ep.5 何もない村の古い薬屋
荷馬車が止まったのは、看板もない村の入り口だった。
御者に礼を言って降りると、荷台に揺られ続けた身体がまだ強張っている。手荷物は鞄一つ。着替えと治療道具、それにわずかな貯金が入った革袋。
見渡した村は、思っていたより小さかった。畑と牧草地と、点々と建つ家。宿らしい建物も、店らしい建物も見当たらない。
畑仕事をしていた男が、シャーロットに気づいて手を止めた。旅装束の若い女など珍しいのだろう、遠巻きに見られる。
「あの、すみません。村長さんのお宅はどちらでしょうか」
男は少し考えてから、村の奥を指さした。
村長の家は、他の家より少しだけ大きい程度の、質素な造りだった。出てきたのは白髪の交じった、日に焼けた男だった。グレアムと名乗った。
事情をどこまで話すべきか迷ったが、結局そのまま話した。
所属していたパーティーを抜けたこと。白魔法が使え、薬草の扱いも多少分かること。しばらく落ち着ける場所を探していること。
グレアムはシャーロットの荒れた指先へ目を落としたが、深くは聞いてこなかった。
「薬草を扱えるなら、ちょうどいい建物がある」
案内されたのは、村の外れに建つ古い家だった。
「昔、ここに薬師の婆さんが住んでいてな。ノーラっていう名前だった。三年前に亡くなってから、空き家というか……まあ、集会に使ったり、荷物を置いたりしている」
戸を開けると、埃と乾いた薬草の匂いが混じった空気が流れ出た。
中は思ったより広い。
店だったらしい表の部屋には、古い調合台がそのまま残っていた。壁際には薬草を吊るして乾かすための棚。奥には小さな倉庫と、住居部分らしい部屋が続いている。
薬瓶は空っぽで、棚には埃が積もっていた。高価そうな調合器具も、貴重な薬草も残っていない。
あるのは、古い建物と、古い道具だけだった。
シャーロットは調合台にそっと手を置いた。表面はざらついていたが、傷んではいない。
「今は誰も使っていない。村としても、置いておくだけの建物だ」
グレアムはそう言ってから、シャーロットを横目で見た。
「あんたがここで薬を作るって言うなら、貸してもいい。家賃は……そうだな、しばらくは要らん」
「いいんですか?」
「どうせ手入れの必要な建物だ。使えるようにしてくれるなら、村にとっても悪い話じゃない」
すぐには返事ができなかった。
行く当てもなく村へ来た自分に、そこまで言ってもらえるとは思っていなかった。
「……何をするか、まだちゃんと話していないのに」
「薬草を扱えて、白魔法も使えるんだろう。この村には、それだけで十分だ」
素っ気ない言い方だったが、突き放されている感じはしなかった。
シャーロットはもう一度、店だった部屋を見回した。
埃をかぶった調合台、傾きかけた棚、隙間風の入る戸。
調合台の上を指で拭うと、埃の下から使い込まれた木目が現れた。
「お借りします」
グレアムは短くうなずいただけだった。それ以上の言葉はなく、鍵を渡すと、そのまま自分の畑へ戻っていった。
一人残されたシャーロットは、しばらく店の真ん中に立っていた。
それから窓を開け、袖をまくる。
調合台に積もった埃を、端から払い始めた。




