3-7 救荒作物
佐伯有希は高校2年生であるが、急に父親に海外赴任の話が来て、彼女を日本に残して両親は春から海外に行ってしまった。
両親について行かなかったのは、海外暮らしはちょっと嫌だったのと、そこにはちょっと一人暮らしをしてみたいという憧れが有った事は否めない。
そして、家族が借りていた広いマンションは解約され、その家族の荷物は今倉庫に眠っている。
有希は元のマンションの近くに、独身者用の小さなアパートを借りて独り暮らしを始めていた。
そして、そこに思いもよらぬ今回の大停電ある。
有希は、意外と大雑把な性格をしており、それほど物事には動じない方であり、停電を楽しんでいる感じこそすれど、不安などはあまり感じていないようであった。
近所の掲示板に備蓄食料の配布の場所と日時のお知らせが張られていたため、初めてのサバイバル感覚で、先ほどその公園に並んでもらってきた。
透明な袋に入れられた緊急物資は、あまり多いとは言えない量だけど、水と食料は大切なので急いで家に持って帰ろうと思っていた。
楽観的な有希は、それほど大変な事が起きているなどとは考えてもおらず、いずれ誰かが、きっと何とかしてくれると思っていた。
そして、その緊急物資を受け取った帰り道の事だった。
公園を出て、住宅地の中の道路を横切ると、小さな女の子が道路にしゃがみ込んで泣いていた。
その子の絞り出すような鳴き声に、有希もちょっと気が引かれ、
「どうしたの? お母さんはどこ?」
最初は、泣いていただけの幼女であったが、少しずつ話してくれた内容から、この子はこの近くに住んでいるらしいのだが、どうも家に誰もいないらしい。
この子の名前は田山梨花ちゃん、6歳であるというところまでは判った。
そして、その誰もいないと聞いた家まで送っていくが、確かにその家には誰もいなかった。
さらに聞くと、停電から毎日ずっと一人ぼっちで家にいたそうだ。
しかたがないので、『佐伯有希と言います。 梨花ちゃんが一人でいるので、私の家で保護します』 と手紙を書き、梨花ちゃんの家に置き、彼女を私の家に連れて帰ることにした。
これからは私の家で梨花ちゃんが食べる分の食料が必要で、梨花ちゃんの家には食べる物はかなり残っているようなので、残っている食べる物をしっかり一緒に持って帰る事にした。
「でも、困ったな。 これからどうしようかな」
交番に連れて行ったところで。この状況でお母さんを探してもらったり、梨花ちゃんを保護してもらう事は難しそうなので、解決は絶望的だ。
ましてや、私自身もどうしたらよいのかわからないし、と言ってこの状況を知ってしまうと、ここに幼子を一人で置いておくことは更にできない。
まさか、幼女を拾ってしまうなんて思ってもいなかった。
これまで他力本願であった つけが出たのかもしれなかった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「里美さん、すみませんが、ちょっと教えてもらえますか?」
「はい、姫。 何でしょうか?」
マリエは朝食の際に、東京ブランチで農園の管理をしている山下里美に話しかけていた。
「なるべく早く成長して食料になる植物って、どんな種類が有りますか?」
「それって、カノ島ではなくって、ここ日本での話ですよね?
であれば育成が早い葉野菜よりも、お腹に持つ食事になる野菜が良いですよね。
であれば、やはりイモ類でしょうか?」
「お芋さんって、種まいてからどれくらいで食べられます?」
「カノ島で芋と言うとキャッサバやジャガイモが一般的ですが、救荒作物としてであれば姫の大好きなサツマイモが良いのではないでしょうか?
そう言えば、カノ島ではサツマイモを作っているのは見たことが無かったので、今度カノ島の農園担当に推奨しておきますね。
サツマイモは種を撒くよりも、春に苗を植える事で、秋に収穫できますよ」
里美の家は王宮の農園栽培を担当しており、実家ではマリエの事を姫と呼んでいたので、里美も子供のころからの習慣としてマリエの事を姫と呼ぶようだ。
「でも、そろそろ7月に近いよね? 春に植える植物を、夏が近い今から栽培をしても大丈夫なものですか?」
「そうですね。
普通に植え付けるのには適切な時期はすでに過ぎていますので、芋が生育する時期には周りが寒くなりますので、寒い地域ですとちょっと厳しいかもしれません。
でも、暖かな土地であれば、ぎりぎりでいけるかな? どこに植えられる予定なのですか?」
「今私が行っている日比谷の会議を聞いていて、多くの人に私たちが食料を配ることは出来ないけれど、少しでも食糧の助けになれるのであれば、それも良いかなって思ったのよ。
みんなでも育ててもらえそうな植物があれば、その種でも配ろうかなと思ったのだけど、日本の北の方や高地は寒いわね。
ちょっと無理そうだから、忘れて」
すると里美は少し考えて話す。
「日本の環境では、サツマイモは苗の植え付けから収穫まで4~5か月くらい必要ですが、ここ東京ブランチで使っている摩導プランターを使えば、収穫まで1か月とかかりません」
摩導プランターとは、プランターと呼ばれているが、ベランダ菜園の小さなプランターなどではなく、カノ島の大規模農園であるプランテーションで使用されている摩導具であり、摩導コンテナと同じ規格の2.4mx12mの大きな四角い箱だ。
摩導プランターは、中の植物に対して温度や湿度、水、光、栄養など幾つかのパラメータが自動でコントロールされており、特に光と温度を早いサイクルで変化させることで、普通の温室に比べて数倍の促成効果を持つ。
収穫時まで摩導プランターは密閉された状態で育成されるので、雑草や病害虫と言った植物の敵となる者の侵入は存在しない。
さらに摩導コンテナーの中での育成作業は完全自動化されており、植えられた植物は、収穫まで密閉されたコンテナ内で、人手を介さずに生育する。
「でも、摩導プランターはカノ国の施設だし、東京ブランチにある数も限られているので、それを勝手に日本の各地に配ることは出来ないわ。
それに、配るのは小さな種を考えていたのだけれど、苗だと今からたくさんの数を準備する事は難しいわね」
「それでしたら、現在東京ブランチに空けてある摩導プランターが2棟有りますから、それを使うことは出来ますよ。
摩導プランターで芋を育てるのではなく、東京ブランチにある芋を種芋として、そこから蔓を延ばして、その伸びた蔓を切ることで苗にすることができます。
ある程度蔓が伸びてきた時点で一度切り、その蔓を節ごとにいくつかに分けるとそれぞれが苗になり、元の蔓もまた伸びてきます。
2棟の摩導プランターをフルに使えば、1万株くらいの苗であれば1週間ほどあれば作る事が可能と思われます。
それと、いま開発中の育苗用のポット鉢という摩導具を用いれば、摩導プランターでの成長とまではいきませんが、この周囲の土地であってもかなりの促成栽培が出来るかもしれません。
東京ブランチだとカノ島みたいに多くの摩導プランターを使うことは出来ないので、プランターが使えない場所でも、ある程度短い期間で生育が出来ないかと、最近実験をしています。
摩導ポットは植えた種や苗の根に対してのみ作用し、ポットから上に伸びてしまった茎や葉は周囲の影響を受けることになりますが、ただ普通に地面に植えるよりはかなり促成効果は得られるのではないかと期待しています」
「えっ? それを使ったら今からでも秋にお芋さんの収穫ができるの?」
「それには、今度の摩導ポットを作る際に、摩導プランターの機能をどれだけ組み込めるかによってですね。
摩導ポットとカノ島の肥料を組み合わせれば、うまくいけば、路地でそのまま育てるよりも半分くらいの期間で収穫できるのではないでしょうか?
ただ、植物や自然環境が相手ですので、実際にやってみないと判りませんが……」
「だったら、その空いている摩導プランターで苗を作ってくれない? 摩導ポットの開発は私も後押しするから!」
「いいですよ。 ただ空いている2棟の摩導プランターは、姫のサツマイモの飼育用に空けてあるものです。
それに、苗を作るのであれば、今東京ブランチに保管してあるサツマ芋は種イモとしてすべて使用しますので、姫は焼き芋をしばらく我慢してくださいね」
「えーーーーーー!」
その提案に、いつになく真剣に悩むマリエであった。
でも、里美の話は半分冗談で、マリエにはまだ話していないが、東京ブランチ近くの河原で、摩導プランターを使わない路地植えによるサツマイモ栽培実験は既に開始されていた。
このような理由で摩導プランターが使えなくなる事などとは植えた時には考えていなかったのだが、旬である秋に向けて天然物のサツマイモも育ててみようかと思い、先月初めに実験の開始を始めたばかりであった。
摩導プランターを使わないで植物栽培をする実験は初めてなので、その河原の環境で美味しい芋に育つかまだわからない。
先ほど里美が話していた育苗用の摩導ポットの試作を兼ねた実験なので、その効果を調べたいと思っている。
なので、河原には摩導ポットとカノ島産の肥料を組み合わせた、4つのグループで植えてある。
マリエは育成期間よりも、当然食べた味の方を重視するので、マリエに話せるのは収穫してみて食味検査に合格してからであると考えていたし、収穫時期は摩導ポットでの成長次第となっている。
まあ、植えてから1月以上は過ぎたので、一番早いと想像される摩導ポットとカノ島産の肥料を組み合わせた苗であれば、そろそろ芋も育っているかもしれない。
「せっかく思い立ったから、明日にでも試しに掘り出しに行ってみようかな」




