番外編 更に七年後のマレにて・後編
しまった、とマルヴィナは固まった。結婚式前日に、いらぬ心配を花嫁に抱かせてしまっている。確かに昔、シュツェルツは自分のことが好きだったわけだが、もうそれは過去の話だ。
どうしたら誤解を解けるのか考え込んでいると、シュツェルツがロスヴィータの顔を覗き込んだ。抱き寄せるように、彼女の華奢な肩に手を置く。
「何だ、嫉妬しているのかい? ロスヴィータ」
「え……そういうわけでは……」
「いつも言っているけど、わたしが見ているのは君だけだよ」
「はい……」
フィラスが咳払いした。
「失礼ですが、今は子どもの目もありますので、控えていただきたい」
「ああ、すまない」
シュツェルツは、ちらっとセーファスの様子を窺うと、ロスヴィータの肩から手を離した。ロスヴィータの顔は真っ赤だ。
シュツェルツは反省したのか、フィラスにも話を振り始めた。
「フィラスの身長は、今、何アーロ?」
「九十と半アーロ(約百八十一センチメートル)です」
「じゃあ、わたしのほうが十アーロ(約五センチメートル)も高いなあ。あとで並んで立ってみよう。見下ろしてあげるよ」
「絶対に嫌です」
相変わらずの二人に苦笑しながら、マルヴィナはふと思い出した。
「そういえば、アウリール殿はどうなさっているの?」
「アウリールには、侍医兼わたしの秘書官をしてもらっているよ。彼の見識は、単なる侍医にしておくには、もったいほどのものだからね」
「確かにそうね。……もう、ご結婚はなさったの?」
マルヴィナがそれとなく問うと、シュツェルツは顔をしかめる。
「それなんだけど、いい加減結婚するように言っても、『殿下がご結婚なさったら考えます』と返すばかりでね。でも、こうなったからには絶対、結婚してもらうよ」
情景が目に浮かぶようで、マルヴィナは思わず笑った。
「そう。エリファレット卿は?」
「彼は近衛騎士団の副団長をしているよ。今、わたしを直接護衛しているのは、別の騎士さ。エリファレットには、わたしが王位に即くまでに、近衛騎士団を掌握してもらわなければならないからね。……騎士と言えば、天馬騎士の仕事はどうだい? フィラス」
「順調ですよ。今は妻の護衛を担当しています」
「それならマルヴィも安心だ。ああ、そういえば、スピリアンはどうしているんだい?」
「彼はネロッサの大学に留学しています。学者を目指しているようですよ。家を継ぐまでは勉学に励むそうです」
一通り近況を語り合ってしまうと、ロスヴィータもじょじょに会話に入ってくるようになった。ロスヴィータは以前、シュツェルツの衣装係をしており、それがきっかけで二人は付き合うことになったのだという。
セーファスの提案で、バスケットの中のリオを見てもらったりして、マルヴィナたちは楽しい時間を過ごした。
ロスヴィータは公爵令嬢らしく、物腰も上品で会話の端々に教養が垣間見える。何より、彼女は外見だけでなく性格も可愛らしい女性だということが分かった。
そんなところにシュツェルツは惹かれたのかもしれないと納得し、マルヴィナはようやく安心した。
(あの妙な噂のことは、訊かないほうが良さそうね……)
そう思った時、シュツェルツが言った。
「四年前に母が亡くなっただろう? 君たちにだから言うけど、実はロスヴィータは、父の妃になるはずだったんだ」
マルヴィナは、思わずフィラスと顔を見合わせた。シュツェルツはその反応を予想していたのか、気にせずに続ける。
「でも、先に彼女と付き合っていたのは、私だったからね。色々と策を弄して、取り戻させてもらったよ」
シュツェルツはにやりと笑うと、ロスヴィータの手に自身の手を重ねた。そのあとで、美しい婚約者を優しい眼差しで見つめる。ロスヴィータも、シュツェルツを熱っぽい目で見つめ返した。
シュツェルツは力をつけたのだ。この七年間、懸命に努力して、大切なものを守れるだけの力を。彼はもう、無力な少年ではない。アウリールも、さぞ喜んでいるだろう。
マルヴィナは何だか胸が熱くなってしまい、少しうつむいた。
「母さま、どうしたの?」
隣でセーファスが、心配そうにマルヴィナを見上げている。
「大丈夫よ」
マルヴィナはほほえんで見せると、再び顔を上げた。
楽しかった歓談も終わり、五人で応接室を出る時、シュツェルツがふと、セーファスに目を留めた。
「セーファス殿下も、ラトーンに入学するのかい?」
「ええ、その予定だけど」
「そうか、頑張ってね。見つけようと思えば、きっと色々なものが見つかるよ」
シュツェルツはしゃがみ込み、セーファスと目を合わせてそう言うと、幼い息子の頭を撫でてくれた。
*
マルヴィナたちは明日の結婚式に備え、幻影宮の客人用の部屋で今夜を過ごす。扉で繋がっている家族用の二部屋を用意してもらったので、セーファスの様子も見にいきやすい。マルヴィナは、シュツェルツの気配りに感謝した。
夕食後に寝支度を整え、セーファスを寝かしつけていると、フィラスが寝室に入ってきた。
「少し、シュツェルツ殿下と話してきた」
「どんな話を?」
「結婚したら、何に気をつけるべきか……とか。おかしいだろう? 殿下のことだ。どうせ、模範的な夫など務まらないだろうに」
「まあねえ。でも、わたしはお似合いだと思うな、あの二人。馬車の中で、あなたが言っていた通りだった」
「あなたはシュツェルツ殿下のことを、心配しすぎだ」
「だって、殿下って、弟みたいなんだもの」
「弟、か……」
そう言って黙り込んでしまったフィラスの顔を、マルヴィナはいたずらっぽく上目遣いに見る。
「何? 妬いてるの?」
「シュツェルツ殿下のようなこと言うのは、やめて下さい」
フィラスが急に敬語になる。これは、彼の機嫌が悪い時や怒っている時のサインだ。
セーファスが半分眠りながら口を動かした。
「父さま、母さまをいじめちゃだめ……」
「別にいじめてるわけじゃない」
フィラスは慌てたように言うと、ベッドに腰かけ、セーファスの頭を撫でた。セーファスの目が、安心したように閉じられる。リオを腕の中に抱いたまま、セーファスはすやすやと寝息を立て始めた。
マルヴィナとフィラスは、互いに目を合わせ、微笑した。フィラスがぽつりと漏らす。
「……正直、少し妬いているよ。あなたとシュツェルツ殿下の友情は、とても強固だから」
「でも、私が女として愛しているのは、あなただけよ、フィラス」
マルヴィナが真剣に訴えると、フィラスのサファイア色の瞳が揺れ、抱き寄せられた。
「ありがとう、マルヴィ」
「わたしのほうこそ、いつも守ってくれて、ありがとう」
マルヴィナは、フィラスの背に手を回した。そのあとで見つめ合い、どちらからともなく、唇を重ねる。
「そろそろ、二人目が欲しいな……」
唇を離したあとで、いきなりフィラスが囁いたので、マルヴィナは赤面して、しどろもどろになる。
「え!? それは、帰ってから、ね?」
「冗談だよ。俺は、あなたとセーファスがいてくれるだけで、十分幸せだ。……まあ、二人目ができたと報告したら、父上は喜ぶだろうが」
「そうね。叔父さまや陛下もだけど、お義父さまは特に喜びそう」
ドゥーガルドやクレメントもセーファスには甘いが、特にユリーズは、めっぽう孫には弱いのだ。
フィラスはマルヴィナから身体を離し、代わりに手を握る。
「明日に備えて、早く眠ろう」
「ええ、そうね。シュツェルツ殿下の晴れ姿を、きちんと見届けなきゃ」
マルヴィナとフィラスはセーファスの頬を撫でると、足音を忍ばせ、手を繋いで隣の寝室へと向かう。
静まり返った部屋の中、うしろから、セーファスの満ち足りたような寝息が聞こえ、二人はくすりと笑い合った。
最後まで読んで下さって、ありがとうございました。
よろしければ、国王になったあとのシュツェルツが登場する『わたしのすてきな後見人』もよろしくお願いします(エリファレットは出てきません。アウリールは名前は出てきませんが、役職名でちらっと出ています)。
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