25 エミルの過去1
「どこへ行かれるんですか?姫様。」
「おほほ。人違いではありませんか。」
「私が何年姫様にお仕えしていると?」
「…。」
それもそうである。彼女は10年ミアに仕えてきたんだもの。私が転生してからも、テンパっているときもいつもミアは落ち着いていて、私の側にいてくれた。
ミアにも忠誠を誓っている風に見えた。だって、使用人の中で唯一エミルはずっと私に寄り添ってくれたんだもの。
…そんなミアがどうして、クリスチャーの王城で私を攫ったの?たとえパトリック殿下の命令としてもだ。
彼の命令だったとして、彼女はいつから殿下側だった?
そう考えれば、殿下はミアの悪行についてどうやって知っていたのか。たとえ、彼が優秀であっても、ミアの側近でないかぎりあそこまで正確な情報は手に入れないはずだ。
考えられるとしたら、ミアの側近に殿下側の人間…裏切りがいたとしか思えない。
でも、本当にどうして…?
彼女はミア・グリンフォードに対し、何らかの恨みがあるんじゃないか?だからこそ、目的が同じ殿下の作に乗った…。そう考えるのが自然だろう。
「姫様は、リーゼ様に罰を与えたそうではありませんか。その中の一つに妹出しにリーゼ様が脅した罪をおっしゃったそうですね。」
「…それが何?」
彼女は私の言葉にギロリと睨んできた。思わず、後ずさってしまう。すると、彼女は一歩ずつ私に近づいてきた。そして、私の指に糸を絡めてきながら、ふと口にする。
「私の妹を殺した癖によくもまぁ、そんなことが言えますね。」
次の瞬間、糸が絡められた指に痛みが走った。
***
私には妹がいた。妹はエバの妹と同じく病弱であった。
「お姉様は、ミア様にお仕えなさっているのですか?」
「えぇ。そうよ。」
「いいなぁ!」
妹は公爵家の令嬢に仕える私を羨んでいた。なにせ、王家との繋がりのあるグリンフォード家だもの。そういう観点であるならば、羨むことは当然だった。
「でも、お姉様。お給金を私なんかのために使いすぎないで、たまには自分のために使ってね。」
「カミラがはやく体調がよくなればいいだけの話よ。」
「…むぅ。お姉様ったら意地悪なんだから。あーあ!せっかくお姉様のためにハンカチを刺繍したのになぁ。」
「また刺繍してたの?相変わらずカミラは刺繍が好きねぇ。」
「うふふ。だって、刺繍は病弱な私にできる数少ない趣味の一つだからね。それにあげたらお姉様喜んでくれるし。この繊維な糸!すっごい素敵じゃない!?」
妹に会うことができるのは、週に1回の休暇。私は長らくミア様にお仕えしていることから、ミア様の専属侍女をまとめる侍女長を若くして行っていた。
「エミル。今日は赤いリボンより、青いリボンの気分なの。はやく用意して。」
「かしこまりました、お嬢様。」
お嬢様は、我儘で傲慢であった。他の侍女たちは愚痴を言っていた。私も少々苛立つこともあったけれど、貴族令嬢はこんなものだと思っていたら不思議とそれが当たり前と感じ、それが当然といえる日々だった。
お給金は十分にもらえているし、お嬢様の我儘と傲慢に耐えればいいだけなのだから、それほど文句はなかった。
ーーそれが崩れたのはあの日のことだった。
あの日。私が妹の見舞いへ行ったあの日。侍女の1人がお嬢様を殺害しようとした。
その侍女は死んだらしい。それもそうだ。なにせ、時期国王の王妃…グリンフォード家の一人娘を殺害しようとしたんだもの。当然の仕打ちだった。
だがーーその侍女の殺害未遂の件を把握できなかった侍女長の責任があると、ミア様が打診をしたらしく、私は処罰を受けることとなったのだ。
その処罰の内容は無法地帯への謹慎というものだった。その場所はとても設備などが整っていず、治安が悪いという噂までも聞く。謹慎の間、給料なんてものはもらえやしない。その無法地帯から、私が出ることは禁じられている。
だから私は謹慎の前にミア様に頼んだ。
「どうか、妹だけはお救いください。」
妹のためならば、頭を垂れるぐらい造作もなかった。
「いいわよ!エミルは優秀な侍女なんだもの。悪いのは私を殺そうとしたあの侍女!ね?」
そう思っているなら、なぜ私を罰する?と心底思った。彼女のこの言葉はおそらく本心ではないのだろう。今すぐ彼女の喉元に噛みつきたくなってしまった。
だけど我慢した。彼女は私の妹を助けてくれる、そう言ったから。現にお嬢様を殺害しようとしたあの侍女を止めることができなかった…。その責任は微々たるものだが私にはある。
妹が安全なら…そういった思いで私は無法地帯へと足を踏み入れた。
その無法地帯では弱肉強食の世界であった。弱い人間が強い人間に食われる…。私はその無法地帯で必死に働き、働いて稼いだお金を使ってなんとか生きていた。
…さて。これがどれだけ持つか。
体が限界なことが分かっていた。働きつめ、夜は子どもたちを守るために睡眠時間を削る…。そして朝方は大の大人に殴られる。
そんな日々が続いていたある日のことだった。真夜中。満月が青く輝く日のことだった。
「なぜそなたは赤の他人を守ろうとする?」
フードを被った男が私にそう言ってきた。ここの地域に来るのには珍しい格好。どこかの貴族様だろうか。
「理由などなくてもよいのでは?それよりも、私はあなたみたいな貴族がここにいることの方が気になりますが。」
「そうか。そなた、元はここの出身じゃないだろう?」
その言葉に私は固まってしまった。
「だったら…なんです?」
「こんな子供のお守りをしていて、そろそろ体が限界なんじゃないか?このままじゃお前…死ぬぞ。」
最後のその言葉が妙に重々しく聞こえてしまった。
死が怖いかと聞かれて怖くないわけじゃない。だけど、怖いと言われてもどこか違う。そんな狭間に私はいたような感覚だった。
「そこで提案だ。俺の元へ来い。」
「あいにく、私はここで謹慎処分となっていますので。ついてはいけません。」
「その謹慎も、もうあけている頃合いだろう?」
…そうだ。謹慎期間はもう過ぎている。この男…まさか、私が侍女だったことを知っている人間?
「お嬢様からは、迎えが来しだい謹慎が終了と言われていますので。」
「無視すればいいだけだ。」
「私はその方の侍女でありますので。」
「戻らなければいい。」
「ご冗談を。それに私の妹をその方に守ってもらうお約束を致しましたので。」
「妹…?あぁ、あの妹か。確か名はカミラだったか。」
この男…本当にどこまで私のことを調べ上げているの?それから、何者なの?
「そのお嬢様は全然そなたの妹を守れていないじゃないか。」
「…どういう意味です?」
彼を睨んでそう言った。お嬢様…まさかカミラを虐めている?もしや、嫌がらせを?
彼は月明かりに照らされながらも、思わぬことを口にした。
「君の妹は昨夜…死んだよ?」




