二十 歓迎会
「わあ……」
マルヴィナは、外観と違わぬジェニスタ氏寮の広さに感嘆の声を上げた。
「こちらが、寮長先生のお住まいです」
広い廊下を歩きながら、セオンが説明する。
さらに進んでいくと、上級生たちが二、三人ずつで使う共有の部屋――通称、書斎――や、監督生たるセオンの部屋が並ぶ。二階への階段を挟んだ一番奥には、下級生の談話室があり、そこで歓迎会が開かれるということだった。
私的なお茶会では、監督生の部屋や書斎が使われるそうだ。だが、今回の歓迎会は、マルヴィナに一人でも多くの生徒と交流して欲しいという目的で開かれるので、一番広いこの部屋が使われるとのことだった。
確かに、大きなテーブルやソファーも完備されていて、なかなか居心地は良さそうだ。壁には、教師を描いたと思しき絵が飾られている。どうやら、この人がジェニスタ氏らしい。
「ふーん。ここで、歓迎会を開くとは、なかなか考えたね」
マルヴィナの隣に、当然のように腰かけたシュツェルツが、そう口にした。マルヴィナは彼のほうに顔を向ける。
「どうして、そう思うの?」
「だって、この部屋だと、特別な感じがなくて、マルヴィを親しみやすい存在だってアピールできるじゃない。しかも、部屋が広いから、たくさんの生徒を呼べるし、普段この部屋を使っている下級生だって顔を出しやすい」
「なるほど……確かにそうね」
「僕がラトーンに来た時も、歓迎会は開かれたけど、当時の監督生の部屋だったからね。招待されたのは、権力を持つ、限られた上級生だけさ。僕、そういうの嫌いなんだよね」
マルヴィナの右隣に腰かけていたセオンが、にっこりと笑った。
「さすが、シュツェルツ殿下。ご慧眼ですね。今回の歓迎会は、招待されている生徒以外の者――学院寮の者でも顔を出すことができるので、女公殿下も、上級生下級生を問わず、気になる生徒とは、どんどんお話しなさって、親睦をお深め下さい」
「ええ、分かったわ。友達を作るチャンスね」
マルヴィナは頷きながらも、配膳係の生徒が運んできた、数々の貴重なお菓子に目を奪われていた。
(あのスコーン、おいしそう……)
歓迎会が始まった。
マルヴィナは同席した生徒たちと自己紹介し合い、わざわざ自分に会いにきてくれた学院寮の生徒たちとも話すことができた。
セオンとフィラスが招待した生徒たちは、学院寮とジェニスタ氏寮の学年を問わない生徒たちで、全部で六名だった。
選ばれただけあって、彼らは上品な物腰の、穏やかな生徒たちだった。あまり社交的ではないというシュツェルツも、問題なく会話に参加している。
それにしても、今まではあまり気にも留めなかったが、シュツェルツの服装のセンスは、他の生徒と比べるとかなりおしゃれだ。
多くの生徒たちは、衣装係の使用人が選んだ感じの、いかにも貴族のお坊ちゃんという服を着ているのに、彼には自分のカラーがあるのだ。上品かつ、さりげなく大人っぽいというか。
それに比べると、セオンとフィラスの服装は、学生らしくシンプルだ。彼らも自分で服を選んでいる……というか、選ぶのが面倒で簡素な服を着ているのかもしれない。こういうところは、年相応の男の子だ。
一度、着飾った彼らも見てみたい。きっときらびやかな礼服が似合うだろう。
「女公殿下、初めまして。わたしは学院寮のピーアニィと申します」
体格の良い生徒が、マルヴィナの前に進み出た。一瞬、セオン、フィラス、シュツェルツの三人が、歓談するのをやめ、こちらに視線を送る気配がした。しかし、挨拶をされたのに、返事もせずに彼らに理由を訊くわけにもいかない。マルヴィナはピーアニィに向けて笑顔を作った。
「よろしくね、ピーアニィ。あなたは何年生?」
「六年の上級です。女公殿下と同時期にラトーンで学べて光栄です。……ところで殿下」
「はい」
「おつき合いなさるご学友は、お選びになったほうがよろしいかと」
ピーアニィは小声で言った。そのくせ、マルヴィナの周囲の生徒には、はっきりと聞こえるくらいの声量はある。
マルヴィナは眉をひそめた。
「……どういう意味?」
「別に、セオンやフィラスのことを言っているわけではありません。彼らは校長先生に選ばれた、我が校の名誉ある監督生ですから。ですが――」
「要するに、僕とはつき合うなってこと?」
シュツェルツがピーアニィを見上げて、口を挟んだ。ピーアニィは片眉を上げて応える。
「お察しがよろしいようで、何よりです。シュツェルツ殿下」
「君、前から僕のことを気に入らないとでも言いたげだったよねえ。マルヴィナ殿下にご注進するよりも、僕に直接言ったら?」
「だめよ! 挑発しては」
マルヴィナはシュツェルツに囁いたが、彼は聞く気がないようだった。長い睫毛に縁取られた瞳が、きつい光を宿してピーアニィのことを睨み上げている。
ピーアニィは、ふっと笑った。
「勘違いなさらないでいただきたい。わたしはただ、あなたのような、女性とあれば誰にでも声をかけるような方には、純朴な女公殿下に、近づいていただきたくないだけですよ」
「は! ただの妬みか、みっともない」
シュツェルツが口の端を釣り上げた時、ピーアニィの目がぎらりと光った。
「はっきり申し上げましょう。あなたは女公殿下のご学友にふさわしくない。そもそも、あなたの父王陛下は自分の娘のような年頃の女性を側妾にする、下卑た品性をお持ちですから。あなたの女性好きは、その父王陛下の血を色濃く引かれている証ではないですか?」
シュツェルツは何も答えなかった。白皙の顔をさらに白くして、押し黙っている。
ピーアニィの顔に、獲物を追い詰めた肉食獣さながらの、残忍な笑みが広がった。
(酷い……)
マルヴィナは、胸を抉られたような思いがした。
確かに、国王に限り、一夫多妻制を取るマレとは異なり、歴史的背景の違いから、シーラムでは国王クレメントに代表されるように、潔癖とも言える一夫一婦制を取っている。ピーアニィの言葉が事実なら、両国の違いだからと切って捨てるわけにもいかない。マレ国王に対する非難もあってしかるべきだろう。
だが、ピーアニィの言葉は、少年同士の口喧嘩の範疇を超えていた。
唇を噛みながら、マルヴィナは自分がしなければならない行動に思いを致した。シュツェルツの傷つけられた名誉を回復する方法を。
セオンとフィラスが立ち上がる気配がした。彼らが何か言う前に、マルヴィナも立ち上がり、シュツェルツの前に片膝を突いた。
「シュツェルツ殿下、申し訳ございません」
「え……?」
シュツェルツは、驚いたようにうつむけていた顔を上げる。反対に、マルヴィナは頭を垂れた。
「面前で、我が国の者が、あなたと父王陛下を侮辱するのを防げなかったのは、わたくしの落ち度。本来なら、決闘沙汰になりましても仕方のないところでございますが、この場はレオニス女公であるわたくしに免じて、どうかお赦し下さいませ」
セオンとフィラスも、マルヴィナの左右で片膝を突く。
「我々も女公殿下と全く同じ意見です。女公殿下だけでなく、監督生である我々に免じて、どうかお赦し下さい」
「うわ、やめろ……!」
突然の声に顔を上げると、ピーアニィが屈強な同学年の生徒二人に突き出されるところだった。レオニス女公と監督生がひざまずいているのに、肝心の当事者が謝らないとは何事だ。彼らは言外にそうほのめかしていた。
周りの生徒たちは、冷ややかにピーアニィを見ている。彼らは分かっているのだ。マレの国王と王子を侮辱することが、シーラムに何をもたらすのか。そして、この件がマレの宮廷やシーラムの宮廷に届いた時、どんな問題に発展するのかを。
周囲の圧力に屈したピーアニィは、片膝を突き、シュツェルツに詫びた。
「――申し訳ございません」
「……もういいよ」
シュツェルツがピーアニィから視線を逸らしながら言った。
「マルヴィナ殿下――セオンとフィラスも――どうかお立ち下さい」
セオンとフィラスとともに立ち上がったマルヴィナは、遠慮がちにシュツェルツに尋ねた。
「お赦しいただけるのですか?」
「赦すも何も、あなたは何も悪いことをなさっていないではないですか。……そうでしょ?」
シュツェルツは片目をつぶって見せた。
生徒たちによって、部屋から追い出されるピーアニィを横目に、フィラスがシュツェルツの前に進み出る。
「……シュツェルツ殿下。重ねて申し訳ございません。彼は、我が寮でも攻撃的で、シュツェルツ殿下に敵意を抱いていることは明らかでしたのに、出入りを禁じることもせず……。今回の件は、わたしの手落ちです」
「へえ、君がそんなに謝るなんて珍しいね」
フィラスが一気に難しい顔になる。反対に、シュツェルツは優しくほほえんだ。
「でも、いいよ。監督生ばかりが、全てをしょい込むこともないさ」
フィラスが驚いた顔をする。シュツェルツが隣の席を指し示し、「座る?」と訊く。
マルヴィナとセオンは、そんな二人を口元をほころばせながら見守っていた。




