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ルネサンスの女神様 - ねえ、電気つけてよ!  作者: 亜之丸
人々の認知 [1週間後]
36/64

5-5 募集

「あー! カツ丼食いてぇー」


 公園では、青年が叫んでいた。

 青年は叫ぶことで溜まったストレスを発散し、公園を出てしばらく歩いていると、後ろからついて来た男が話しかけてきた。


「兄さん、兄さん。 ここだけの話だけど、兄さん好みのうまい奴あるよ。 欲しくないかい?」


 その男は俺だけに聞こえるように、耳元でそっとささやく、


 かつ丼を食いたいのは本当だが、今どき揚げ物が普通に食えるなどとは思ってもいない。

 ましてや、ホカホカドンブリ飯の上に乗っかったカツ丼などは、すでに夢物語でしか出会えない。


「おっさん、それ本当か? やばい話じゃないのか?

 それで、その対価は何なんだ? まさか俺の命なんて言わないよな?」


「いやいや、ちょっとうちの軽トラックを一緒に押してもらえたら、さっきのアレ、食べさせてあげますよ」


 どう考えても怪しい話であったが、もしカツ丼が食べられる言葉に、どうせ暇であった青年は、思わずついて行ってしまった。

 向かった先には、体格がよさそうな男が二人立っていた。


「三人いれば、今日も何とかなるでしょう。

 では、皆さん一緒について来てくださいね」


 そう言われて、その男について行くと、駅前の繁華街の外れまで歩き、そこには荷台に幌が被った軽トラックが停まっていた。


「お二人はすでに判っていると思いますが、お兄さんは初めてなので簡単に説明しますと、この軽トラを押して、ある場所まで運んで欲しいのです。

 私が運転席でハンドルを切りますので、皆さんは後ろから押してください」


 軽トラだと思って舐めていたら、結構つらかった。

 サイドブレーキを外し、ニュートラルであってもかなり重いので、どうやら車の荷台には重量物が満載されているようであった。


 隣を押している屈強そうな男に聞いたら、俺と同じで昨日やはり食い物で吊られたようだ。

 もう一人も常連のようで、最近毎日この車を押していると言っていた。

 そして、これは割りが良い仕事で、この親父は良い人だと教えてくれた。


 彼は、この車押しをやって毎日飯を食っているそうだ。

 

 何しろここまで来る途中の路上には、まだ放置されたままの車も多い。

 路上に停められた車は鍵がかかっており、サイドブレーキもかかっているので、人の手では移動させることが出来ない。

 その為、道を塞いでいる車があると、彼らはそれを避けて迂回をして移動する必要があり、その分余分に移動距離が長くなり疲れてしまったようだ。


 俺たちは車を押しながら繁華街を通り過ぎて、3時間ほどかけて小さな倉庫に到着した。


「あー、君たちご苦労さん。

 約束の報酬を渡すから、中に入ってくれ。

 今日は新入りの希望で、カツ丼もあるからな」


「やった! 新入り!

 なかなか良い選択だな!」


 その男は、奥の部屋から段ボール箱を持って来た。

 段ボールの上には、紙パッケージに入ったレトルト食品のかつ丼が1個置かれ、下の段ボール箱の中には親子丼やカレーなど、いくつもの種類のレトルト食品と、常温保存が可能なご飯のパックが入っていた。


「組み合わせはどれでも良いが、一人6個選びな。

 そのカツ丼は、新入り用だ」


「えー! 俺にはカツ丼は無いのですか?」


「何だお前も欲しかったのか?

 うーん、かつ丼はあんまり残っていないからなぁ。 しかたがない。 今日は新入り歓迎で、一人1個だったらいいぞ」


「俺も欲しい」 ともう一人も即答し、結局全員が1個ずつカツ丼を手に入れた。


「あの、こんなこと聞いちゃまずいのかもしれませんが、これって貰っても問題がない商品なのでしょうか?」


「あたりまえだ! 新人りには言って無かったが、さっきの荷物は駅前地下街にある、自分の店舗から在庫を引き上げて来ただけだ。

 決して盗んでいるわけじゃないから心配しなくてもいいぞ。

 店舗にはまだ在庫が残っているから、もし手伝ってくれるのであれば、明日もあの場所に来てくれ」


 地下街の店舗入り口は早々に閉鎖されたため、繁華街の外れにある従業員通路から自分の店舗の在庫を車に運んでいたらしい。

 リヤカーを持っていれば自分でも曳けたのだろうが、残念ながら軽トラックしか持ってなかったので、力がある若者を見つけるとお願いしていたらしい。


 停電のために暗い地下は危険だと言う事で、地下街は早々に閉鎖されてしまったが、多くの店舗には在庫がそのまま残されていた。

 その男は、たまたまこの近くに住んでおり、そこに倉庫を持っていたので、在庫を倉庫に戻しているとの事で、彼らに渡したレトルト食品もその店舗で売っていた商品である。

 重労働のバイト代として、3時間で3食分と考えると決して高い物ではないが、飯の確保は非常に難しいので、彼らは明日もきっとやってくるであろう。



 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



 日比谷会議は、各省庁からの人たちによってもサポートされていた。

 屋外での会議であるので、時は強い日差しが、時には雨などの天候もあり、そこには多数の防災用のテントが準備され、その下で会議が行われていた。

 また、それ以外に公園の一角には、夜通し行われる会議の仮眠をとる為のテントも多数準備されていた。

 参加者が大人数の会議となってきたため、霞が関の各省庁が持っていた備蓄食材をかき集め、それらを使って少しでも暖かく元気がでる食事をと考えて、職員達で炊き出しのような事が行われていた。


 夜でも篝火の明かりが有り、美味しそうな食事の香りから、避難所ではないが公園周辺にいた人は、会議場の周辺に集まってきた。

 近くのマンションなどから避難してきた人は、最初公園の外にいたのだが、やがて会議が行われている野外音楽堂の席に座る人達が出てきた。

 それは会議参加者には、会議の合間に食事が振る舞われており、それが欲しくて会場に紛れ込んでいた。

 野外音楽堂自体オープンなスペースであり、誰もが中に入ることが出来た。


 日比谷会議は、来る人を拒まぬだれでも参加できる会議であったため、それに気が付いた人が食事時間近くの会議に参加するようになっていたのだ。

 会議の参加者は、食事目的で入っている人がいる事に気が付いていたが、あえて誰もそれを止めなかった。

 いや、積極的に会議に迎え入れる雰囲気すらあった。


 そこで、食事前の野外音楽堂では、主に多数決などの議事が行われることになった。

 それは決定を迷う議題について、多数決の手法を用いて多くの人の考えを織り込むことで、それは貴重な意見を得ることが出来る場となった。


 食事目的の人は学者などではなく、普通の避難民がほとんどであった。

 しかし、何度も会議に参加しているうちに、そこで行われている内容が何となく見えてきて、やがて自分でも考えてみて、その多数決に積極的に参加するようになっていった。

 最初は食事だけが目当てである事に、後ろめたい気持ちが強かったが、真剣にその会議を聞き、自分の考えでその会議に参加する事で、そのような負い目は消えていった。


 さらに、会議に参加して考えているうちに、やがて自分に出来ること、自分がしなければいけない事にたどり着き、会議に参加した多くの人達は、その後に各地の復旧活動に散っていく事に成る。



 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



 全国発信された何回目かの銀輪隊が運ぶメッセージに中に、募集の広告かと思しき書面が入っていた。



『日比谷会議では、以下の問題について解決方法の募集を行っています。

 以下の課題につきまして、斬新なアイデアが有りましたら、ぜひ具体的な提案を銀輪隊に託してください。

 少ない人材で会議を進めておりますので、日本を救う良い知恵の提案をお願いします。


 ・新通貨について、発行の方法

 ・通貨が失われた状態で売買が出来る取引方法

 ・短期間で食料を準備する方法

 ・残されている食料などを、長期保管する方法(現在利用が出来る方法に限る)

 ・各地と、情報と物資の相互交換方法

 ・冬季への準備と対応方法(情報伝達方法を含む)


 ・本メッセージを短時間で大量に印刷する方法

  現在、本会議から配布する大量のメッセージは、すべて手で書き写しを行っています。 役所や学校の倉庫に謄写版が眠っている場合、是非ご提供下さい。


 上記以外につきましても、ご提案もしくは銀輪隊で全国に発信すべき情報が有りましたらお寄せください。』



 募集が入ったメッセージを持った銀輪隊が出発してしばらくした日、防災用の組み立て式リヤカーを曳いて、何人かの男達が日比谷会議にやって来た。

 ちょっと大きく、大事そうに包まれた荷物を積んだリヤカーを曳いて、彼らはかなり遠くから歩いてきたようで、汚れたシャツが汗でぐっしょり濡れていた。


「すみません、日比谷会議はここですよね。

 こちらから受け取った手紙を見て、これが役に立つのじゃないかと思い持ってきました」


 リヤカーに乗せられていたそれは、気泡緩衝材、いわゆるプチプチでぐるぐる巻かれた梱包を解くと、中から大きな段ボール箱くらいある機械がでてきた。


「これはなんですか? ここも電気が使えませんので、残念ながら機械は使えないのですが」


 そこにいた若い人は、ちょっと申し訳なさそうは表情で答えた。


「これ、私の娘が以前通っていた小学校で文集づくりに使っていたものです。

 手紙を見ながらちょっと思いだして、小学校に確認に行ったら、今この機械は使われていませんでしたが、幸い捨てられずに倉庫に残っていました。

 そこで、試しに動かしてみたところ使えそうでしたので、急いでこちらに持ってきました」


「それで、これは」


「あの手紙で、謄写版を探しているって書いてありましたよね。

 これ、ハンドル廻すと自動で印刷が出来る謄写版です。

 電気はいりません」


「えっ! そんな機械があったのですか?」


「インクを入れて、謄写版のシートをこのドラムに巻き付ける事で、後はハンドル廻すことで、横に積んだ紙を中に引き込んで機械的に印刷できます。

 以前は、文集だけでなく、学校で配布するプリントやテストなどを印刷していた機械です。

 これが有れば、電気なしでも、すぐに沢山の印刷が出来ます。

 ちょっと残念なのが、製版機もいっしょに残っていたのですが、そちらは電気が無いと動かなかったので、持ってきませんでした。

 製版が出来れば、綺麗ではありませんが白黒で写真も印刷できたのですが...」


「謄写版が欲しいとの要望を出したうちの上司も、手刷りのガリ版をイメージしていたようなので、一枚ごとローラーで刷ってと話していましたから、これは驚きです」


「ははは。 これは既に忘れ去られた古い機械ですがね。

 それと、もし役に立てばと思いこちらも持ってきました」


「何か日本語が沢山書かれていますが、それは何ですか?」


「これ、和文タイプライターって言う機械で、謄写版の蝋原紙を使って活字で印刷できるのです」


「えぇ! これが昔あったと言うワープロっていう機械ですか?」


「いや、これは漢字が打てるタイプライターで、邦文タイプとも言われています。

 中に入っている金属製の活字を1文字ずつ選んで拾って、レバーで蝋原紙に打ち付ける事で印刷する機械で、これも電気を使いません」


「あ、この表に書いてある沢山の文字が使える活字の文字一覧なのですね。

 ああ、それでこれを動かして、文字盤から1文字選んで、このレバーを押すと...

 昔の機械って、何だかすごいですね。

 電気なしでもこんな複雑な動きするのですね。

 しかも、初めて見ましたが、これであればマニュアル無しでも簡単に使えそうですね。

 よくこんなものが残っていましたね」


「これらは、学校の印刷室で使っていたので、いろいろ一式で残っていました。

 古くからある学校で、大きな倉庫を持った学校では、ひょっとするとまだ他の学校なども残っているかもしれませんね。

 以前はこれらの機械は大変高価でしたから、なかなか捨てるのも心苦しかったでしょうし」


「あ、そんな貴重な物、これは頂いてよろしいのでしょうか?」


「どうぞ、使ってやってください。 その方が、これらの機械も喜びますよ」


「あの、ついでにお聞きしますと、謄写版で使う原紙は沢山残っているようですが、インクってまだお持ちですか?」


「それがですね、既にインクの多くは固まってしまっていて...

 残っていたもので使えそうなものは、お持ちしたそれだけです。

 すべて持ってきたので、残念ながら私たちではそれ以上手に入りません」


「うーん、そうですか...」


「あの? それに使えそうなインクでしたら、うちの庁舎に有りますよ」


 エプロン姿で食料配給を配り終えた少し年配の女性が、通りすがりにそう言って声を掛けてきた。


「それって、以前庁舎で使っていたデジタル印刷機のインクと同じだと思います。

 最近はプリンターで直接刷っていますから、もう今はほとんど使う人がいませんが、大量の印刷を行う時に最近まで使っていました。

 庁舎の印刷機は電気で動いていて、原稿を入れるとスキャンして、自動で製版し、原紙のセットも自動でしたが、原理は同じだと思います。

 今は電気が無いので、そのデジタル印刷機はもう動きませんが、私がいた庶務二課の地下の倉庫にインクはたくさんストックしてあったので、それが使えると思いますよ。

 インクの成分は多少違うかもしれませんが、何とか使えると思いますよ。 今は、そんな細かいことはどうでも良い緊急事態ですから」


「それ、試めさせてもらっても良いですか?」


「あ、私取りに行ってきますので、その間に機械の試しをやっておいてください」


 そう言うと、近くにいた男性を二人ほど引き連れて、彼女はエプロン姿のままどこかに消えていった。

 あ、何処の役所の、誰なのかを聞いておくのを忘れた。


 この輪転印刷機がうまく動くと、これで問題が幾つか解決できるかもしれない。

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