ep.53 一人も欠けていない
残ったゴブリンは、統率を失うと同時に浮き足立ち、森の奥へと散っていった。
追撃するかどうかで一瞬迷いが生まれたが、グレアムの「深追いはするな」という声で、その場は収まった。
戦いが終わったのだと、誰もがすぐには実感できずにいた。
シャーロットは負傷者の元を、一人ずつ回っていった。
「痛むところ、ありますか?」
「あちこち痛むが……生きてる」
軽口混じりの返事に、シャーロットもわずかに口元を緩めた。
深手を負っていた者たちも、エリアヒールの効果でどうにか命を繋いでいた。完全な回復にはまだ時間がかかる。
それでも、呼吸は落ち着き、意識もはっきりしていた。
村の入り口近くでは、崩れた柵や、焼け焦げた地面が目についた。被害は決して小さくない。
それでも――。
「戦いに出た者、全員いるか! 点呼取るぞ!」
グレアムの声に、防衛に参加した村人と冒険者たちが集まってくる。
名前が一つずつ呼ばれ、返事が返っていった。
最後の名前が呼ばれ、返事が返った時、その場に小さなどよめきが起きた。
「……全員、いるな」
グレアムが呟くように言う。
「一人も、欠けてない」
シャーロットは、その言葉を聞いて、詰めていた息をゆっくり吐き出した。
膝から力が抜けそうになるのを、どうにかこらえる。
「シャーロットさん!」
声のする方を見ると、グレアムの家の方から、カリナとイリスが駆けてくるのが見えた。
「無事だった?」
カリナの声には、隠しきれない不安が滲んでいた。
「うん、無事だよ」
膝をつくようにして二人を迎えると、イリスが真っ先に飛びついてきた。
「怖かった……」
「もう大丈夫」
カリナは何も言わず、シャーロットの服の袖をぎゅっと握っていた。
しばらくそのまま、三人とも動かなかった。
周りでは、負傷者を運ぶ声や、壊れた柵を確かめる声が、まだあちこちで続いている。
それでも、この戦いで失われた命はなかった。
シャーロットは二人の頭に手を置いたまま、しばらく目を閉じていた。




