四十五 決着と後始末
マルヴィナが医務室に入ってから数分。建物を遠巻きに囲んでいたフィラスは、ようやく目的の人物を視認することができた。
フィラスは指揮下にある、精鋭の生徒たちに号令を出す。
「目標、きた! 包囲せよ!」
フィラスとセオンを含めた生徒たちは、駆け足で校医サリックス――もとい、暗殺者を半円形に囲む。
(奴はもう、サリックス先生ではない……)
世話になった校医が暗殺者だったという事実に、フィラスはショックを受けはしたものの、今は完全に気持ちを切り替えている。彼がマルヴィナの命を狙っているとなれば、容赦はしない。
暗殺者のうしろには、多数の護衛騎士たちが迫っており、包囲は完全に成功したかに見えた。
暗殺者は怯まなかった。生徒たちの包囲を突破すべく、ナイフを手に、襲いかかってくる。武装しているとはいえ、騎士たちより経験の少ない生徒たちのほうが、倒しやすいと思ったのだろう。
斬りかかられたセオンが、ナイフを剣で受け止める。幾度も繰り返される斬撃の嵐に、セオンは押されていった。
他の生徒たちが、じりじりと暗殺者への包囲を狭めていくが、彼の斬撃の凄まじさに恐れをなしてか、誰も斬りかかろうとしない。
フィラスは歯噛みした。
「代わって下さい!」
叫びながらセオンの前に滑り込むようにして、フィラスは暗殺者の次なる斬撃を剣で受ける。斬り返すと、瞬時に相手がナイフで斬り込んでくる。
離れで遭遇した暗殺者たちとは、明らかに技量が違う。
フィラスは何合も打ち合い、剣に固執しているように見せかけ、足技を繰り出した。不意を突かれたのだろう。暗殺者はフィラスの足を回避しようとして、バランスを崩した。
傍で機会を窺っていたセオンが、剣を突き出す。
真っ先に追いついたエリファレットが、暗殺者の後背を取る。
フィラスは暗殺者のナイフを持った腕を掴み、捻り上げると地面に叩きつけた。即座に三本の剣先が、暗殺者の喉元に突きつけられる。
最後の足掻きのように握り締められていた暗殺者のナイフを、セオンが奪い取る。生徒たちや、ちょうど追いついた騎士たちによって、暗殺者は拘束された。
「ありがとうな、フィラス」
セオンに笑顔を向けられ、フィラスは照れ隠しに、わずかに視線を逸らす。
「……いえ、当然のことをしたまでです」
エリファレットが感嘆の声を漏らす。
「フィラス殿は、本当に腕が立ちますね。これなら、すぐにでも近衛騎士になれるでしょう」
「いえ、さすがにそれは……。誰か、暗殺者の拘束に成功したことを、コーア伯にお伝えしろ」
これ以上褒められるのが恥ずかしかったので、フィラスは生徒たちに指示を出した。
万が一、暗殺者が逃げ延びた場合に備え、ドゥーガルドは学校の周囲に兵を配置し、待機しているのだ。
三重に敷かれたこの布陣を突破することは、一人では難しかったわけだが、簡単な作戦だったとうそぶく気にはなれなかった。どんな作戦にも、人の命がかかっているのだ。
そして、最も危険な役目を背負っていた少女が、こちらに歩いてくるのが見えた。
フィラスは彼女に駆け寄る。
「女公殿下、お怪我などはありませんか?」
「大丈夫。アレクシス卿が守ってくれたわ」
笑顔で応えるマルヴィナに、フィラスは苦笑した。
「もう、あのような危険な真似はなさらないで下さい。心臓が幾つあっても足りない」
「わ、分かっているわよ」
マルヴィナはとたんに、不服そうな表情になった。これはあまり反省していないな、と直感したフィラスだが、声には出さず、黙っておくことにした。
もし、またマルヴィナが先陣を切るようなことがあったとしても、必ず自分が守ってみせる。そう、固く心に誓った。
そうこうしているうちに、ドゥーガルドが兵を引き連れて現れた。
「マルヴィ、良かった、無事なようだな。アレクシスたちも、よくやってくれた」
暗殺者はドゥーガルドに引き渡された。その直後、マルヴィナがその場にいる騎士や生徒、兵士たち、みなを見渡す。
「みな、今日はよくがんばって下さいました。わたくしが今ここにいるのは、みなの働きのお陰です。あとで軍務顧問官より報酬のお話があると思いますが、ひとまず、わたくしよりお礼を申し上げさせて下さい。ありがとうございました」
報酬、と聞いて、生徒たちは色めき立った。みな、一様に晴れやかな顔で、マルヴィナを見ている。フィラスは誇らしい気持ちで、その情景を見守っていた。
*
暗殺者のリーダーをマルヴィナが主導して捕らえたという情報は、瞬く間にラトーン中を駆け巡った。
校医のサリックスがリーダーだったという話は、生徒たちの心に影を落としたが、それよりもマルヴィナやフィラスの活躍に、彼らは心を躍らせた。
サリックスを危険人物と見抜けず、校医に選任してしまった校長のカミーリアは、退職の意向を見せている。
だが、マルヴィナはクレメントに頼んで、カミーリアが責を負わないですむよう、頼み込んでみるつもりだ。この四か月弱でマルヴィナは、彼以上の校長はなかなかいない、と確信していた。
事件を解決したマルヴィナは、サリックスと名乗っていた暗殺者を護送するドゥーガルドとともに、再びターリスに舞い戻った。
暗殺者のリーダーを捕らえたあとに、やって欲しいことがある、とユリーズから言い渡されていたためだ。
兵たちや護衛騎士たちに囲まれた二台の馬車が移動する様は、民衆の目に、さぞや物々しく映ったことだろう。
王宮の門を潜ったマルヴィナは、クレメントに労われたあとで、ユリーズから仕事を仰せつかった。
じょじょに勢力を弱めているとはいえ、未だ根強い、反レオニス女公派や中立の貴族たち、さらに、その下の階層であるジェントリたちと会談の場をもうけ、味方になって欲しいと呼びかけることだ。
このたび、降りかかる火の粉を自ら払いのけたという功績を持ち、民衆の支持も得始めたマルヴィナ直々のお願いということで、陥落する貴族やジェントリたちが出始めると、あとは脆いものだった。
結果として、ほとんどの貴族やジェントリが、レオニス女公派へと鞍替えした。
マルヴィナが胸を撫で下ろす一方で、ユリーズは別の戦いをしていた。ヴィエネンシス王国との交渉である。
使者を出し、ヴィエネンシス出身の暗殺者たちを送り返し、お茶から検出された毒などの証拠を提出しても、リュシアン王は眉ひとつ動かさず、「そのような者たちは知らぬ」と、言い放った。白を切ったわけである。
言いつけ通り、暗殺者たちを連れ帰った使者の報告を受けると、ユリーズは次なる手に出た。
ユリーズはひとつの連合盟約を作った。レオニス女公マルヴィナを暗殺した者には、シーラム王位を継承する権利を一切認めず、また、必ず報復する、という苛烈な内容の盟約である。
その盟約に、レオニス女公派の者たちが揃って加盟したことで、事実上、リュシアンはマルヴィナに手出しをすることが不可能になった。
ちなみに、リュシアン王に切り捨てられたヴィエネンシスの暗殺者たちを、ユリーズは言葉巧みに寝返らせ、ドゥーガルドの配下とすることに成功した。
ユリーズは、ヴィエネンシスとの間に何かあった時、彼らにリュシアンの寝首を掻かせる腹積もりであるらしい。
どんな説得の仕方で、あの暗殺者のリーダーを味方に引き入れたのかには興味があるが、敵に回したくない人だ、とマルヴィナは改めて思った。
ラトーンを離れてから三か月後、マルヴィナはようやく待ちに待った言葉を、クレメントからかけられた。
「もうラトーンに戻って良いぞ」
「本当でございますか!? 陛下」
「ああ。アスフォデルの許可も既に取ってある」
「ありがとうございます!」
ようやく、ようやく、ラトーンに戻れる。みんなとも、フィラスとも会える! マルヴィナは、はち切れんばかりに喜んだ。
「ただし、それには条件があってな……」
クレメントは困ったように微笑すると、その「条件」を告げたのだった。




