十八 平日の過ごし方
鉢合わせた四人の中で、口火を切ったのはフィラスだ。
「……これはどういうことですか、シュツェルツ殿下。女公殿下をお迎えに上がるのは、我々の仕事のはずですが」
シュツェルツはフィラスを睨み返す。
「僕は迎えにいった友達と、一緒に食堂に向かっているだけだよ。それっていけないこと? それとも、ラトーンには、友達を迎えにいっちゃいけない、っていう校則でもあるわけ?」
「秩序の問題です。もしも全校生徒が女公殿下をお迎えに上がろうものなら、収集がつかなくなるでしょう。女公殿下の安全のためにも、我々が送り迎えをするのが最善なのです」
「安全ねえ。それなら、護衛がいるじゃない。そもそも君たちが出しゃばる必要はないと思うけど」
両者は火花を散らしたまま、一歩も譲らない。困ったマルヴィナは、セオンに視線を送る。セオンは腕を組みながら、どうしたものかという表情で事態の推移を見守っていたが、マルヴィナの視線に気づくと、にこりと笑い、口の動きだけで何かを伝えてきた。
何を言っているのだろう。セオンが口を閉じた時、彼を注視していたマルヴィナは唖然とした。学院随一の人格者は、こう伝えてきたのだ。
『よろしくお願いします』
(わたしに、この事態を収拾しろと!?)
確かに原因は、セオンとフィラスが迎えにくることを忘れていたマルヴィナにあるわけだが、それにしてもあんまりじゃないか。
ああ、初恋の君の思い出が遠くなっていく……。
マルヴィナは仕方なく、睨み合うフィラスとシュツェルツの間に入った。
「二人とも、落ち着いて」
両者の視線が、いっせいにマルヴィナを突き刺す。たじたじとなりながらも、マルヴィナは仲裁を試みる。
「元はと言えば、わたしがセオンとフィラスが迎えにきてくれることを、忘れていたのがいけないの。だから、わたしに免じて矛を収めてくれない?」
フィラスとシュツェルツは、顔を見合わせたあとで、再びマルヴィナを見た。続けざまに戦意の失せた顔で口を開く。
「まあ……」
「マルヴィがそう言うのなら……」
仲裁を丸投げしたセオンが、マルヴィナの隣、二人の間に立つ。
「今のうちに、取り決めを行いましょう」
「取り決め?」
フィラスが訝しげに訊く。
「我々とシュツェルツ殿下のどちらかが、どの程度の頻度で女公殿下の送迎をするかという取り決めだ。それなら、お前も納得するだろう?」
セオンにそう反問され、フィラスは仕方なさそうに答える。
「……兄上が、そうおっしゃるなら」
「僕も、異存はないよ。いちいち揉めるのは面倒だしね」
シュツェルツも同意した。
(もしかしなくても、セオンだけでもさっきの口喧嘩をどうにかできたんじゃない!?)
思わずじっとりとした目をセオンに向ける。彼はマルヴィナの視線に気づいているのかいないのか、涼しい表情だ。
さすが、あの宰相ユリーズの子息だ。印象はまるで違うが、見事にその血を受け継いでいる。
それはともかくとして、ただちに話し合いが行われた。
その結果、セオンとフィラスが朝、迎えにくる日は、シュツェルツが夜にマルヴィナを送っていくことになった。逆に、シュツェルツが朝、迎えにくる日は、セオンとフィラスが夜にマルヴィナを送る。一日置きに、それを繰り返すのだ。
結論は平凡なものに落ち着いたけれど、人を意のままに動かすセオンの政治力は侮れないとマルヴィナは思ったのだった。
*
神々への礼拝のあとの朝食は、昨日の昼食や夕食と大差ないものだった。つまり徹底的に粗食だ。
スクランブルエッグ少量。ベーコン一枚。拳型の堅焼きパンが一個。まあ、朝だからそれほど食欲はないからいいが、領地や王宮の食事が恋しくなるのは仕方ないだろう。
ひょっとして、シュツェルツが小柄なのは、この食事のせいではないだろうか。隣で朝食を取るマレの第二王子を見て、マルヴィナは失礼なことを思った。セオンとフィラスは六年以上こんな食事で過ごして、よくあれだけ背が高くなったものだ。
(あれ? でも、叔父さまたち卒業生三人組は、揃って背が高いわ。うーん)
それはそうと、昨日は自習のみだったマルヴィナは、初めてラトーンでの授業を受けることになった。今まで家庭教師にしか教えてもらったことのないマルヴィナにとって、少年たちとともに受ける授業は新鮮で、ちょっと緊張する。
昨日のクラスごとの自習の時、生徒の年齢がばらばらで、おや、と思ったものだが、様々な授業を受けてみて分かったことがある。授業時のラトーンのクラスは、同じ学年の生徒たちを単純に振り分けるのではなく、科目の成績ごとに編成されているのだ。
確か、領地の学校では、個人の成績は考慮せず、一学年を一定の人数ごとに分けて、クラス編成を行っていたはずだ。ラトーンの生徒は、領地の公費で建てられた学校と違って、大学に進学する者も多いというから、それを見越しての編成方法なのかもしれない。
クラスは1から7まであり、第7級が最上級。さらに科目ごとの成績が優秀かそうでないかによって、それぞれのクラスは変動する。マルヴィナは全科目が第5級からのスタートだ。
ちなみに、セオンは全科目が第7級、フィラスは第6級と第7級の混合だそうだ。
シュツェルツは語学だけは第7級で、他の科目は第3級だという。シーラム語を流暢に話す彼らしい。
ひとつのクラスは少人数に分けられており、家庭教師のように一対一で教えてもらうことはかなわないまでも、手厚い授業が受けられて、マルヴィナは満足した。特にマルヴィナが期待していた生物の授業は、大学で学ぶという医学の要素も入っていて、興味深かった。
何回か質問してみたら、「殿下はすぐに進級できるでしょうな」と教師に評されてしまった。これって、褒められているのだろうか?
休憩を挟みながら、午後一時まで授業は続いた。休み時間になると、生徒たちは校内の売店におしよせて、買ったお菓子を幸せそうに頬張っていた。やはり、あの食事量では足りないらしい。
しかし、人が食べているものとは、なぜ、あんなにもおいしそうに見えるのだろうか。
(あのクッキー、とってもサクサクしてそう……)
マルヴィナも、今度お小遣いでクッキーを買おうと心に決めた。
午後。ゲームズの時間のあとは軍事教練があった。武器の扱い方や、兵を指揮統率する方法を学ぶのだ。
叔父ドゥーガルドは軍人なのに、基礎的な軍略以外はあまり教えてくれなかったから、マルヴィナは将来に備え、身を入れて臨んだ。こういったことは、必要な時がこないに超したことはないが。
この科目でも、目立っていたのは双子――特にフィラスだった。剣をはじめとした武器の扱いは手慣れたもの。さすがは天馬騎士団志望だ。
軍事教練の過程を修了すると、騎士に登用してもらえるというし、フィラスが力を入れるのも当然なのかもしれない。
シュツェルツは、嫌々ながら参加している感じだった。あとで話を聞いたら、局地的な戦闘よりも、戦略のほうに興味があると言っていた。
馬上槍試合でもそうだったけれど、シュツェルツは戦闘向きではないらしい。確かに、優雅なイメージの彼は、泥臭く戦うよりも、作戦を練っているほうが似合っているような気がする。
平日の過ごし方は大体分かった。次は、日曜日の過ごし方だ。




