4-6 宴は続くよ
「あ、姫が帰ってきた。 姫、こっちこっち!」
東京ブランチでは、農場を管理する山下里美と、たまたま河原でサツマイモ掘りを手伝う事になった佐藤隆二が、ちょっとした宴会をしていた。
「あら、里美さん、ただいま。 あ、お酒が入って、今日は宴会なの? まだ、続きそうね。
ちょっと着替えてから来るから、また後でね」
「はーい。 あ、今の人が姫です」
「スーツ姿で、綺麗な人ですね。 どこかに、お勤めなのですか?」
「姫は、湯島の設計事務所でアルバイトしているって聞いているわ。
以前は、カノ島に帰るかもって聞いていたけど、年齢が近い女性がここに残ってくれてうれしいの」
「その、そのカノ島と言う島に、カノ国があるって事なんですよね?」
「うん、そうよ。 太平洋にあるカノ島が、カノ国のすべてなの。
カノ国は16歳で成人なのよ。 私は成人するとすぐに東京ブランチに来たので、4年くらいここに住んでいるわ。
ここでは日本に住んでいるカノ国人向けの食事の材料や生野菜を作っているのと、後は酪農もやっているわよ。
どちらも、さっき通ってきた屋外の摩導プランターで作っているのよ」
「いや、これは久しぶりの本物の牛肉だ。 肉好きとしてはたまらないですね。
コンビニの参考のために、評判の店には足しげく通っていたのですが、これは特に美味しいです。
ここには、よほど腕が良いシェフがおられるのですね」
「ふふふ、だったら教えない方がいいかな?」
「山下さん、俺何か変な事言いましたか?」
「そうね。 だったら教えてあげるけどがっかりしないでね。
まず、ここにはシェフなんかはいないわよ。
そのお料理は、佐藤さんもさっき行った、うちの売店で普通に売っている、カノ島グルメシリーズの商品なの。
それを袋から出しただけなの。 それと、それは牛肉じゃないわよ」
「えええ! 嘘ですよね?
これが牛肉じゃなかったら、何の肉なのですか!」
「それは何の肉でもないわよ。 知りたい?」
「もったいぶらないで教えてくださいよ」
すると、後ろから声がかかった。
「それは、大豆よ。
油を搾って残った大豆かすの細胞を分解して、繊維から組み立てなおしたの。
そこに、絞った油の組成を再構成して、動物性の油に近い構造にして香りをつけ、その油を組み立てた細胞に浸透させて作っているの。
あとは、小麦のグルテンも少し加え作っているけど、原材料としては100%植物製ね。
肉の美味しさって、基本的に油と香りと噛み応えが大きいのよ。
味は、当然それだけじゃないけれど、その辺のパラメータの組み合わせを変える事で、世の中に無いお肉でも作ることが出来るわ。
だから、それは動物のお肉じゃないの」
普段着に着替えたマリエがやって来て答えてくれた。
「う、嘘ですよね。 このあふれ出る肉汁が大豆油なのですか?
それを聞いてから食べても、牛肉にしか感じられないんですけど」
「もちろん生産する時に栄養価なども調節できるから、それはパッケージに書いてあるので、ダイエットに気を付けている人でもカロリーが低いタイプを選べば、好きなだけ食べられるわよ。
最も、カノ国の人の健康管理はこの摩導バングルで常に行われているから、カノ島では健康を害するほど太り過ぎた人は見たことが無いけどね。
それと、カノ島の畜産業は食肉の為と言うよりも、乳製品生産などの酪農が大きいかな?
カノ島でも本物の肉は日本から輸入しているので、いつでも食べられるけど、値段や味や健康面で大豆肉に負けているので、あまり人気は無いわね」
「佐藤さん、遅れましたが紹介します。 こちらが何度か私の話に出てきた姫です」
「初めまして。 マリー カルダシアと申します。 マリエと呼んでいただければ結構です」
「あ、俺は佐藤隆二と申します。 初めまして。
俺は、コンビニの本社に勤めていまして、あ、いえ、勤めていました。 今日までですが。
今日会社には退職届を出してきましたので、今は無職になりました。
あの、山下さんは、どうしてマリエさんの事を姫って呼んでいるのですか?」
「あっ! マリー様だけ名前呼びしてもらっていいな! じゃあ、私は隆二さんって呼ぶから、私の事は里美って呼んでね。
それでね、うちの一家はカノ国王宮で植物栽培の管理をしていたから、そこで働くうちの一家は王族であるマリー様の事を姫って呼んでいたから、私もカノ島時代からずっとそう呼んでいたので、今でもそう呼んでいるわ」
「そうね。 里美が言うように私は確かに初代王からの流れを汲んでいるのだけれど、カノ国の王位継承は血縁では決まらないのよ。
これは初代国王自身が決めたことで、ある条件を満たす人が現れた時、その人にすべての王位が継承されるの。
で、ここ何代もその条件に合った人が現れていないので、今カノ国はずっと王位が不在のままなのよね。
私たち初代王の血を受け継ぐものは、次のカノ国国王が現れるまでの、権限もないただの中継ぎ王族よね。
私は王位とかそんな固い話は嫌いなので、成人したからすぐにカノ島を出て来たので、今は王宮や王族には縛られずに助かっているけどね。
そして今のカノ国は、評議会によって国の運営が行われているわ。
ただ、カノ国としての公式な場では、形式上王族が勅命を出す必要があるので、権威は無いけれど王族は国に管理されているわ。
そして、ここ東京ブランチは国の施設なので、この施設内で私が国外のお客様と会談する際には、必ず侍従が付いているわ」
そう言って、食堂の小部屋の入り口に立っているホーラを、マリエはチラッと見た。
「マリー様侍女の畔上ホーラと申します。
マリー様が失言をなさったとき、いつでもフォローできるように側に控えております。
よくある事ですので、失言がありましても、すぐにお忘れ頂けますようお願い申し上げます」
「ブーブー! 私は、そんなに失言はしませんからね!」
どうやら、マリエが話すほどカノ国は厳しい定めはなさそうだ。
「あ、俺が日本を代表したお客様だなんて! 俺は今日、山下さん、えっと、里美さんの畑の手伝いをしただけですよ。
ふっ、でも皆さん、とても仲がいいんですね。
今日初めてご招待いただき、ありがとうございます。
さっきから驚きの連続です」
「ここに住む人たちは、ここの生活が日常のすべてなので、あまり日本の事には気が付いていないようだけど、私はアルバイト先の所長と毎日 日比谷で行われている会議の参加しているわ。
どうやら、日本は、そして世界は大変な状態になってしまったみたいね」
「姫? 昼間に隆二さんから、停電したからコンビニが潰れちゃうって聞きましたけど、やっぱりそうなのですか?
急いであのアイスを買っておかないと、溶けちゃって食べれ無くなっちゃいますよ!」
「あ、それは心配しなくとも、私の部屋にたくさん買ってありますよ。
一個だけでよければ、特別に分けてあげますよ」
「えっ、今 沢山買ってあるって言いましたけど、どうして一個だけなんですか?」
「では、特別に2個までとします」
「はいはい、お二人ともアイスの話はそこまでにしておきましょう。 お客さんの前ですよ」
ホーラから止めが入ってしまった。
このまま、この二人の漫談は続きそうであったので、役に立つ侍女だ。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「一般的な規模のコンビニでは、店舗内に商品棚が2列並び、棚の周りに通路が3本ある場合が多いです。
お客さんには店内全体を回遊してもらって、沢山の買い物をしてもらい、最後に出口近くのレジの前に来るのがコンビニの動線の考え方です」
「でもね、ここの東京ブランチにあるお店がどこかに出店したら、きっとお客さんは来ると思うのよ。
いまだと他にお店は無いので、外にまでたくさんの人が行列するくらい、きっとお客さんは来ると思うわ。
すると、今あるコンビニの店舗の形式では、たくさんのお客さんには対応できないので、店内は大変な混雑状態になると思うのよ」
「それで、細長い店内の両側の壁に商品を並べて、入り口から入ると一方通行の真ん中の通路で商品を選び、入り口とは反対側にある出口で会計ですか。
それって、途中で買い忘れても戻ることが出来ないってことですよね。 それだと一般のコンビニの店舗の運用としては厳しいですね」
マリエと隆二は新たなコンビニのスタイルについて、ずっと議論していた。
里美は酔いが回った為、先ほどホーラに連れられて自室へと戻っていった。
そして戻ってきたホーラによると、里美は嬉しそうに何か寝言を話していたそうだが、あえてその内容は聞かない方がいいだろう。
「先ほど、ここの売店で買い物をさせて頂きましたが、この電子マネーのリングで商品が買えるのは便利で良いですね。
確かに、このシステムであれば、POSレジや買った商品をレジ袋に入れる作荷台が必要ありませんので、店内全てを商品棚に出来ますから、店舗の効率は良いですね。
あと、さっきいただいたカノ国の食料品はとても魅力的だと思います。
特に、摩導パックですか? 開けるだけで作り立て熱々の食べ物が出てくる。 それも飛び切り美味しいものが食べられる。 これには驚きしか言葉が有りません。
確かにこんなお店が有ったら、今回の停電になる前でも皆が飛びつき、コンビニは大打撃となったでしょうね。
で、問題は……」
「やっぱり、そこよね。
まず、私たちは、日本で儲けたり、他の店の商売を邪魔する気はないの。
今までも、自分たちが消費する分を、自分たちの国の中でしか販売して来なかったわ。
でも、今世の中の状況が変わっちゃったよね。
日比谷で行われている会議を聞いていて、少しでも食糧を提供できる方法があれば、なんとかそれを提供できないかと考えているのよ。
確かに一番の問題点は、仕事をしても、物を売買しても、そこで使えるお金が無くなってしまった事ね。
だから、そこを一番最初に考えないといけないわね」
日比谷会議でマリエが思いついた事が有っても、所長には建築関係の話しか出来ないので、これまで話し相手がなく困っていた。
マリエは何かを考えているようであるが、一人では考えがまとまらず、周りに商売の専門家もいなかったので、今夜隆二とその話がじっくり出来てとても嬉しそうであった。
「まあ、俺もこれで暇になってしまいましたから、少しは何かお手伝いできるかもしれません。
もっとも、俺も自身が食べる食料を探さないと、これからは食べていけませんので、遊んでいる暇など有りませんが」
「ん? まあ、ご飯くらいはここで食べさせてあげるから。
それよりさ、君、これから時間はたっぷりと有ると言ったよね。
だったら、ちょっと面白そうだから、さっき君が話していたプランを実行してみたら?
あなただけで出来ない部分は、私も支援してあげるからさ」
「え? それってどういう事ですか?」
「日比谷にいる若い子たちの中には、ちょっと飛び超えた考えの子がいてね、彼らの話も楽しいのよ。
さっきのあなたの話と合わせると、なんとなく面白いことが実現出来るかもしれないわね。
継続して復興を行うためには、一時的にカノ国が手を貸すだけじゃだめで、日本人自身が皆で協力して少しずつ解決していかないとダメよね。
しかし国の復興レベルの大規模な事は、多くの人の意見を聞いたり、常識的なレベルで進めていたら、生存に必要とする時間が足りなくなり、多分失敗するわね。
カノ国評議会の方針では、自国が困っている時に、他国の援助までは出来ないと考えているようなのよ。
だけどこの世界が手遅れになってしまう前に、私は個人的であっても、復興の足掛かりとなりそうな事を、すこし差し伸べてあげても良いんじゃない?って思っているの。
それに面白そうな事って、私大好きなの」
「さすがに王族の方はおっしゃることが国の生死レベルですね。
それでご協力いただけるのであれば、俺も面白そうな事をやってみたいと思います」
「まあ、暇になるような時は、うちの農園でも手伝ってよ。
里美も手が足りないようなので、もしあなたが手伝ってくれれば、里美に1つ貸しが出来るので、また無茶なお願いでも聞いてくれるかな、と思って」
「マリエさん、今あなたの視線がそのテーブルの上のサツマイモの上をさまよいましたよ。
国レベルの話をしながら、話がいきなり現実に戻されていますよ。
もっともこの話が始まると、俺もそれほど暇では無くなると思いますけどね。
マリエさんも、なかなかブラックな方ですね」
「何をおっしゃいますやら、オホホホホ」
「でも、俺なんかでよろしければ、しばらくお手伝いさせていただきます。
けれど、カノ国民でない俺に大切な秘密や摩導具などを渡してしまって大丈夫ですか? 国家機密とか……」
「ま、私が承認しますから問題ないでしょ。
特に、日本国内の仕事については、私よりも日本人であるあなたがやってくれた方が、カノ国の内政的に考えても都合が良いしね。
あなたの仕事で困った事や私への依頼事があれば、里見経由で私に連絡してくださいね。
明日目覚めてその話聞いたら、彼女きっとビックリするわね。 ふふふ、楽しみね。
それとさっき、売店でカノ国の通貨であるパラスを使ったと聞いたけれど、さっき話したあなたのご飯代は そのパラスを渡すわ。
パラスがあれば、ここで食事したり、ここの売店で食べ物や日用品が買えるから パラスでいいわよね」
「有難うございます。 助かります。
どうせ、日本の円をいただいても、今更使えるところはどこもありませんから、パラスで頂いた方がこちらも助かります」
「それと、この施設に永続的に住めるのはカノ国の人だけなので、貴方は自宅からここに通ってください。 そして、今後の日程などは里見と相談してください。
今日のように仕事が遅くなる場合などは、臨時としてここでの宿泊も許可します。
それと、使っていない私の摩導自転車がありますので、それをあなたに提供しますので、客先訪問やここへの通勤用として使ってください。
私は、明日も朝から湯島の事務所に出勤だから、さっき話した日比谷会議の人達にも声を掛けておくわね。
最後に、今日は楽しかったわ。 もし不明点が有ったら里美かホーラに聞いてね。
ホーラ、明日朝、里美が起きてきたら隆二さんの事を伝えてね」
「はい、マリー様。 畏まりました」
「じゃあ、私達は部屋に戻るけど、里美からあなたが泊まる部屋の使い方は聞いているわよね。
東京ブランチの館内案内は、そこの棚に置いてあるから、これから使う事も多くなると思うので、それを参考にしてね。
この後はお部屋に戻ってもいいし、ここでもう少しお酒飲んでいてもいいし、ラウンジに移動してもいいし、もう一度シャワールームでマッサージしてくるのもいいかな?
では、今後ともよろしくね。 おやすみ」
「あ、俺はここで館内案内を読ませてもらってから部屋に戻ります。 では、おやすみなさい」




