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【完結】Camellia~紅の吸血鬼が紡ぐ物語~  作者: 八十浦カイリ
第六章 サイレンは鳴り続ける
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断章 とある少年の話2

その日も、少年は学校から急いで家へと走っていた。

少し不安なことはありながらも、それでも母親の笑顔と暖かい家庭を求めて、気づけば足が素早いステップを刻んでいた。

今日のご飯は何だろう。家に帰ったら何をしよう。少年の頭の中は、楽しいことでたくさんだった。

「ただいまーー!」

家のドアを開けて、叫ぶように挨拶をする。返事はない。


「あれー?お母さんーー?」

どうしたんだろう。具合悪かったらどうしよう。

不安になりながらも、ゆっくりと歩を進める。この時間に家にいないということはまさかないだろう。

家の奥に進むにつれて、少年の不安は嫌でも強くなる。いや、家の中にあった異変を、感じ取ってしまったのだ。

鉄のような不快な匂い。どうして家の中でそんな匂いが。幼い少年には理解ができなかった。しかし、何か良からぬことが起きているということだけは、少年の本能が察知していた。


鼓動が早鐘を打つように早くなる。

頭の中によぎる最悪の想像を、頭の中から何とか振り切ろうとする。

何も、何も起きていないでくれ。

何かの間違いであってくれ。


不意に、ぬるりとした液体に足を取られる。

「うわっ……」

思わず飛び退き、その液体の正体と目が合う。赤黒い液体。血だ。

「ひっ……なんで……?」

喉から声が漏れる。先を見たくない。でも、この光景が現実だということを、鉄臭い嫌な匂いがどうしても主張してくる。


立ち上がり、少年は再び歩を進める。

たとえ、"それ"を見たときに後悔することになったとしても。

「……お母、さん」

そこに横たわっていたのは、朝までは元気だったはずの母親で。

いつも笑顔だった顔は、まるで死人のように蒼白になっていて。

「……■、■■」

どうしよう?救急車?どうやって呼ぶ?119番だったっけ?それとも110番だったっけ?呼んでもなんて言えばいい?

思考がぐるぐると回って、その場から動けなくなる。

何より、ここから目を覚ましてしまったら、愛する母はそのまま動かなくなってしまいそうだ。もし動かなくなったら?自分はどうやって生きればいい?


急に、部屋の中が揺れる。ドシン、ドシンと、地響きのような音がリズミカルに鳴り始める。

「うわっ……!」

激しい揺れに足を取られ、少年はそのまま横転した。

立てない。立ち上がれない。足が動かない。手だって動かない。

足音が少しずつ近づいてくる。状況も何もかもわからないが、近づくほどに再び心臓の鼓動がうるさく鳴り始めた。


少年は足音の正体をこの目で見ることになる。

異常なほど大きく膨れ上がった手足に、3メートルはあろうかという高さ。

手の爪は長く鋭く伸び、高すぎてよく見えない顔は口から薄汚く涎を垂らしている。

紛れもなく怪物だ。

「う……うわあああああああああっ!!!!!!!」


喉が枯れそうになるような大声で叫び、その場から逃げ出そうとする。が、足が動かない。

恐怖で全く身体が動かないのだ。

きっと、自分もあれに襲われて……母親のようになる。

死にたくない。嫌だ。怖い。痛いのは嫌だ。

それは、少年が生まれて初めて明確に感じた"死の恐怖"。

圧倒的な恐怖の濁流が、彼のあらゆる思考を押し流していた。


怪物の爪が彼の眼前へと迫ろうとしていたその時。

それは少年へと振り下ろされることはなかった。

寸前で、何者かがその場に来ていたのだった。

「だ……誰…?」

「ふぅ。何とか間に合ったよ。立てるかい?」

「近くで異臭があったと通報があったから。それにしてもギリギリ。もう少し早く走るべきだったんじゃ?」

彼の目の前に現れたのは、彼より少し年上だろうか。穏やかそうな顔をした少年と、同じくらい背の高い少女の二人。


「無茶を言わないでよ。僕は睦海より足早い訳じゃないんだから」

「ああ言えばこう言う。とにかく話はこいつを片付けてから」

「グギャアアアアアアアアア!!!!」

身体を背中から切られ、怪物は悶え苦しんでいた。あれだけの体格差があるのに、二人は全くそれを物ともしていなかった。

「お兄ちゃんたち、何者なの!?」

「うーん、そうだなぁ。一言で言うなら、こういう化け物を退治する人たち。って感じかな…っと」

それでも力を振り絞ってなのか、少年たちの方に怪物は向かってくる。

「無理して動くと傷が開くよ」

涼しい顔でそれを受け流す少年。その顔からは、余裕しか感じ取れなかった。彼の姿は、助けられた少年にとってはまるで救いのヒーローだ。


「優斗一人で大丈夫そうね。ほら、君。立てる?早く逃げた方がいいわよ」

「で、でもお母さんがまだ中に……!」

「仕方ないわね……お母さんも連れてきなさい。その間に私たちで引き付けておくから」

「……うん」

少女に促されるまま、彼は部屋の奥まで再び戻った。


「お母さん、ここから逃げるよ。助けが来たんだ、助けてくれる人がいたからさ、ほら!」

彼の声に、母は一言たりとも答えない。

「お母さん……?ねえ!逃げるよ!!逃げないと!!早く外に出ないとダメだよ!!」

彼の声にも、ピクリとも動かない。まさか、もう母は。

「………な、何?」

引きずって母を連れていこうとする彼の耳に、ジュージューと何かが焼けるような音が聞こえてきた。

続いて、視界に入ってくるのは黒い煙。


「……やく、はやく!逃げなさい!!火事!」

「……で、でも……」

「もうその人は助からない!早く逃げないと君の命が危ない!!」

もう助からない。

そう言われたことで、ようやく状況を理解する。

もう母は二度と助かることはなくて、この家だってもう焼け始めているということに。

「……う、うわああああああああ!!!」

少年は、一目散に逃げ出した。


「問題の怪物は討伐完了。消防と救急車も呼んでおいた。それにしても、今までに見たことない亜人だったね……」

「子供の方はは家から無事に逃がしたけど、母親は出血多量で助からないし、それに……」

「ああ、きっと夕食の準備でもしてたのかな。火の不始末で家は大火事だ」

「あの子、あれからどうするのかな……」

「別に、どうもしないよ。親戚がいるなら引き取ってくれることもあるだろうし、僕たちは変わらず亜人狩りをするだけ。そうだろ、睦海?」

「気分は晴れないけどね。まったく……助けられない命があるっていうのはいつまでも嫌なものだわ」

「割り切りなよ」

「割り切っちゃいけないと思うのよ、あなたは割りきりすぎなのよ」

「ふーん……優しいんだね」

「皮肉?」

「皮肉に決まってるじゃないか」

「あっそ」


燃え盛る我が家を後に、少年はどこへと知れぬ場所へと走り去る。

こうしてその日、少年は全てを失った。

そして、それが今までの人生へと別れを告げる瞬間だった。

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