26 エミルの過去2
駆け足であの無法地帯からフードを被った男と共に抜け出し、妹がいたボロ屋に入り「カミラ!」と名を精一杯に呼んだ。だけれどその返事しては帰ってこない。
出迎えてくれたのはまるでマリオネットみたいになっているカミラの姿だった。
「…っ!」
額には自然と大粒の涙が溢れてしまっていた。私は必死に彼女の名を呼び続ける。だが、一向に返事は返ってこない。
「カミラ…ねぇ、カミラ起きてよ…。」
「無駄だ。もう息の根がない。諦めろ。」
すると男はカミラの机の上に置いてあった手紙を私に渡した。涙を拭いながらも、その手紙を受け取る。
『大好きなお姉様へ。』
それが手紙の冒頭だった。この手紙はおそらく彼女の遺書なのだろう。
内容は私への感謝の言葉。そして、お嬢様は私がカミラのせいで無放地帯へ行き、死んだと聞かされたらしい。
腸が煮えくり返りそうだった。どうして?助けるって約束をしたのに。お嬢様はカミラを殺そうとしただけじゃないか。
「なぜ、このような状態になっているのです?」
「そなたの妹が償いを持って自分で糸を張り、椅子の上から糸に向かって飛び乗ったんだ。ほら。近くにある椅子がそれを示しているだろう?」
「そこまで知っていて…あなたは何者なんです?」
男は私の言葉にニヤリと口角を上げて答えた。
「暗殺者だ。こういうのには、専門なんでね。」
「あん、さつ、しゃ…。」
そんな職業…本当に存在したの?でも、確かにそういうことであれば納得はできる。
だけどーー
「暗殺者が私に何の用ですか?」
「俺が暗殺者と知っても動じないとは…やはり適任だな。」
「?」
私が首を傾げていると、男は口を開いた。
「そなたに暗殺者になってもらいたい。」
…私が?暗殺者に?いやいや。
「私ができるとは思えませんが。」
「妹の件、ミア・グリンフォードを恨んではいないのか?」
「…どういう意味です?」
私が尋ねると、彼は依頼書というものを私に渡してきた。
「ミア・グリンフォード暗殺依頼…?」
「そなたにこの件はぴったりだと思ってな。…復讐がてら、どうだ?」
「私は暗殺などしたことのないド素人なのですよ?」
「問題ない。そなたを鍛えればいいだけの話だ。暗殺者で女がいなくてな。丁度人員もほしかったところだったんだ。」
すると、彼は私に手を差し伸べてきた。…この男は本当に信用してもよいのだろうか?今日会ったばかりの人だぞ?だけど、妹が亡くなったことも教えてくれた。
それに私は…あのお嬢様を許せない!
私はその手を強く握り返すのだった。
***
暗殺のことを学び時が流れた頃、私は再びグリンフォード家の侍女として足を運ぶこととなった。潜入捜査として。そして久しぶりに会ったお嬢様に言われた言葉は思いもしなかった一言だった。
「はじめまして、エミルさん。ようこそ!グリンフォード家へ!」
彼女はすっかりと私を忘れていたのだ。だからこそ、謹慎期間を忘れていて迎えをよこさなかったのか。
「エミルは凄いねぇ!他の侍女と比べて私の考えていることがすぐに分かっちゃうなんて…!」
元侍女長だったんだから、当然のこと。私は怒りを隠すように薄っぺらい笑みをお嬢様に向けた。
相変わらずのこと、お嬢様は使用人に対して冷酷でまるで駒のように扱っていた。使えなければ捨てる…まだそんな考え方。
変わったこととすれば、学園へ入学なさっていた。そこで平民ながら頭脳明晰であるセリーナというお方に嫌がらせ、虐めと言った集中攻撃を。
いつ頃殺そうかと頃合いは考えていた。だけれど、なかなか頃合いが見つからない。そんなときにパトリック殿下が私に声をかけてきた。
「君、ミアの侍女だよね。ちょっと話があるんだけど、いいかな?」
「お嬢様に要件がございましたら、すぐさまお呼びいたし」
「ミアじゃない。私は君と話をしたいんだ。」
「…。」
まさか暗殺者だってことがバレた?いや、それはないはず。他の暗殺者と比べ私は警戒心は高い方だ。そんなミスはしないと思う。
彼からは何枚かの資料が渡された。読んでみるとそれは、お嬢様の悪行の数々。
「これは…。」
「更にミアはこの前、国家機密である巫女の少女を階段から突き落とそうとした。…これは死罪と同義だ。」
「…なぜ、私にこのようなものをお見せに?」
「君に頼みがあるんだ。…彼女の悪行の件をもう少し詳しく調査してほしい。」
「それをミア様の側近である私が引き受けると本気でお思いで?」
「あぁ。なにせ、君はミアを恨んでいるだろうからね。それに君はこの依頼を断るわけがないはずだろう?」
これは、王太子殿下の直々の命である。普通ならば、それで断われないと思うだろうな。私の場合…好都合すぎて断れないのだけれど。
自然と口角を上げてしまう。
「これを見るにあたって、殿下はお嬢様と婚約破棄をせねばなりませんね。次のお相手はどうするのですか?」
「なんなら、君がなるかい?」
「お断りします。」
「冗談だよ。」
彼は一呼吸を置いて、私に説明をしてくれた。
「巫女と王子の伝説を知っているかい?」
「…巫女は王子と恋に落ち、セイントルに祝福をもたらすだろうみたいなあれですか?」
「あぁ。父上はその伝説を真に受け、私がミアを婚約破棄するのであれば、巫女と婚約をしろと。」
結果的に自身が恋焦がれていた巫女と婚約をするってことね。殿下は意外とツンデレなのかな?
「断罪を大衆の前で公表し、終わりなのですか?」
「あぁ、私はね。あとは君に任せるよ。串刺しにでも、なんでもすればいい。」
「…。その依頼、お受け致します。」
「依頼が完了した後、君には褒美を与えるよ。なにか考えておいて。」
こうして、私と殿下は結託をした。




