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未来の女王陛下、初恋の君と再会する  作者: 畑中希月
第七章 新しい道筋

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四十四 作戦決行

大詰めなので、やや長めです。

 シーラムの重鎮たちとの会議から五日後の日曜日、マルヴィナは再びラトーンに戻った。


 表向きは、暗殺者たちを厳しく尋問し、背後関係を精査した結果、暗殺の危険性がなくなったから、ということにしてある。


 ただ、護衛の数は増えたままだ。これは、仕方ないだろう。実際は、暗殺の危険性は去っていないのだから。


 ラトーンに戻ったマルヴィナがまずしたのは、カミーリア校長に挨拶し、作戦について説明することだった。


 校長は、ラトーンの職員に暗殺者が紛れ込んでいることに動揺を隠せないようだったが、作戦に関しては了承してくれた。


 そのあとでマルヴィナは、フィラスとセオン、スピリアン、それにシュツェルツを離れに招いた。名目上は、再会を喜ぶお茶会である。


 標的が職員である以上、情報が漏れることを考慮すれば、校長以外の教師に作戦は明かせない。

 その代わり、教師と生徒に顔が利く監督生の二人――フィラスとセオンに力を借りる必要があるのだ。


 シュツェルツとスピリアンも招いたのは、カムフラージュの意味が強い。

 もちろん、当事者のシュツェルツには、事件の真相を早めに知って欲しい、という気持ちも、マルヴィナにはあるけれど。


「マルヴィ、これって、どういうこと?」


 再会の挨拶もそこそこに、シュツェルツが切り込んできた。暗殺の恐怖を経験した彼からしてみれば、相当不自然な状況なのだろう。

 標的にも怪しく思われていないか、マルヴィナは内心で心配する。


「実はね、みんなに聞いて欲しい――というか協力して欲しいことがあるの」


 マルヴィナは、自分が戻ってきた理由と、ドゥーガルドたちと煮詰めた作戦案を語り始めた。

 フィラスたちは一様に驚いた顔をしていた。危険な役割を、マルヴィナ自らが引き受ける上に、そんな作戦案を国王が許可したことに、驚愕を隠せないといったところだ。気持ちは、分からないでもない。


「わたしは、反対です」


 フィラスが開口一番、厳しい顔で言った。


「それでは、女公殿下に危険が及びます。全く、父も、どうしてそんな無茶な作戦案を通したのだか……」


 フィラスの父親嫌いが加速しそうだったので、マルヴィナは慌てて訂正した。


「違うの。宰相閣下は、この作戦を誰よりも反対なさっていたわ。わたしのことや、叔父や陛下の気持ちを心配して下さったのよ」


 本当か、という顔で、フィラスがマルヴィナを見る。マルヴィナは頷いた。


「陛下がわたしの案を支持して下さったから、わたしは今、ここに戻ってこられたの」


「ということは、これは、勅命ですか?」


 尋ねてきたのは、セオンだ。


「ええ、わたしは陛下の名代を、直々に命じられたわ」


 一同がざわつく。


「そうとなれば、従わないわけにはいきませんね」


 スピリアンが、高揚を隠しきれない様子で言った。お祭りに参加するわけじゃないんだから、とマルヴィナは内心で苦笑する。


「あなたたちには、生徒たちや先生たちが巻き込まれないよう、手を回して欲しいのだけど」


「それよりは、その時間帯に軍事教練を行うことにして、生徒たちにも加わってもらっては? もちろん、我々が選んだ武術に優れた生徒だけですが」


 セオンが提案した。実戦でも強さを発揮したフィラスには参加してもらおう、と思っていたが、他の生徒たちにも助力を請おうとは思っていなかった。

 マルヴィナが目をみはると、セオンがウィンクして見せた。


「他ならぬ女公殿下が危険を冒されるのです。未来の臣下たる我々にも、多少は肩代わりをさせて下さい」


 自分は一人で戦うわけではないのだ。頼もしさを覚え、マルヴィナは笑顔で返答する。


「じゃあ、お願いしようかしら」


「では、教師や生徒たちに、話は通しておきます」


 セオンは、にこりと笑った。


「マルヴィ」


 話を黙って聴いていたシュツェルツが、声をかけてきた。


「僕が君に同行するわけには、いかないかな?」


「ありがたいけれど……守るべき対象が増えると、護衛に負担がかかるわ」


 マルヴィナがやんわりと断ると、シュツェルツは眉尻を下げて、ほほえんだ。


「そうだよね、僕じゃ足手まといだ。それなら、せめて、エリファレットを連れていってよ」


「殿下!?」


 壁際に控えていたエリファレットが、びっくりしたように声を上げる。彼にしてみれば、ずっと主君の傍を離れないつもりだったのに、寝耳に水だったのだろう。


「エリファレット、マルヴィナ殿下をお助けするのは、回り回って僕を助けることだと思ってよ」


 自身よりずっと若いシュツェルツに、諭すように言われ、エリファレットは渋々という風情で承諾した。


「……かしこまりました。殿下がそうおっしゃるのならば。ただし、条件がございます」


「何?」


「作戦の間は、危ない行動はなさらず、わたしの部下たちの目の届く場所においで下さい」


「分かってるよ。僕、もう子どもじゃないんだから」


 シュツェルツは、ちょっとむくれたように返事をした。

 マルヴィナたちは、くすりと笑うと、新たな人員の参加によって変更が生じた作戦案を、詰めにかかった。


 フィラスは、マルヴィナが危険を冒すことに、相変わらず納得がいかない様子だったが、最終的には己に課せられた役目も含め、了承してくれた。


 決行は明日――月曜日だ。


     *


 月曜日。マルヴィナは、体調が悪いと言って、軍事教練を抜け出し、医務室までやってきた。革鎧などの装備は身に着けたままだ。アレクシスら三名の護衛騎士がともに入室する。


 校医のハロルド・サリックスは、マルヴィナを目にすると、慌てて立ち上がった。


「これは女公殿下、このたびは、どうなさいましたか!?」


「少し、立ちくらみがして……。休ませていただけますか?」


「はい、もちろんですとも」


 サリックスはマルヴィナを、医務室とは扉で隔てられた、ベッドのある病室に案内する。護衛たちも揃って移動し、マルヴィナがベッドに腰かけたあとで、サリックスは「少々お待ち下さい」と前置きして、お茶を一杯持ってきた。


「貧血に効くという、東方の植物を煎じたお茶です。どうぞ、召し上がって下さい」


 黄色いお茶の入ったカップを受け取り、マルヴィナはじっと中身を見つめた。


「このお茶の中には、何が入っていますか?」


「……は?」


 呆気に取られた顔をしているサリックスに、マルヴィナは追い打ちをかける。


「中に何が入っているのか、と訊いたのです。……あなたは、わたしが邪魔でしょうから」


 その瞬間、温厚そうだったサリックスの目が、すっと細くなった。


(やっぱり、この人で間違いない!)


 悪寒を覚えたマルヴィナは、お茶をサイドテーブルに置くと、ベッドから立ち上がる。


 風邪を引いたあの日、アウリールを頼って本当に良かった。

 もし、サリックスに治療を頼んでいたら、マルヴィナは今頃、墓の下で永遠の眠りについていただろう。そして、捜査を撹乱するため、シュツェルツもほぼ同時に暗殺されていたはずだ。


 サリックスは、コツコツと靴音を立て、窓際まで歩いていった。


「まさか、レオニス女公が、こんなにも危ない橋を渡ってこられるとは――もう、わたしの素性は割れている、ということですか」


「ええ。あなたが異国人で、暗殺の実行犯のリーダーだということも、マレの王太子派と手を組んでいたことも――もっとも、実際に王太子派に働きかけた――あるいは働きかけられたのは、あなたの上位に当たる人物でしょうね。例えば、国王とか。

 ……あなたの本名や生まれや育ちなどは、短い期間では分かりませんでしたけれど」


「わたしに名など必要ありませんよ。わたしはリュシアン陛下の駒ですから。……それにしても、今回の任務は骨が折れました。あなたとマレの王子が一緒にいて、しかも、護衛の少ない時を狙わなければなりませんでしたからね。

 まあ、絶好の機会があれば、順々にあなたがたを消していっても良かったのですが、なかなか警戒が厳しかった。いやあ、あなたが風邪を引いた時に診察できなかったのは、痛手でしたよ。

 ……ですが、こうして失敗した以上、あなただけでも始末しておきたいところです」


 まるで、面倒な患者を押しつけられた上に、治療が上手くいっていない医師のような表情で、サリックスはぼやき、最後に笑顔を作った。


 マルヴィナの背筋を、冷たいものが走り抜けていった。目の前の恐怖を押し殺すためにも、必死に頭を回転させる。


 サリックスの直接の上司は、ヴィエネンシス国王リュシアンで間違いないらしい。サリックスは、国王直属の暗殺部隊の分隊長といったところか。それにしても……。


(駒、か。嫌な言い方をする……)


 自らを駒と呼ぶサリックスの姿は、飄々としているように見えて、マルヴィナの哀れを誘った。

 リュシアンは、ユリーズを警戒させる程に冷酷な人物なのだと、マルヴィナは改めて悟る。そんな人間に殺されて、シーラムを好きにさせるわけにはいかない。


 マルヴィナは不快感を表に出さないように努めながら、サリックスに声をかける。


「ねえ、サリックス先生、わたしを暗殺するのも、逃亡するのもやめて、あなたの知っている情報を全て話して下さらない? 相応の待遇はお約束します」


「それはできかねます」


 即答だった。


「先程も申し上げた通り、わたしはリュシアン陛下の駒。陛下は駒が裏切ることを、決してお許しにはならない。裏切りは、任務を達成できないことより、なお悪い。となれば、わたしに残された道はひとつ――何年かかっても、あなたを必ず殺すまで」


 びゅっと、空気を裂く音がした。


 信じられない速度で、ナイフが自分に向け、投げられた、とマルヴィナが気づいたのは、アレクシスがこれもまた、とんでもない速度で動き、ナイフを剣で弾き飛ばしてからだった。

 弾かれたナイフが、乾いた音を立てて、床の上でくるくると回る。


「敵が動いた! 出会え!!」


 アレクシスが大声を張り上げる。前もって病室の外に待機していた護衛騎士たちとエリファレットが、突入してくる。


 サリックスの行動は素早かった。以前にシュツェルツがしたよりも、ずっとしなやかな動作で窓を開け、窓外に躍り出たのだ。


 アレクシスたちは九名と大人数な上に、マルヴィナもいるので、窓からではなく扉から、いったん建物の外に出る。迅速な行動だったが、既にサリックスの姿は遠い。


 だが、マルヴィナには、まだ切り札がある。


(みんな、お願い……)


 マルヴィナは、祈るような気持ちで、友人たちに呼びかけた。

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