5-6 北極工場の衝撃
北極工場からマナクリスタルが届かなくなったカノ島の受入倉庫にある管理ルームでは、現在その原因の調査が行なわれていた。
北極工場の中に設置してある監視カメラの記録映像から、宇宙空間から北極へのエターナルの流れが止まっており、原料の供給が無くなった事でマナクリスタルの結晶成長が止まってしまっているところまでの追跡はできた。
また、カメラ映像のタイムスタンプから、それが太陽風の到達した後、供給が止まったことも確認できた。
なので、宇宙空間で何かが起きていると推測され、宇宙空間で何が起きているかを調べる必要が出てきたが、それは受入倉庫の担当範囲を超えており、そこからの調査はカノ国の空間観測センターに引き継がれた。
空間観測センターはカノ島にあり、主に次元変動の発生や地球上の出来事、例えば火山噴火や大きな自然災害など、地球の大きな動きを監視している。
このセンターの観測により、他の次元の世界から何かがやってくると、それを即座に検知し、その対応が出来るようになっている。
またこのセンターの業務の一つとして、宇宙空間を浮遊する摩導ボールを使い、さまざまな角度から地球の映像を記録・観察している。
センターでは、普段は人による監視活動は行っておらず、撮影している映像に異常な変化と判断される変化が検知された時のみ、自動的に管理者に通知されるようになっていた。
普段は無人であるはずの空間観測センターであるが、宇宙嵐が到着する事が予測されていた夜は、何人かそこに待機していた。
しかし、それは宇宙嵐の異常に備えた特別の観測体制を敷いていると言う訳ではなかった。
初代国王が作ったといわれる、当時の地球の技術で作られたカメラを搭載した、記念すべき旧式の摩導ボールであるが、宇宙空間に1台だけ最後まで残っていた。
そして、今回の宇宙嵐を浴びると、摩導ボールのカメラは宇宙線の影響を受けて、恐らく終焉を迎える事になるであろうと予想されていた。
観測員達の集まりは、その摩導ボールの最後を見送る為に、夜中にもかかわらず観測ルームに詰めていた。
旧式ボールのカメラがブラックアウトして消えて行くと同時に、他のカメラからの映像には、地表の明かりが次々と消えていくと言う、ちょっと予想すらしていなかった事態が発生し始めた。
そして、それは地球全体が停電していくと言う大きな事件が発生した為、夜中に詰めていたセンター員達はそれに気を取られていた。
後日、受入倉庫にある管理ルームからの連絡により、宇宙空間で異常が起きているのではないかと言う事を知らされるまで、残念なことにエターナルの流れが変わってしまい、カノ島に大きな影響がある事に気が付いていなかった。
摩導バングルや摩導ボールなど摩導具で使用されている通信には、マナクリスタルの発振を用いた摩導通信により行われている。
幸いなことに、そこに電気や電波は使用されていない為、今回の太陽嵐の影響は受けていなかった。
まあ幸か不幸か、カノ国に大きな影響がなかったことが、今回問題の発見が遅れた一因にもなっていたのかもしれないが……
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「センター長、バンアレン帯は今回の太陽風の影響をあまり受けていないようです」
「わかった。 ここの高度までに異常は見つからないから、このまま更に観測ボールの高度を上げてくれ」
空間観測センターでは、宇宙空間に残っている摩導ボールの画像を重ね合わせ、時間を追う事で太陽風の到達時に何が起きていたかを順に調べる事が出来た。
また、新たに飛ばした複数の摩導ボールを使い、現在の宇宙空間の状態を調べている。
そして、地球を取り囲むように満遍なく配置した新たな測定用の摩導ボールを、高度を一斉に変化させ、各高度ごとの宇宙の状態を測定することで、地球周囲の層の状態を明らかにしていった。
「大気圏や2層あるバンアレン帯は、とも健在なのはちょっと安心しました。
これが消えちゃうと、地球の酸素やオゾンの状態が変わってしまい、多くの宇宙線も地上に降り注ぎ、そうなるとかなりの健康被害、場合によっては地球の生命の構成が変わってしまう恐れがありますからね」
バンアレン帯とは、地球の周りを取り囲んだ宇宙空間にある放射線帯であり、そこには陽子・電子が含まれている。
地球の引力と磁場などが釣り合う高度で、バンアレン帯は外帯と内帯の2層で構成されている。
地球の周りに存在することで、この帯はシールド層となり、人体に有害となる多くの宇宙放射線は遮義られている。
「センター長、バンアレン帯の外側にあった荷電粒子層は見つかりませんね」
「そうだな。 以前であれば、この高度には荷電粒子が高密度に存在していたはずだからな。
念のために、さらに高度を上げて調べてくれ」
「やはりこれまで荷電粒子層の外側で観測された、強いフォースの流れも見当たりませんね」
「そうだな。 荷電粒子帯が観測できないと言う事は、そこでフォースは堰き止められずにそのまま地球に流れ込んでしまっているな。
観測ボールを地上からこの高度まで上昇させたとき、以前であれば全く観測されなかったはずのフォースが、値こそ非常に弱いがずっと検出されているしな」
摩導ボールの測定により、地球の周りにあった荷電粒子帯が消え失せている事が確認された。
荷電粒子は電荷により地球に引き寄せられているが、地球を取り囲むバンアレン帯の中には荷電粒子と反発する弱い因子が存在する為、これまでであればバンアレン帯の外側で荷電粒子は薄い層を形成していた。
そして、荷電粒子は宇宙空間を流れてくるフォースに対して同じ極性を持つため、互いに反発することでこの層はシールドとして働き、フォースは荷電粒子帯の層を通過できずに、地表に到達することが出来なかった。
この空間観測センターの測定結果は、すべてカノ島の研究者に同時に共有されていた。
そして多くの研究者は、1つの衝撃的な結果を導き出していた。
それは、今回地球を通り過ぎた太陽風に、荷電粒子とは反対の極性を持った電荷が含まれており、それが地球を通過する際に電荷同士が引き合い、互いに結合をしてしまった。
結果、地球を取り囲む荷電粒子帯を構成していた電荷は、宇宙空間で結合すると微粒子へと物質化し、地球の引力に反応する重量が生まれた事で地球に引き寄せられて、地上へと落下していった。
ほとんど質量が無いような粒子であったが、粒子同士がくっつき合い、より大きな物質へと成長すると落下を始め、途中にある大気圏の圧縮断熱により高温となり、その際に燃え残った成分は地上へと落下していった。
今回の太陽風が太陽から放出された時、そしてそれが地球に達した際に、宇宙空間で金色の光が見られたが、それは太陽風の電荷と周囲の荷電粒子とが、結合した衝撃で発生した電磁波であった。
結果、地球を取り巻いていた荷電粒子層は失われ、さらにその太陽風はそのまま地上に達してしまい、地表にある物質の中を流れ、今度は鉄や銅に含まれる自由電子と結合すると電荷的に中和され、その金属内で安定して留まってしまった。
ただ、貴金属と呼ばれる原子番号の大きい純金などは分子構造が安定しており、そこから自由電子を奪うことは出来なかったようで、金の輝きは失われる事はなかったようだ。
しかし原子番号が小さな多くの金属は、太陽風により自由電子を失ない、それらからは輝く金属質感や電気を流す能力を失ってしまい、金属も他の物質と同じように絶縁体に変化したとカノ島の研究者は結論を出した。
このような金属の絶縁体化は普通にある事で、鉄に酸素が結びつくと酸化鉄となり、鉄イオンは自由電子を失い絶縁体となる。
昔の黒い棒磁石は、この電気を流さない酸化鉄が主成分であり、その酸化鉄の粉体を焼き固めて作られたフェライトを磁化したものであり、フェライトは磁気は良く流すことが出来るが、絶縁体である為電流を流すことは出来ない。
もともと世の中にある物質の中で、電気を流すことが出来る導体という物質の方が特殊であり、導体が無くなってから考えると、電気が流れると言う事は不思議な現象である。
鉄と酸素分子との結合は、一般的に密度が高い鉄の表面で起きるが、今回の太陽風は物質の内部にまで流れ込んでしまっていた。
「センター長、フォースはなぜ北極だけに届いていたのですか?」
「そんな基本的な事を君は忘れてしまったのか?
永久磁石で説明すると、N極からでた磁力線はS極へたどり着くよな」
「それは、覚えています」
「地球には地磁気があり、方位磁石は磁力線に沿った向きを示すが、南極と北極に磁石構造の磁極があり、そこが磁力線の収束点となっている。
ちなみに地球の回転軸である南極と北極と、その磁極では少しずれていることは知っているよな。
そして磁石は、磁南極がある方位を指す側をS極とし、磁北極がある方位を指し示す側をN極としているが、これは南極にはN極があり、北極にはS極があるからだ」
「え? 何か逆みたいですね。
でも磁石のSとNが引き合うから、方位磁石のS極が向く南極にはN極があるって事なんですね」
「そうだな。 最初に名前を決めた時、正とか負ではなく、磁石に北と南と方位の名前を付けてしまったから、すこしややこしいことになってしまったんだな。
話を戻すが、南極側から発せられたN極の地磁気は、磁力線として宇宙空間をぐるっと流れ、地球の内部の磁石のS極側に流れ込む。 そこが磁北極とか北磁極と呼ばれるポイントだな。
そして、宇宙空間の遠くから流れて来て、地球の周りで荷電粒子層に流れを止められたフォースは、地球の地磁気の流れに捕まり、北極へと流れ込む。
そのフォースの流れが、北磁極に設置されたマナクリスタル工場の中に集められていたというわけだ」
調査では、今回発生した太陽嵐により地球の周囲から荷電粒子層はほぼ完全に失われてしまったため、宇宙から流れてくるフォースはそのまま地上へと振り注いでいる。
そうしてフォースは地球全体に満遍なく降り注ぐようになってしまった。
それまで北極に集中して流れ込んでいた時と比べると拡散してしまい、地表ではとても弱いレベルとなり、それで結晶を作ることなどは出来なくなっていた。
そもそもこの荷電粒子層とは何ぞや? どうして地球の表面に存在するのか? それはほとんど解かっていないので、例え何万年待ったとしても復活する事などは望めない。
以前のような高密度なフォースを確保するためには、地球全体に振り注いでいるフォースを再び一点に集める必要がある。
この結論が発表されると、カノ島には戦慄が走った。
そして、カノ国が必要とするマナクリスタルの入手は、今後も絶望的になったのでないかと考えられた。
「荷電粒子層が消えたことは痛いが、地球に届くフォースが失われたわけではない。
我々は、自分たちの手で新たにフォースを集める方法を、それも至急に考え出す必要があるな」
「そうですね。 初代王のような、凄い人が現れてくれると良いですね。
北極工場を創れたと言う事は、初代王はひょっとすると荷電粒子層の秘密も解読していたのかもしれませんね?」
この世界では、もともと非常に弱いフォースしかなかった。
しかし、異次元の人の話からフォースの流れが北極に有ることをつかんだカノ国初代王は、北極に新たな工場を造り稼働させ、そこでマナクリスタルの単結晶インゴットを製造する事に成功した。
初代王は、カノ島を作るわずかな期間の間に、摩導を用いた道具や施設などいくつも生み出していた。
北極工場はいまやカノ国の存続にとって超重要な施設であるが、初代王にとってはたくさん作った施設の一つにしか過ぎず、ほとんどの発明に関する詳しい記録は特に見つかっていない。
困った事に、初代王はドキュメントをあまり残さない人だったようだ。
そして、これら施設は作られてから今までで問題なく働いてきたため、施設が停止するなんて事は誰も考えていなかった。
この北極工場以外の施設であっても、もし使えなくなれば同様の大問題が発生する施設が沢山ある事に今回初めて気が付くことになった。
摩導シールド、淡水化施設、摩導通信、摩導コンピュータ、初代王が作った重要な技術は数え上げたらきりがないが、これらはどれ一つが使えなくなっても、カノ国としては大きな打撃を受けることになる。
摩導サーバーなどは、どこに設置されているのかすら良く分かっていない。
その事実に気づいてしまったカノ島の運営者は、さらなる苦悩が始まった。
それまで、太陽風で電気を失った今の地球は、どこか他人事のようにすら思っていたが、自分達も同じ立場に置かれている事に気づかされた。




