのかよ」


「最初の客には大盤振る舞いさ。

 今の交換を見てた客が、この後安心して交換に来てくれるさ。 まあ、あれは釣りで言う撒き餌だな」


 オヤジの目論見通り、この後からは家にあった物を取りに走り、多くの客が列をなしてやってきた。

 これまでスーパーなどで、値札による販売しか知らない人々にとって、価格交渉が必要な物々交換はとても敷居が高かった。

 誰かが行う交換風景を脇から眺める事で、後は同じように自分も出来るかなと思ってくれると、お客はやってくる。

 なので、最初の客への対応は、以降の客への安心感につながるために、とても重要なのだ。


「え! どうしてこの宝石が、さっきのセーターより価値が無いのよ!

 どうして胡瓜だけなのよ!」


「そうは言いますが、今時宝石を欲しがる人なんかいませんぜ。

 冬が来れば、皆暖かな洋服は欲しいですが、冷たく光るダイヤモンドで腹は膨れませんからね。

 うちはとても良心的な店なので、お客さんが納得しない物を無理に買い取る事はしませんから、お次の人どうぞ」


 本当に良心的な店は、自分の事を良心的などとは言わない物だ。


「えっ、えっ、ちょっと待ってよ。

 誰も交換しないなんて言ってないわよ。

 そのトマトで良いから交換して!」


「うぇ! 胡瓜(きゅうり)だって言ってるのに! まあ、今回はしかたない。

 おい、兄ちゃん。 そこのトマトと、このお姉さん(・・・・)のダイヤを交換してあげてくれ!」


 そしてトマトを受け取ったおばさん(・・・・)は、ちょっと納得いかないような感じではあったが帰って行った。


 物々交換が始まると、中には高価な金や宝石などを買取に持って来る人もいたが、それらは非常に安く買いたたかれていた。

 宝石なんか、生きるためには必要とされないと言われると、ダイヤモンドよりもトマトや白菜の方が高価に見えてくる。

 しかし、それは鴨がネギを背負ってやって来ているようなものであった、

 たとえこのような世の中になっていても、今でも宝石や貴金属は田舎の女性には人気があり、また商品自体が軽く小さいので運搬しやすいので、買取屋にとって買い叩いた宝石類は、それこそお宝であった。



 最近この移動販売のように、『打野自動車』と書かれた銘版が付けられた大型リヤカーを、時々街で見かけるようになっていた。

 販売する物資を大型リヤカーに積んで町を通り抜けようとすると、商品を見た住民に取り囲まれて、何か交換してくれとせがまれ、それはかなり危険な状態になることが発生していた。

 そのため、中の商品を板により完全に隠す事と、警備代わりに屈強そうな若者を押し屋として仲間に加える事で、移動途中のトラブルをなるべく避けるようにしていた。

 何しろ需要はどこに行っても沢山ある為、短距離で仕入れ回数を多くこなすか、時間はかかるが長距離移動をして一発で大きく稼ぐかはオヤジの考え次第であった。



 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



 日比谷会議では、当初から都市部が必要とする飲料水や食料について、早い時点で不足する事が予測されていた為、それらを少しでも改善すべく、郊外にある水源地や食糧倉庫からの運搬方法を検討していた。

 そして、街に現れ始めた行商で行われているような食料と日用品、そして飲料水の流通を、もう少し大きな規模で行う事が出来ないかを検討していた。

 車はつかえず、人力でリヤカーを引く行商の流通量では、今都心に残っている人たちが生きていく為に必要とする量から考えると、それはあまりにも量が少なすぎる。


 特に必要な物資である水やコメ、小麦などはどれも重量物であり、それに対応できる輸送方法が必要であった。

 これは、交通分会を中心に、さらに仕入れなどの問題も伴うるので、食料対策分会と生活分会が協力する形で検討が行われていた。

 いくつもの検討がなされている中、実現性がある方法として川を使った船による物流が考えられた。


 この輸送は、小売りの為の物ではなく、いわば中卸としての物流を考えていた。

 川の各所に港を設け、そこを荷の揚げ降ろしとするポイントとし、順にポイントを移動する廻船を運行する。

 現在通貨と呼べるお金がなく、またその地域や季節によって物の価値は常に異なる為に、固定された商品の交換レートを定めることは出来ない。

 なので、この廻船は荷物の運搬ではなく、北前船のように船自身が各地で商品の交換を行う、『買積船』形式での卸販売をとることにされた。


 お金がすでに使えない為に、港では商品は行商と同じく等価で物々交換されていた。

 ここでは解りやすいように、交換を売買として表現すると、港にいる問屋は、買積船から商品を箱ごと買い取り、それをリヤカーの行商屋に小分けして販売し、行商屋はリヤカーを曳いて町を廻り小売りするという流通網を考えていた。


 ただ、これまで一般の河川では、大きな船の運航は考えられてこなかった。

 その為、船が川底が浅い河原に近づくと、すぐに座礁してしまうために、船底がなるべく平らな船の必要があり、また桟橋により なるべく岸から離れて水深が得られる位置での接岸が必要であった。


 ほとんどの河川に港となる場所がなかった為、船着き場に指定された港には、新たな桟橋の建築が始まっていた。

 これは工事現場の足場などで使う金属製の単管パイプを使う事で、比較的簡単に仮設の桟橋を組み立てることが出来た。


 クレーンやフォークリフトなど使えないために、港となった場所では荷の積み下ろしには多くの人足が必要となり、その賃金として渡される食料を求めて人が集まってきたため、港近くはちょっとした賑わいある町へと変わって行った。



 この運搬に使用する船については、河川工事の時、資材や重機を乗せて作業を行うフロート台船と呼ばれる、水に浮かぶ大きな平らな板があり、川の物資の輸送はその台船に乗せて行う事になった。

 問題は、台船には船を動かすエンジンが付いていない為に、どうやってその台船を曳航するかであった。


 上流から流れてくる河川の水は、より低い土地へと一定方向に流れている。

 台船には上流にある清水や、産地で作られた野菜などの重量物が満載され、川を下って下流にある町へと運搬される事になる。

 この時は、川の流れを使う事で、例え動力装置は無くとも移動は可能で、移動は比較的簡単であった。

 しかし、都市部で仕入れた物を積み込んで、上流へ戻る時が問題であった。

 川を上る時の荷物は比較的軽いものが多かったが、それでも衣類などは嵩ばる物であった。

 台船に垂直にマストを立て、そこに帆をはり、風を使う案も検討されていたが、河川には至る所に橋がかかっているために、高いマストは使えず、台船には商品を満載しているので、牽引専用の小型ヨット何隻かで曳航する事が行われた。


 一般的に日中の太陽熱で陸地が暖められると、その放射熱で陸地の空気は暖められ、膨張して軽くなった空気は上昇気流となり、周囲の空気を引き込むように流れ込む。 それは海風として陸に向かって吹くことになる。

 逆に夜は陸上の放射熱が減少すと、上空の空気は冷えて圧縮され重くなった空気は地上に降りてくるため、今度は地上から押し出される事になる。 それは、陸地から海に向かって陸風が吹くことになる。

 気圧の高い側から気圧が低い側に空気は流れ、その日中と夜間の気圧が切り替わる、すなわち風の向きが切り替わる時が凪とよばれる無風の時間である。


 風はそれ以外にも地球規模の要因で流れを変えるが、それらを踏まえて船の運航が行われることが計画された。

 ただ、自然界で吹く風の向きは絶えず細かく変わっており、風による操舵には専門の人間が当る事になっている。


 また、船を使う別の方法として、江戸時代に行われていた方法をも参考にした。

 その時代では江戸の町に多くの水路が設けられ、その岸辺から縄を引っ張って船を曳き、多くの物資を運んでいた。

 しかし、現代のように高い堤防で川が囲まれてしまっては、堤防から船を見ながら自由に歩くことができず、また川岸からロープによる曳航は、橋や水門などにより難しい。

 その為に現代の河川で運行できるルートはかなり限られるという物の、備蓄米や飲料水などの重量物を一度に運ぶためには、陸上を移動させるよりも今のところ現実的な方法と考えられている。


 しかし、軽い船であれば、船頭が竿で川底を押して操舵することもできるであろうが、重量級の貨物を満載した船でそれは無理である。

 小型ヨットによる曳航以外には良い案がなかったため、過去の例にならって荷物を曳航するために小型で平らな台船を使ってトライしてみる事に成った。

 台船からは何本もの長いロープが川岸まで渡され、大勢でロープを曳くことで、上流の産地や倉庫などから、下流の都心にまで、大量の物資が曳航できるのではないかと言う事に成った。

 そう、これは東京の地名にも残っている、いわゆる曳舟である。


 ただ、それであっても大きな船は狭い水門を通行できない。

 また、水路の流れや、堤防の高さ、橋の有無によって、船をロープで曳きながら通行できる河川も限られていた。

 そこで、小型の台船を何艘か連ね、千葉と埼玉の上流にある倉庫で水と米を積んで、岸から何本ものロープを引いて、東京まで曳いて歩いてくる実験を行った。

 下流に向けての走行であるので、この場合曳くというよりも、船が勝手に流されないように上流側からロープで引き留めるようにしての移動であった。


 実験であるため積載量は少なくしてあったが、台船を何艘か連ねてしまった事で、それらの進行にバランスが取れず、うまく引くことが出来なくなった。

 また川岸から船までの距離も場所により大きく変わるため、引ききれなかったロープを川に落としてしまい、船を途中で流してしまう事となり、結果的に曳舟による長距離運航は大失敗に終わった。



 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



 そんな船に注目が集まっている中、使われていない古い漁船で、そこに古いディーゼルエンジンを搭載した船が見つかった。


 車のエンジンとは異なり、船のディーゼルエンジンでは電気を使用せずに動くものが残っていた。

 昔の防水技術はそれほど高度ではなく、海水による漏電で故障することを嫌う為、小型漁船など豪華でない船では、エンジン回りから電気を極力排除していた。

 嵐などで海水をかぶったり、浸水して、海上でエンジンが故障しても、そこが海の上であっても工具で修理できるように、エンジンも機械式で作られていた。


 そして見つかったその漁船に燃料を入れて試した所、なんと今でもそのエンジンを回すことが出来たのだ。


 船であっても排ガスの規制は行われているが、地上を走る車に対してそれはかなり緩く、特に古いエンジンにはその規制は適用されず、今回はそれが幸いした。

 日比谷会議に銀輪隊からその知らせが届くと、県庁を通じて見つかった漁船をすぐに押さえてもらい、それは前回の実験で調べた水路を使い、河川による重量物資の輸送に利用される事になった。


 川を使った水上輸送は、飲料水や食料のほか、これまで都心に届かなかった食肉や牛乳などの食材も、川の水をつかった冷却装置で、都心にまで腐らずに運送できる事に成った。

 移動する際の川の水流を利用して台船に備えられたタービンを回し、それで熱交換システムのコンプレッサーを動かしていた。

 それは、原理的に電気を使わない冷蔵庫であり、冷凍出来る程の力は出なかったが、夏場の炎天下に直接さらされるよりはずっとましであった。


 また、繁殖牧場から牛や馬も台船に乗って運び込まれたが、これらは食肉用ではなく、牽引作業などで強い力が必要な場合の動力源としての目的であった。

 その為、それら家畜の食料となる大量の飼い葉も家畜と共に都心に運び込まれることになった。

 生きた家畜がやって来た事で、これをきっかけとして都心でも酪農が広まっていった。


 今回の漁船の発見は、銀輪隊の大きなニュースとなって各地に広がり、残っている古い船舶から動くエンジンを探すきっかけとなった。

 こうして、各地からさらに何台かの動くエンジンが見つかる事となった。

 今でも動くこれらのエンジンが見つかると、それは各地のエンジニアから開発の参考として垂涎の的となるのであった。

2021年12月分から投稿タイミングをすこし変更します。

投稿は、火,木,土の朝8時ころ行います。

来月からは週3回の投稿を目指し、日曜日の投稿はお休みします。


亜之丸

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