十九 フィラスとリオ
ラトーンに入学してから、初めての日曜日がやってきた。
今日は学課もゲームズもないらしい。ただし、街への外出は厳禁というから、ゆっくり読書したり、散歩したり、友達と過ごすのも良いかもしれない。
(ただ、今のところ友達がルズしかいないからなあ……)
その上、シュツェルツも友達がマルヴィナしかいないとあっては、彼の伝手を頼って交友関係を広めることもできない。
セオンとフィラスはお世話係として助けてくれはするものの、未だに友達という雰囲気ではない。たとえるなら、王女とその騎士たちといったところだ。
まあ、フィラスはともかく、セオンはかなりフレンドリーではある。ただ、彼は案外、腹黒いことが分かったので、態度を額面通りに受け取るわけにはいかない。
シュツェルツとともに、食堂で朝食を取り、出口に向かおうとしたところで、マルヴィナはセオンに声をかけられた。
「女公殿下、このあと何かご予定はおありですか?」
「いいえ、特にないけれど」
「でしたら、今日、ジェニスタ氏寮で殿下の歓迎会を開くので、是非おいで下さい」
「歓迎会?」
「はい。生徒たちを招いて、お茶会をするのです。もちろん、フィラスも参加します。我々が中心となって計画を練ったのですよ」
ジェニスタ氏寮といえば、マルヴィナが所属している寮だ。セオンやフィラス、生徒たちが密かに歓迎会の準備をしてくれていたのかと思うと、マルヴィナは嬉しい。
それに、これはチャンスかもしれない。双子ともっと仲良くなれば、どちらが初恋の君か、早めに判明するかもしれない。それに、彼らを取り巻く生徒たちと交友関係を築ければ、判明の確率はぐっと上がる。
俄然やる気が溢れてきたマルヴィナだったが、隣でおもしろくなさそうな顔をしているシュツェルツに気づき、思わずこう言っていた。
「ねえ、その歓迎会、シュツェルツ殿下もお連れして良いかしら?」
セオンはシュツェルツと目を合わせたあとで、頷いた。
「はい、構いませんよ。シュツェルツ殿下も人数にお入れしておきます。では、歓迎会の時間が近づきましたら、フィラスと二人でお迎えに上がりますので」
にこりと笑って、セオンは去っていった。
*
「……別に、気を遣ってくれなくても良かったのに」
マルヴィナの離れに向かって歩く途中、シュツェルツが両手を頭のうしろで組みながら口にした。
マルヴィナは年下の友人を、思わず見直す。
「そんなこと言わないでよ。ルズだって、友達が増えたほうがいいでしょ? それに、わたしもあなたが一緒のほうが心強いし」
「それ、本当?」
後半の言葉に反応して、シュツェルツは顔を輝かせた。内面が大人びているようで、意外に機嫌の取り方は簡単だ。
「本当よ。だから、一緒に歓迎会に出ましょう」
「マルヴィがそこまで言うなら、出てもいいかな」
上機嫌になったシュツェルツと離れの前で別れ、マルヴィナはひとまず帰った。
ラティーシャに歓迎会のことを伝え、相応しい服装と髪型をコーディネートしてもらう。そのあとで、セオンとフィラスが迎えにくるまでの暇つぶしに、部屋で冒険小説を読みつつ、時々甘えてくるリオの相手をする。
そうこうしているうちに、ノッカーの音が居間から響いた。マルヴィナは本を置き、双子を出迎えるために扉を開けた。
セオンとフィラスは既にラティーシャによって玄関に上げられていた。そのラティーシャが、マルヴィナのほうを見て、ぎょっとした顔をする。
「お嬢さま! リオが――」
「え?」
マルヴィナが自分の足元を見ると、リオがちょこちょこと歩いている。部屋を出る時、マルヴィナについてきてしまったのだ。
もう一度、セオンとフィラスのほうを見て、マルヴィナは青ざめた。
まずい。監督生である二人に見られた以上、このままでは、リオをここで飼えなくなってしまう。そうなれば、リオがマルヴィナとラティーシャにしか懐かない以上、大事な友人も領地送りだ。
マルヴィナは必死で説得を試みることにした。
「あの、一応、宰相閣下には許可をいただいていて」
フィラスの前で、彼の父親の名を出してはいけないと知ってはいるけれど、背に腹は替えられない。
リオはといえば、見知らぬ人間を目の当たりにして、毛を逆立て、唸りながら威嚇している。マルヴィナは説得を中断して、リオを落ち着かせにかかった。
「カゼヨミイヌですか。実物を見るのは初めてです。な、フィラス」
セオンに水を向けられたフィラスは、兄には応えずに、じっとリオを見つめている。
厳しい彼のことだ。離れとはいえ、きっと、寮で動物を飼うことは許してくれないだろう。どうやって彼を説得したものやら頭を働かせたが、これっぽっちも良い案が浮かんでこなかった。
抱きかかえて身体を撫でていると、とりあえずリオは落ち着いてきた。もっとも、主人であるマルヴィナはその逆で、いても立ってもいられない。
フィラスは沈黙したままだ。そのうち、何を思ったのか、セオンが弟に声をかける。
「フィラス、撫でさせてもらってはどうだ?」
「兄上……!」
「いいじゃないか。お前はあの手のものが好きだろう」
マルヴィナにはにわかに呑み込めない会話を交わしていた双子だが、やがて、意を決したように、フィラスがこちらに近づいてきた。
「……女公殿下――その子を、撫でさせていただいてもよろしいですか?」
(フィラスって、動物が好きなの?)
あまりの意外さに困惑しながらも、マルヴィナはこくこくと頷いた。リオが再び臨戦態勢に入らないように気をつけて、フィラスが撫でやすいように両掌に乗せる。
フィラスはリオの喉を指で撫でた。知らない人がいきなり頭を撫でると、動物を怖がらせてしまうことがある。どうやら彼は、そのことを承知しているらしい。
フィラスが頭を撫でても、リオは怖がらなかった。それどころか、気持ち良さそうな顔をして、目を閉じている。
リオを撫でるフィラスの顔は、今まで見たことがないほどに優しい。マルヴィナは、後光が差したようなその様子に見とれた。
突然、フィラスが顔を上げる。
「この子は何という名前なのですか?」
マルヴィナはフィラスを見つめるのをやめ、慌てて答えた。
「リオ」
「リオですか。異国語で『川』という意味ですね」
「ええ。この子と初めて会ったのが、川だったから……リオが初対面の人に大人しく撫でられているなんて初めて。フィラスは動物が好きなの?」
「弟は可愛いものや美しいものが好きなのですよ」
会話に割って入ったセオンを、フィラスがものすごい速さで振り返る。
「兄上!」
「まあまあ、事実なんだから。ところで殿下。そのリオのことですが」
セオンが本題に入ったので、マルヴィナは一気に緊張した。
「え、ええ」
「先程、父も許可しているとおっしゃっていましたし、他の生徒に迷惑をかけるようなことにならない限り、我々が黙っていれば問題はないかと思われます」
「本当!?」
「はい。なあ、フィラス」
「異存はありません」
名残を惜しむように、フィラスはリオを撫でるのをやめた。リオがもっと撫でてと言うように、ふわふわの尻尾を振る。フィラスは何かを振り切るように、再びセオンの隣に並んだ。
(また、撫でさせてあげよう)
マルヴィナは苦笑しつつも、ほほえましい気分になった。
「では、歓迎会に参りましょうか、殿下」
セオンにそう呼びかけられ、マルヴィナはリオに「いってくるね」と声をかけたあとで、ラティーシャに渡した。
マルヴィナ、セオン、フィラスの三人はジェニスタ氏寮に向かう。途中、フィラスがシュツェルツを迎えにいくと言って、一人だけ学院寮に歩いていった。シュツェルツとそりが合わないといはいえ、監督生としての責務は、しっかり果たしているようだ。
マルヴィナとセオンは先にジェニスタ氏寮の前に赴き、フィラスとシュツェルツを待つ。ほどなくして、背丈が頭ひとつ分ほども違う二人が、学院寮から姿を現すのが見えた。
「お待たせ、マルヴィ」
シュツェルツが駆け寄ってきたので、マルヴィナは思わず言った。
「フィラスと喧嘩しなかった?」
「してないよ。しょっちゅう口論していたら疲れるでしょ」
頬を膨らますシュツェルツに、マルヴィナは謝った。
「ごめんごめん。それじゃ、いきましょうか」
四人はジェニスタ氏寮に向けて歩き出す。立派な木製の扉をセオンが開ける。マルヴィナは、初めて男子寮の中に足を踏み入れた。




