4-5 日比谷会議と少年
マリエは、遠藤所長の補佐として、今日も日比谷会議にやって来ていた。
所長は使い慣れた大きなカバンを手に、マリエは背中のリュックに会議の資料を入れて、事務所から1時間ほどを歩いて日比谷公園を訪れていた。
会議の場では、マリエは所長の後ろに座り、所長の発言を遮らないように注意しながらも、準備してきた資料を次々と所長に渡していく。
マリエがチョイスして持ってきている資料は、彼女なりにあらかじめいくつかのパターンを想定し準備されている。
所長は会議の流れに合わせて、自分の考えを気持ちよく発言をしているつもりである。 しかし、マリエが手渡す資料は、所長の発言や提案を具体的に補い、会議はその資料のデータを正解と捉えて進んでいく。
確かに提示されたデータや数値に誤まりなど無いが、例え同じデータであっても、比較する対象やその見せ方により、受け取り方は大きく異なり、表やグラフを作った者の裏の意図により誘導されていく。
これは新聞やテレビなどの報道にも言える事である。
会議には、正規な記録係以外に、何人かで発言内容は記録され纏められていた。
その男の子は大きなテントの隅のテーブルにちょこんと座り、会議を聞きながら記録を書き綴っていた。
この会議の本題以外に、別の分会に対する提言や質問などが出ると、それらは各分会毎にまとめ、会議が休憩時間になると、そのメモを各分会に渡していた。
男の子はまだ高校生のようであり、この会議に参加している中では最年少かと思われた。
彼は停電により学校が休みになっているので、自転車で都心にやって来たところ、たまたま訪れた日比谷公園で行われていた会議に興味を持った。
そのまま話を聞いていたが、自分でも何かしたいと思い、意見をまとめる事と他の分会に意見を伝える仕事を自主的に始めていた。
会議が休憩時間となると、記録を行っていた男の子は、所長が提示した資料を写させてもらおうと、マリエのもとにやって来た。
「すみませんが、会議資料を残したいので、先ほどの資料をもう一度見せて頂けませんか?」
「え? あ、君は会議の記録係だっけ?」
「あ、すみません。 僕は正式な記録係ではないのですが、会議を記録していて、必要であれば他の分会に共有しています。
この会議では、僕のようなボランティア的な事をしている大学生も他に何人かいますが、高校生は僕だけみたいです。
あ、僕は大山 幹人と言います」
「そういえば、君たちがあの壁に大きなリストを張っているのを見かけたけど、あのリストは君たちが作っているのでしょ? 読みやすく、よく纏められているわ。
あのリストのおかげで、沢山分会が、いつ、どこで、何が話し合われていて、それがどこまで進んだかすぐにわかるので、皆も感謝しているのじゃないかしら?」
「あれは、クロノロジーといって、これまでの話を時系列で並べて整理し、途中から参加した人でも会議の内容が分かるように、皆で情報共有が出来るようにしています。
お役に立てているのであれば僕としても幸いです。
今高校3年生で、本来であれば受験なのですが、世の中こんな状態ですので、ここの会議を聞いている限り、来年に受験があるかすらもわかりませんので、ここで社会勉強させてもらっています。
それと、ここはお弁当も出ますので、自分が食べた分くらいは、何かでお返ししないと申し訳けなくって」
少年は、お弁当について話すと、ニコリと微笑んだ。
「あら、ご丁寧な紹介ありがとう。
私はマリエ。 遠藤所長の秘書として会議に参加しているわ。
そうそう、資料が見たいって言ってたのよね。 で、どの資料を見たいの?」
そう言うと、マリエは持っていたリュックから一抱えの資料を取り出した。
「えっ、こんなに作ってあったのですか⁉
あの、これだと僕が見せて頂きたい資料がどれか判りませんので、ちょっと全部を見せてもらっても良いですか?」
「午後も使うから、絶対に資料の順番は入れ替えないでね。
私は午後の会議があるから、隣でお弁当を食べさせてもらうけどいいわよね。
はい、どうぞ」
幹人は、マリエから受け取った資料を上から順に眺めては、見終わった資料を裏返し、隣の山に移していく。
途中、該当の資料が見つかると、それは見終わった山の中に斜めに置き、後からわかるように目印としていく。
そしてすべての資料を最後まで見終わると、斜めに差し込まれた資料を開き、それを綺麗に写し取っていった。
そのころ、マリエの食事もちょうど終わったようだ。
「大変ありがとうございました」
「どういたしまして」
「資料はかなり沢山あり、凄いですね。
この資料は所長さんのほか、事務所の皆さんで作られているのですか?」
「いいえ。 もともと日比谷会議は所長と私しか係わっていないから、この資料は私が作っているわ」
「え? これお一人で作られたのですか?
この内容って、古い資料をどこかから持ってきたのではなく、統計データなどはこの会議の為に新しく作成された資料ですよね?
今パソコンが使えないのに、どうやって作られたのですか?」
マリエは、ちょっと『しまったな』って顔を一瞬するが、
「あ、それは事務所の秘密ね」
でも、それではたぶん誤魔化せていない。
「それと、ちょっと驚いたのですが、この資料って最初に結果が決定されていて、全ての資料はその結果に向かうように作られていませんか?
全部の資料を一度頭の中で並べなおして見ると、会議がどの入り口から流てきても、そこにある一番最後の資料の結果にたどり着くように計算されているように思えるのですが。
あ、そうか。 これから行われる午後の会議は、その一番最後の資料の結論になるのですね?」
マリエは、かなり動揺した表情が隠せず、
「ふっ、君が見た資料は二人だけの秘密ね。 その最後の資料は、うちの所長にもまだ見せていないから。
君は、さっき関係ない資料はちらっと見ていただけの様だったけど、あの時間だけで、この資料がすべて繋がっているって解ったの?」
「僕は将棋が好きで、棋譜を覚えるよりは簡単です。
それよりも、さっきの会議の途中でなにか違和感を覚えたのですが、この資料を見せて頂きその謎が解けました。
さっき所長さんの発言により、会議の流れが途中から大きく変わった気がしていたのですが、実は最初から考えられていたシナリオがこの資料の中にあり、そのゴールに向けて道が作られていたわけですね。
会議では異なる意見が沢山あったようですが、実際にデータとして示されてしまうと、たとえそれが一人からの意見だけであったとしても、裏付けされたデータには反論はできませんので、流れはその方向になりますね。
でも、見せて頂いた資料が示す流れは僕自身の考えに近く、会議の結果としてその最後の資料のようになれば良いなと僕も思ってました。
そして、僕が考えていなかった隙間も埋めてくれましたので、この資料のおかげで目指すべき全体像がはっきりと見えました。
午後はいきなり最初から、その最後の資料を見せた方が、無駄な話し合いの時間が無くなって、本当はよさそうですけどね」
「ふふふ、ここらは先はあくまでうちの所長が考えて、これから行う提案なので、これはその途中経過の資料にすぎません。
私はあくまで所長の助手ですから、君の思い違いですよ」
「それよりも、どうしてまだ行われてもいない会議をあなたが予想できて、この資料をどうやって作られたのか。
そしてこの最終結論をどうやって導き出されたのか、僕は会議よりもそちらの方が興味深いですね」
「まあ、それも事務所の秘密と言う事で、よろしくね」
当然それは遠藤の事務所の秘密などではなく、資料作成自体が東京ブランチの秘密であった。
世界中のデータが今も保存され、最高の予測計算処理が使用できる摩導コンピュータへのアクセスを行い、それをフルに使用して得られた未来予測結果である。
その最後の1枚の資料は、これから起きるであろう沢山の被害予想のうち、被害が最も小さくなる答えの1つである。
しかし1つとは言え、その答えを自分で探し当てたこの少年はいったい何者であろうか?
「あ、見せて頂いた資料の事は絶対に秘密として守りますから心配しないでください。
僕にとって、ここの会議を聞くのも勉強ですが、見せて頂いた資料は更に良い勉強となりました。
マリエさんは他の会議には出られないのですか?」
「私は所長の秘書で来ていますので、所長が出られている復興分会だけですね」
「そうですか。 ちょっともったいないな、と思いまして。
僕も復興分会に顔を出す事が多いので、またお会いできましたらよろしくお願いします。
では、ありがとうございました」
「うん、じゃあね!」
実は、まだ動揺していたマリエは、これ以上喋ると何かバレてしまいそうで、なるべく早くこの場を離れたかった。
これがマリエと幹人との初めての出会いであった。




