第六章 1 本当の気持ち
8月の初頭。じりじりと茹だるような暑さの中、私は夏休みの宿題と格闘していた。
亜人狩りなんて仕事をしていたといっても、私たちは学生。つまり学業からは全く目を逸らすことは出来ないのである。
出来ないんだけど……
「ねー恭平さん、そろそろエアコン付けないの?ボクもう限界なんだけど」
「そんなお金ないって言ってるでしょ」
「まあまあ、ここは僕の持ってきた映画でも見て暇を潰そうじゃないか。適度に音がある方が集中できるって言うだろう?」
「頼むから暇を潰したいって欠片でも思ってんならもうたょいまともな映画持ってきてよ、昨日持ってきたやつも酷かったじゃん」
余計に暑くなりそうなやり取り。ここに来るのもだいぶ慣れてきたけれど、相変わらずエアコンがないのは慣れなさそうだ。
ハンカチと扇風機で何とかやり過ごしながら、目の前の宿題へと向かう。
「あ、そうだ。皆は宿題どうなの?終わってる?」
とはいえずっと無言で向かうのは精神的にキツい。
「終わってるからこの映画を再生してるんじゃないか。僕オススメの100点満点中4点の映画だよ」
「既に9割ほど終えていますね。早く終わらせた方が仕事にも集中できるでしょう。それと麻倉さん
相澤さんの言う100点満点中4点は一般的に言う100点満点中0.4点なので相当酷いですよ」
1点すら下回るって、どれだけ酷いんだろ。最早怖いもの見たさで中身を見たくなるほどの点数だ。
「興味ありげな顔をしてますけど本当にやめた方がいいですよ。時間の無駄です」
珍しく睦海さんが顔を青くしているのを見て、全てを察した。やめておこう。
「ところで詩音は宿題は」
「溜めてたアニメの消化で忙しくて」
「やってないんですね」
あー、やっぱりそうなんだ……。
詩音は結構な勉強嫌いだ。何せ、そういう話題をすると毎回嫌そうな顔をするし、たまにちょっと怒る時もある。
だから最近はそういう話題は振らないようにしていたんだけど……睦海さんはお構いなしだ。
こういうところ、あの人は強いよなぁ、って思う。
「まったく……もう八月ですよ。というか宿題なら毎日30分もやれば済むでしょう。流石にそのくらいの時間は取れますよね?」
「うっ……やる、やるからこれ以上口出すな!」
「はいはい」
「なんか、こうやって見ると親子みたいですね、詩音と睦海さん」
「せめて姉妹か何かだと言われてほしいですけどね。とはいえ、あれはあれで手はかかりますけど、結構楽しくはあるんですよね」
少し苦笑いを浮かべながら、遠い目をして語る睦海さん。やっぱりこうして見ると、詩音とは家族みたいだ。
「そういえば、あんまり皆の家族の話って聞かないですよね」
「あまり人にペラペラと喋るものでもないでしょう」
「そういうものかなぁ……昔は結構友達とそういう話で盛り上がったりしましたよ?」
とはいえ、会話があるのは主にきょうだいについて、なんだけど。文芸部の中ではきょうだいがいるのは一人だけだったから、その一人の妹についての話題が主だった。
「文化が違うのでしょうかね」
「あはは……そうかもしれないです。睦海さんはきょうだいっていますか?」
「いませんね。一人っ子です。ここの人は大体そうですよ」
「なんかイメージ通りですね」
まあ、しっかりしてるもんな……なんて考える私。少なくとも下じゃなさそう……って思ったのは、あくまで睦海さんへの私のイメージだけど。
「流石にこんな仕事ではあるので、理由ありの人が多いんですよ。なのであんまり過去については詮索しないものなのかもしれません」
「あーー……言われてみればそうかぁ」
「そこは麻倉さんもでしょう」
最近、あの時何であんな状態になっちゃったんだろうと思うことがある。
とにかく、目の前が真っ白になって、怒りで頭の中が塗り潰されて……
その時の嫌な感覚は、今でも鮮明に思い出せる。
自分の本当の気持ちがわからない。
既に何度かここで仕事をし始めて、尚更だ。
でも、あの夏までの日常はもう、戻らない。
ただ、私は一人でいたくない。夏休みが終わってから、学校もどういう顔で通ったらいいんだろう。
家に帰れば、暴れてしまったときの割れた壁が、自分の手足から出た血の痕が、今でも残っている。
「ところで麻倉さん、手が止まっていますよ」
「わっ……ごめんなさい、ついぼーっとしちゃって……!」
「別に私に謝らないでください。まあ少しの息抜きくらいは必要ですから。それに人間が集中できる限界は1時間程度と言われています。それ以上集中する時間を増やすのは非効率です」
「あはは……ありがとうございます」
その実、まだ事務所に来てから15分も経ってないんだけど。
今日の分の宿題を片付けたところ、丁度詩音も終わったみたいで。
「あーーーー暇だなーーーー!」
退屈さにじたばたしていた。気持ちはわかるけど、よくやるなぁ……
「私たちが暇なのはむしろ良いことですが。それに暑いから亜人も元気がないんでしょう」
「そういうものなんですか?どっちかというと暑さとか関係なしに普通に動いてそうというか……」
「特に夜になると活発になる亜人は日光を嫌いますからね。まあ、流石に日光を浴びたら即死するような亜人はいませんが」
「そんなの生きていけないもんね、漫画とかだとよく日光浴びて灰になるとか言われてるけど」
「ああいうのは誇張ですからね、そういう種類がいても淘汰されている可能性が高いです」
淘汰されてしまう。というのもなかなか悲しいものだな、と思う。もし亜人に生まれたとしても、それは決して望んで生まれたものではないはずだから。
「ところで……」
さっきから流れているテレビの音声が、どうしても気になってしまった。
「今流れてる映画、何これ?」
やけに耳障りな音響、棒読みすぎる台詞。明らかに優斗さんの仕業なんだろうけど、それにしても色々と不自然すぎる……!
「ああ、これかい?この映画は1988年に公開された映画で当時の雑誌で最低評価を受けた映画なんだ。僕はこれを以前字幕で見たんだけどせっかくだから吹き替えも見たくなってしまってね。すごいだろう?ストーリーが支離滅裂過ぎるから一度たりとも目が離せない最低の映画なんだ」
随分昔の映画だ……しかもこの人めちゃくちゃ早口で語ってくる……!
明らかに何かのスイッチが入ってる!
「麻倉」
「はい」
「そこに触れるとそこのクソ映画オタクが仲間見つけた顔で食い付いてくるから今度から気を付けろよ」
「えー、せっかくクソ映画の沼に嵌められる人を見つけられたかもしれないのに」
「お前の特殊すぎる趣味についていけるやつはそういねえよ!!」
少しだけ、気になったことがあった。
「あの……一つだけ聞いてもいいですか?」
「ん?」
「一体、なんでそんな風にその……面白くないのばっかり集めるようになったのかなって」
聞いた後に、こういうこと言って良かったのかな、と少しだけ後悔したけど、今更だ。




