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ルネサンスの女神様 - ねえ、電気つけてよ!  作者: 亜之丸
人々の認知 [1週間後]
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5-7 巡検

「マリエさん、こんにちは。 先日はありがとうございました」


 マリエは少し考え事をしながら、日比谷公園のベンチでお弁当を食べていたら、前から声を掛けられた。

 顔を上げると、それは先日会議の後、遠藤所長の発言に用いた資料を見たいと言われ、見せてあげた高校生であった。


「えぇっと? 確か大山君だっけ? そうそう、大山幹人君だよね」


 日比谷会議の中では数少ない、マリエより年下の少年であったこともあり、印象に残っていた。

 社会人がほとんどを占め、中にはかなり年配の人も多いこの日比谷の会議で、マリエよりも若い人を目にすることは少なかった。

 先日、所長用にマリエが作成した会議の発表資料を見せてあげた際、彼の記憶力と洞察力により、資料の全体からマリエの手の内をうっかり晒すことになってしまったので、忘れられるはずがない。


「フルネームで覚えてもらっていて光栄です。

 僕もお弁当、マリエさんの隣で食べてもよろしいですか?」


 会議参加者は、会議テント内で暖かな配給食を食べる人が多いが、マリエや幹人のように、会議発言者以外の多くはテントを使わずに、公園のベンチなどで支給された弁当を食べていた。

 その為に、昼食時の公園ベンチはかなり埋まっていて、多くの人がベンチを相席として弁当を食べていた。


「私はほとんど食べ終わったから、どうぞ」


 先日の事があったので、少し警戒した感じでマリエは答える。

 そして、彼女はその場をすぐに立ち去ろうとしたが、幹人が話しかけてきた。


「浮かぬ顔をしながら食事されていたようですが、何か悩み事ですか?

 マリエさんが、そんな表情はちょっと珍しいなと思いまして。

 貴重なお弁当ですので、ご飯は楽しく食べたほうがおいしいですよ」


「ふふ、私そんな顔してた?」


 午後から所長は参加会議は無いのだが、他の会議を覗きたいと言う所長の言葉で、マリエはお弁当食べたら今日は先に帰るつもりでいた。

 先ほどお弁当食べながら、摩導プランターで作ったサツマイモの苗をどこに植えようかと思案していたのだ。

 しばらくは河原に植えることは出来るが、すぐに栽培できる場所は無くなると思われた。


「いえ、そんなことありません。 すみません。

 でも、日本の一番先に進んでいるこの会議を聞いていると、僕ですらいろいろと考えさせられることが多いですね。

 確かに会議で話されているように、どう考えても、今の日本ではそこに暮らす人々を支えるだけの力は失われてしまったと思います。

 つい先日まで、まさかこんな日が来る何ても思ってもいなかったので、今高校も行っていませんので将来が心配になってきますね」


「そうね。 人間食べないわけにはいかないものね。

 私は、そんなにたいしたことは考えていないけれど、もしね、今ここに沢山のサツマイモの苗が有ったら君ならどうする?」


 そんな幹人への質問が、ふとマリエの口から洩れてしまった。


「何か、それは面白そうな課題ですね。

 当然、どこかサツマイモを育てることが出来る地面に植えて、育てる必要がありますよね。

 その為には、土地と、それを育てる人、水、農具、畑を荒らされないように監視もいりますね。

 もし収穫量だけを考えるのであれば、気候的に育てやすい広い土地と農業に慣れた人手と水が沢山ある場所に植えます」


「まあ、普通であれば、それが収穫量が一番多くなりそうよね。

 もし、そのサツマイモが特別な苗で、2ヶ月で収穫できるとしたら、どう思う?」


「そうですね。

 短期で収穫できるのであれば、最初だけ何かで食いつなぐことさえ出来れば、あとは今後もそれを繰り返すことで食べていく事は出来るかもしれませんね。

 その条件で、もしそれが今の復興を考えての話であれば、なるべく人が多く住んでいる地域に小さな農地を沢山作り、その近くに住む人自身にその栽培や収穫を任せます」


 やはり幹人はマリエの真意を正しくつかんでおり、今の町の状況と復興を前提に答えを返してくれた。


「そうね。 自分で作ってもらうことが出来ればそれが一番いいわね。

 採れた芋を運ぶ手間も減らせるからね」


「考え方としては、その栽培を仕事と考えて、その仕事の報酬が自分で収穫した芋とします。

 きちんと育てられないと、自分たちの食料が無くなりますから、きっと皆さん必死で育てますね。

 収穫した芋は食料以外にも、その芋を物々交換する事で必要となる他の物を手に入れることが出来るようになります。

 すると、芋をお金とした商流が出来るかもしれませんね」


「そうね。 お芋さんがお金という発想は良いわね。

 でも、自宅に残された食料や配給はお芋を育てている間に尽きると思うから、早く着手する必要があるわね」


「多くの人は、自分で食料を新たな生み出す事などしませんので、どうしても他人から食料を貰う事しか考えていません。

 特に都会には農地が無く、種や苗などの材料も見つからず、さらに植物を栽培する農具やその方法を知らないから、これは仕方ないですね。

 もし、ここで自分達でも食糧が育てられると思えるようになれば、それは大きな意識の変化になるのじゃないでしょうか?

 自分の手で食料を育てる事は労作であり大変ですが、自分の住居の近くに自分の畑を持つことで、その畑を大切に育てるようになると思いますよ。

 このまま、住まいを放棄して、食料がある農地に人が一気に集中してしまうと、今度はそこの作物がすべて食べつくされてしまいます」


 日比谷会議で話し合われている問題の一つとして、現在多くの人が田舎への疎開が始まっているが、このような状況で、大量の人が一つの農村に制限なく移動すると、それはまた大きな問題を発生する事になる。

 一斉に人間が押し寄せた場合、収穫期であれば一時的に人手が確保できるかもしれない。

 しかし、そこには大量の人口を受け入れるだけの環境が無く、定員を超えた人口の消費は、その地域の枯渇を意味し、悲惨な状態が予想されている。

 なんとか安定している地域の破壊を起こさない為にも、なるべく自分の家がある場所で食料が手に入る方法を提供し、可能な限り現在の住居で生活してもらうことが望ましい。


「そうね。 ちょうど良い人口バランスにできれば良いけど、それが難しいから会議の人たちも頭抱えている訳よね。

 問題は、人口過密地域の近くに農地が無い事もあるわね」


「それについては、学校のグラウンドや公園などが新たな農地候補となりますね。

 それと今、車は走っていませんので、可能であれば道路からアスファルトを剥がせば、そこは新たな農地になりますよ、という話もあります。

 まあ、これは以前日比谷会議の壁に掲示されていた他の分会にあった提案ですが、現実的にこの方法は簡単ではないですね。

 今、パワーシャベルなど土木機械が使えませんので、それを人力だけで行うのは厳しいのではないでしょうか?

 そもそもこのような世の中なので、そのような体力が必要な肉体労働をする人を集めることが出来ませんし」


「道路を畑にしちゃうと、あとで問題でない?」


「まあ、人や自転車が通るだけですので、全部のアスファルトを取っちゃうのではなく、車線の片側だけを畑にすれば良いと思います。

 主に住宅地の2車線の道路で、南側に高い建物が無く、日当たりのよい側を畑にすると良さそうです。

 それと、後は水ですね。 さっきの設問で話されたサツマイモであれば、比較的乾燥していても大丈夫でし、あとは夏の雨にも期待したいですね」


「そうか、後は街を良く知っている人がいれば、どこを畑にすればよいか判断できるわね」


「それだったら、僕の知り合いで詳しい奴らいますよ。

 地理部の友達で、巡検と称していつも街の中を徘徊して記録していますよ。

 僕は部員じゃないですが、たまに誘われてその巡検に同行する事もあります」


 巡検とは、目的に設定した地域に実際に行ってみて、地理学・地質学に基づいて現地の情報や資料を調査・収集し、研究する方法の事である。

 そう言うと難しそうだが、そこの街並みや道であったり、石碑や看板であったり、地元の人々の話を聞いたり、周囲を見聞きして面白そうなもの探すフィールドワークである。

 これは、観光地でもない街をぶらぶら探訪し、その町の高低差などを探しながら周辺を巡るテレビ番組などは、まさにこの巡検の手法に近い。

 地理部は歴史があり、長らく引き継いで続けられてきた部活動のようで、部室には過去に巡検した多くの資料が残されているらしい。


「君は、その地理部の部員じゃないんだ」


「僕の高校じゃ部活は1つしか入ることは出来ないので、僕は最近まで囲碁将棋部の部長やっていました。

 三年生なので受験ということで、部活は終了しましたが……」


「囲碁将棋部って、囲碁も将棋もやっているんだ」


「囲碁部もしくは将棋部のどちらかだけだと、新入部員を集められないんですよ。

 将棋や囲碁って、若い名人などが活躍している時はブームとなり、部員も集めやすいのですが、そうでないとなかなか部員を集められなくって。

 もっとも僕は部長なので、両方の大会に出ていましたが」


 先日も、その能力でさっと資料を見ただけで、内容をすべて暗記されてしまった。

 マリエは先日の事もあり、彼との関係をこのまま作ってしまってもよいものか少し悩んでいたが、結局他に頼る相手も見つかっていないので、その友達を紹介してもらう事にした。


「この前までこの日比谷会議にいた人で、野地って人がいるんだけれど、ちょっと引き合わせてみると面白いかなって思って。

 関東の周辺地理を知りたがっているんだけれど、地図情報が使えないので困っているみたいなのよ。

 もしよかったら、今度一度、その地理部のお友達を紹介してあげてくれない?」


「ひょっとすると、その人は野地博実(のぢひろみ)って人ですか?

 その人って、さっき僕が話した道路を農地化にする話を発言されていた人ですよね。

 普通思い付かないような話をいつもされていた方のようですが、そういえば最近、壁のリストの発言者の署名に彼の名前を見なくなりましたね」


「おー、名前を憶えていると言う事は、君は膨大なあの壁の議事録リスト全てに目を通しているのね。 相変わらずすごいね、君は。

 そう、知ってるなら話が早いわ。 私は、そんな奇想天外な発想って大好きよ。

 自分の話が聞いてもらえないから自分で何とかすると言って、いろいろあった日比谷会議は離れちゃったみたいなのだけど、でもそれってもったいないから、実現にちょっと力を貸してあげられないかな?って」


「僕が記録を作っている分会とは異なりますから、ご本人に会った事は有りませんけどね。

 いいですよ。 でも、こんな状況なので、地理部の部員が誰か自宅に残っていればいいのですが、今夜にでも訪ねてみます。

 それに、時間があると喜んで巡検に出かけてしまうような連中なので、すぐに連絡がつければ良いのですが……

 家の玄関にメッセージを貼ってきますので、しばらくお待ちください」


「じゃ、お願いね」


 幹人は嬉しそうに、マリエのお願いを聞いてくれた。

 でも、彼に借りを作ると、あとでちょっと怖いかもしれないなと、ちょっと恐れているマリエであった。

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