18 思い出しました
パトリック…。この物語でセリーナと結ばれる王子であり、前世でも世間的に人気が高かった人物だ。冷静沈着かつ腹黒で容姿端麗、そしてあまりにも優秀であり世界に対し退屈をしていた。
そんな退屈だった人生で、彼に彩りを与えたのが巫女であるセリーナだった。彼女は他の令嬢と比べものにならないぐらいの芯の強さと個性を持っていて、パトリック殿下の心を一瞬にして掴んだという。
自身の婚約者であるミア・グリンフォードは彼に色を与えてあげられなかった。だけれど、パトリック殿下は恋愛感情というものは彼女にはなかったものの、婚約者としてのことはまっとうをしてくれていた。ミアを常に気遣い、他の令嬢が望む婚約者を演じていた。
彼がミアに対し、敵意を向け始めてきたのは、ミアの無礼や嫌がらせ、身分を見出しての差別などと言った悪事を働いてからだった。その嫌がらせなどが思いをひそかに寄せていた巫女であるセリーナに向いてからは完全に心底ミアに対し失望をしたのだろう。
いつからか、彼はミアに対し見る気も向けなくなってしまったのだった。
それなのにーー
どうして、パトリック殿下はクリスチャー国に自ら足を踏み入れ、ここにいるの…?
「久しぶりだね。」
「…お久しぶりでございます。パトリック殿下。」
淑女としての礼儀を守りながらも冷や汗をかいていた。
…動揺しちゃだめ。淑女たるもの、まだ殿下になにをさせられるかも分かっていないのに怖がってどうするの?
「ところで、殿下はなぜこの国に?」
「君に会いに来たのだよ。」
すると彼は私の方へ一歩ずつ私に近づいてきた。私は思わず後ずさってしまう。
パトリック殿下は相変わらずの笑みを浮かべていた。一見、自然な微笑みに見えるだろうが、これは彼の仮面。心の底から笑ってなどいない。
この男は私が怖いと思う人の2人目だ。アルベイン陛下とはまた違った怖さ。仮面の下が分からない。なにを考えているか、本当はどう思っているのか。まるで、自分がないみたいで…。
すると、殿下は表情を代えずに平然とこう言った。
「私との正式な婚約破棄も行わずにクリスチャーの皇帝の妃になるとは、どういうことか、説明してもらえるかい?」
殿下は私の顎に手を触れ、上を向かせた。サファイヤ色の瞳と目が合う。その瞳にうつっていたのは、少し怯えた私自身だった。
陛下にはこう見えているのだろうか?私は呼吸を整え、無理に笑みを浮かべながらも、陛下に言葉を返す。
「アルベイン陛下に求婚をされたので。ですから、私はあの方の妃に」
「婚約破棄もしていないというのに…君は断らなかったのかい?」
「相手はクリスチャー国の皇帝陛下なのですよ?断ればどうなるか、殿下ならおわかりに」
「自国の王太子の婚約をほったらかしにし、他国の婚約には随分とやすやすと乗るんだねぇ。」
「…っ!」
この人…強い。強いとは、力の強さだけじゃない。口論にだって強い弱いがある。私は結構自身のある方だけれど、彼はそれ以上…。流石王太子殿下。一筋縄ではいかない。
「そもそも、婚約のお話は殿下の父君から了承を得ていると陛下からお聞きいたしましたが。」
「へぇ。アルベイン陛下は君にはそう伝えていたのか。」
「…どういう意味です?」
ムッとした表情で私は彼を睨んだ。彼はそんな私に怯む様子はなく、平然としている。
「彼は、父君に剣で脅して無理に承諾を得たのだ。私の許可なしに。」
「そんな横暴な…」
いや、あり得るかもしれない。思ったらすぐ行動タイプそうだし…。まぁ、なにせ脅しが一番てっとり早いからなぁ。って、今はそこじゃない!
「それで?陛下は私をどうしたいのですか?」
「自分の胸に手を当てて考えてごらんよ。それでも分からないかい?」
「…分かりません。」
私は必死に声を絞り出してそう言った。そんな私の様子に殿下は呆れたのかため息をつく。
「そういえば、あの夜会の場で君はやすやすと巫女の話題を出していたね。」
「!?」
この男…。まさか、夜会にもいたっていうの?気づかなかったわ…。
「それが何だって言うんです?」
「散々嫌がらせをしてきた相手を都合のいいときだけ使うなんて…相変わらず君は変わっていないねぇ。」
「…何を言っておられるのですか?」
「エメラルド宮の令嬢には、今までの悪行から罰を与えたわりに君は自分自身に罰は与えないのかい?随分と自分には甘いんだねぇ。」
「…!?」
そういうことか。私はようやく殿下が言いたいことを理解した。
つまり殿下はーー
すると殿下は私の耳元で囁いた。
「君は罰を与えたんだから、きちんと罰を受けなきゃだよね?」
その瞬間、私は殿下の手を振り払い、殿下から逃げることに専念することにした。
…まずい。逃げなければ…。でないと…!
思い出した。今日は私がーー死ぬ予定の日の前日!
***
「殿下!あの者をすぐに追いかけますので」
騎士の1人がそう言うも、殿下は手を出しながら「あぁ、それなら大丈夫。」と言った。
ミアを捕まえるのにそこまで隣国で騒ぎを起こしたくないしね。それに…
「ミアを捕まえるのは、彼女に任せようとしよう。」




