29 暗殺者には向いていない
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侍女としてグリンフォード家に戻る前、私はあのフードの男…Dと呼ばれる男に暗殺について教えてもらっていた。
実技も行っていたし、優秀だと他の暗殺者からの評判もよかった。
彼のことを知ったのは、暗殺の依頼を一件終えて酒場で酒を飲むDに付き合っているときだった。
「何やら今日は騒がしいですね。」
「あの伝説と謳われる暗殺者がいるからな。」
「…伝説?」
私が首を傾げているとDはニヤリと口角を上げた。
「知らないか?王国専属の騎士団相手にたった1人で返り討ちにしたという伝説の暗殺者の話を。」
「ただ単に王国専属の騎士団が弱かっただけでは?その伝説の話によればたまたま、総長と騎士団長が不在のときと聞きましたし。」
私の言葉にDは笑い出した。豪雨のような笑い。
「やはり、そなたは面白いな。俺を笑わせる天才らしい。」
ただあなたの笑うツボがおかしいだけでしょ。
内心でそう思いながら、酒をがぶ飲みしている目の前の男に呆れていた。
とわいえ、私だってそんな伝説までとうたわれる暗殺者に興味がないわけじゃない。むしろ、興味だってある。
伝説と呼ばれる暗殺者…。一体どれぐらいの強さなのだろう。ミア・グリンフォードに復讐をするための暗殺の参考にしたいのだけれど…。
そのときだった。周囲の暗殺者がざわついている。その方向を見れば階段から一人の男が降りているではないか。
「…!?」
…足音が一切しない?それに気配だって感知できなかった。これほど、近くなのに…。
「あれが伝説とうたわれる暗殺者…ロン・エディだ。」
Dはそう言った。新入り暗殺者での私でも分かる。あの男は強い。他の暗殺者と1人だけオーラが違う。
すると、私は彼と目が合った。その瞬間、彼は私に近づいてくる。そして、私にこう告げたのだ。
「あなた…。暗殺者は向いていないですね。」
***
「ロン・エディ…!?」
私は扉から入ってきた男の名を呼んだ。私はこの男を知っている。
「なぜここに?」
「そういえば、まだこの格好であなたとは会ったことがないですね。」
彼は白い手袋をはめながらも、口にした。
「私はミアお嬢様の専属執事のロン・エディです。」
専属執事!?一体どういうこと?なんで、あのロン・エディが姫君の執事なんかに!?
「騎士団を滅殺させた罪のところを皇帝陛下に拾われたとお聞きしましたが?」
「アルベイン陛下からミアお嬢様につくよう命じられましたので。」
皇帝があの悪女なんかに?
「暗殺は失敗ですよ。」
「…だからあのとき、私が暗殺者に向いていないとおっしゃったのですか?私が弱いからですか!」
声を荒げてそう言った。そして、糸の罠をわざと踏んで天井から糸が落ちてくる。…これで、彼を捕えて時間を稼げれば…。
そんなことを思っている暇もなく、彼はフォークとナイフを持ち、糸を凄まじいはやさで切っていた。この糸は何枚も重ねてあるゆえに相当な力がないかぎり、切ることは不可能だ。
なのにーー
やはり伝説というのは本物!
「私があのとき、『暗殺者に向いていない』と言ったのはあなたには普通の侍女としている方が向いていると思ったからですよ。」
「…え?」
まさか、あの伝説とうたわれる暗殺者の口から聞くとも思わなかった言葉が出てきて思わずそんな声を漏らしてしまった。
「冗談はいい加減に」
「あなたは、ミアお嬢様についていて一度も喜の感情を抱いたことがなかったのですか?」
その言葉に思わずハッとしてしまった。暗殺者としてあるまじき失態。動揺は時には死を招く。
そんなことは分かっていた。だけれど、ここまで見透かされていたのだから、動揺をしないではいられなかった。
10年も私がミアお嬢様を暗殺できなかったのは…
「彼女を主として見てしまっていたから…。」
「あなたには迷いがあった。だからこそ、私は『暗殺者に向いていない。』と言ったのですよ…。」
「あはっ!あははははは!」
私は笑った。諦め笑いだった。私は覚悟が足りなかった。だからこそ、10年もお嬢様を殺せずにいたのだ。
「私と戦わなくていいのですか?」
「っふ。あなたみたいな伝説の暗殺者相手に私が勝てるはずないじゃないですか。」
「やはりあなたは暗殺者は向いていないですね。」




