第12章 誰も見ていなかった
※本作は架空の島・架空の戦争を舞台にしたオリジナル創作です。
特定の実在人物・部隊・出来事を直接描いたものではありません
七人は海の見える方へ下った。
民家があれば水があるかもしれない。
食べ物もあるかもしれない。
誰かがいるかもしれない。
焼けた家が一軒あった。
海から湿った風が吹き上げ、焼けた木と潮の匂いを一緒に運んできた。壁のない家の中には割れた茶碗が転がり、すすけた柱に子供の背丈ほどの線が残っていた。昨日まで誰かの家だったことが、かえって恐ろしかった。
人はいなかった。
井戸は瓦礫で埋まっていた。
床下から芋が二つ見つかった。
芋のそばには、布に包まれた小さな櫛が落ちていた。初江が拾い上げ、歯の欠けた部分を親指でなぞった。
「誰のだろう」
「置いとこう」
千鶴が言った。
持ち主が戻る可能性を、誰も否定できなかった。
初江は櫛を元の場所へ戻した。
数時間後、その初江自身の持ち物を取りに戻ることはできなくなる。
七人で分けた。
誰も味の感想を言わなかった。
食べ終わったあと、初江が立ち上がった。
「外、見てくる」
「一人で行かないで」
律子が言った。
「すぐそこ」
初江は家の角まで行った。
灯子からも背中が見えていた。
そのとき、遠くで一発だけ砲声がした。
初江が振り返った。
何か言った。
音は聞こえなかった。
次の瞬間、家の横で爆発した。
灯子は床へ倒れた。
耳鳴りの向こうで夏子が叫んでいた。
土煙が薄くなった。
初江は倒れていた。
灯子が近づく前に、千鶴が首を振った。
それで終わりだった。
灯子の頭は「初江が死んだ」という言葉を拒んだ。倒れている。動かない。それは見れば分かる。それでも「死んだ」という意味だけが入ってこない。次の砲声が鳴って身体が勝手に伏せたとき、初江を置いて自分が生きようとしていることに吐き気がした。
最後の言葉は聞こえなかった。
何を言ったのかも分からない。
初江の白いリボンはポケットに入ったままだった。
取り出す時間もなかった。
また砲声がした。
六人は走った。
初江を置いて。
夕方、森の中の浅い窪みに身を伏せた。
朝子はほとんど歩けなくなっていた。
呼吸が速かった。
水を少し飲ませた。
「朝子」
灯子が呼んだ。
朝子は目を開けた。
「眠い」
それだけ言った。
「寝ていいよ」
千鶴が言った。
夜、誰もよく眠れなかった。
朝方、灯子は朝子の肩へ毛布代わりの布を掛け直した。
身体が冷たかった。
「朝子」
返事はない。
揺らした。
返事はない。
いつ死んだのか分からなかった。
夜の間、灯子は何度か朝子のすぐ隣で目を開けていた。あのときはまだ息をしていたのか。布を掛け直したときにはもう死んでいたのか。思い返そうとするほど記憶は曖昧になった。人が死ぬ瞬間には何か決定的な変化が起きると思っていた。現実には、隣で眠るようにいなくなることさえあった。
夜中に息が止まったのか。
明け方だったのか。
誰も見ていなかった。
死ぬ瞬間を見守る人さえいなかった。
朝子は眠っているようにしか見えなかった。
千鶴が何度も名前を呼んだ。
起きなかった。
五人になった。
千鶴は朝子をその場へ置いていくことを嫌がった。
「せめて土をかけよう」
でも道具がなかった。手で掘れば時間がかかる。砲声は少しずつ近づいていた。
灯子も残りたかった。誰かが死ぬたび、置いていくことだけが上手くなっていく気がした。
結局、朝子の身体へ布を掛けただけで歩き出した。
十歩ほど進んだところで千鶴が戻りかけた。夏子が腕を掴んだ。
「戻っても起きないよ」
千鶴はその場で泣いた。
正しいことを言った夏子も泣いていた。
初江が何を言おうとしたのかも分からない。
朝子がいつ死んだのかも分からない。
灯子の記憶には、死んだ瞬間のない友達が増えていった。最後に見た顔と、次に見た冷たい身体。その間だけが、黒く抜け落ちていた。




